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ヘブンズエッジ  作者: 夏坂 砂
Chapter2 – Encounter
13/46

否定

「うっわーーーーーーーーーっんぐっ!!」

エアシップを襲った衝撃に傾斜したフロアをなすすべもなく滑り落ち、動力室のタンクに叩きつけられたカインは息を詰めた。

「い……痛い……」

背中をしたたかに打ちつけ咽そうに波打つ胸を、息を無理やり飲み込むことで静めこみ立ち上がる。途端に「さっさと動け!」というジェフの怒声が響き、カインは慌てて傾斜した空を映す床を駆け上がり、蒸気を吹き上げる減圧管のバルブを閉める。続いて閉めた管の代わりにもう片方のバルブを緩めた。こうしないと管が熱で焼きついてしまう。旧時代のテクノロジーと今の再発達過程にある機械工学が同居するこのエアシップの機器はとてもアンバランスだ。

「くそっ、こっちは出力目一杯だってのに」

操縦パネルにせわしなく指先を走らせながらジェフが毒づく。

スピーカーから響いたリズの指示に従い、カインは動力室のジェフのサポートを、シンはリズの下へと向かった。

これ程乗り込んでいたのかと驚くほどの人数が配置に付こうとせわしなく動く中を潜り抜け、開け放たれた動力室に戻ったカインが見たものは、オレンジの夕空の中に浮かぶ巨大な船の姿だった。どう見てもコマドリの三倍はあるその船体には一目で教会のものだとわかる荘厳な装飾が施されている。

(これは反則だろ……!!)

モニターに映し出されたその居様に唖然とするが、半強制とはいえ自分でも納得してこの船に乗り込んだのだ。なんとか切り抜けないと、と動揺を押さえ込み、バックパックから皮手袋を取り出し身に付けると、カインはジェフに指示された作業に取り掛かった。

できれば自分の正体を知りたかったし、それが難しそうであっても、別の街に着いたらこっそりと抜け出すつもりだった。

『ついていく』ともシンに言った。シンがあの強い思いで姉を助け出す姿を見届けてみたい。そんな気持ちがわき上がっていたからだ。だが、そのどれを選ぶにしてもこんな場所で死んでしまっては元も子もない。

鈍い音は立て続けに空気を揺るがし、重い振動が船を襲う。比較的威力の弱い砲弾でこちらの動きを止めようとしている様だ。

ジェフのパネル操作によってコマドリは猛スピードで夕空の中を旋回し回避を図る。だが教会側の母艦からは小回りの効く小型機が投入されこちらに攻撃を開始し、振り切るのはどう見ても無理な状態だ。

「……っどこからあんなん掘り返してきやがったんだ!オイ、カイン!もう良い!ここは人力じゃ逃げ切れねえ!」

「ええええ、ちょっと待ってよ!諦めるのか?」

突然パネルから手を離してそんなことを言うジェフに呆れて、思わずカインは声を挙げた。操縦全てを受け持っているらしいジェフが諦めてしまってはなす術もなくなってしまうじゃないか。そう、焦るカインに「アホ!」と一言怒鳴ると、おもむろにジェフは作業着の上衣を脱ぎ捨てた。その行動にぎょっとしたカインは、すぐに異なる理由で目を見開く。

「この船には能力者じゃねーのは乗ってねーんだよ。なんで動力室と操縦室が一緒なんだか考えろ。それは俺がいるからだ」

そう言うジェフのその体。

むき出しにした首から下は無骨な金属で覆われていた。

「教会が行った旧時代の強化人間サイボーグ研究の、第一作が俺のタイプでな。今じゃ廃棄される型式だが、能力と併用すれば使い道もある」

もっとも、やりすぎると境界が解らなくなっちまうから、あんまり使いたくねーんだけどよ、とぼやくように言いつつ、ジェフはカインの脇を通り、脱ぎ捨てた手袋の下から現れたメタリックな両の手を機器のぎっしりと並ぶ壁へ押し当てる。

途端、その手と壁の境界は溶けた。

「……っ?!」

(同化?!)

「内側から無理やり動かす!お前は不要だ!さっさと艦長のとこにでも行って指示を仰げ!」

驚くカインにあんまりな言葉を投げつけ、ジェフはさらに機器と同化していく。

「わ、わかった!あ……っ?!艦長って誰?!」

走りだそうとして自分が艦長なる人物を知らないことに気づき振り返る。

『リズだ!さっさと行け!』

機器を全て掌握したジェフの声は、伝声管を伝って船内に響き渡った。







『あと少しでミンディアの国境よ!管制塔まで行けば奴等は攻撃できないわ!そこまで、何としてでも持たせるわよ!』

リズの声が艦内に響き渡る。三層からなるエアシップの、最上階先端に位置する艦長室で、リズは次々と指示を出しながら窓の外の空間をにらみつける。

深い森が広がるその先に塔と幾つかの建造物が見える。オレンジの光の中に黒々とそびえるそれは中立国ミンディアの国境に位置する管制塔。それを見据えるリズの視界を横切り、まるみを帯びた機体が数機、右手に位置する敵船へ向かっていき、敵の小型機と衝突、交戦を始める。コマドリの戦闘ポット『エンケ』だ。彼らの役目はコマドリが国境にたどり着くまでの、敵の足止めである。

目の前でその機体が敵の機体を巻き込み、きりもみしながら落下していく様に、叫びたくなる衝動を押し殺してただリズは睨み付ける。今はただ祈るしか出来ない。私は、動揺してはならない。

「……っ」

背後から聞こえた息を殺す声にリズは振り返る。自分と同じようにその様を、黒髪の少年が歯を食いしばり睨み付けていた。

シンには解っている。彼らが自分を生かす為に戦っている事も、接近戦を得意とする自分の能力では、出て行ってもただの足手まといになる事も、そして自分が今ここで死んではならない存在として在る事も。

(だけど……!)

「何か……俺に何かさせてくれ……!」

搾り出すような苦いその呟きに、だが無言でリズは首を振った。空に広がる赤の中で行われている戦闘をにらみつけながらゆっくりと、言い聞かせるように言葉をつむぐ。

「貴方と貴方のお姉さんは鍵よ。そして教会に二人揃えさせることは何としてでも防がなければならない」

「……」

「貴方も教会と、この国に疑問を持ったから、お姉さんを残してでも出てきたのでしょう。だから」

今シン君は動いちゃだめなのよ。

「待ちなさい。貴方がすべきことはこれから先にあるわ」

そういうとリズは身を翻し部屋から出て行く。

「何故……」

何故今自分は何も出来ないのだろうと、拳を握り締めて目の前で行われている戦闘をシンは見つめる。じりじりと近づく見えない国境は、だけれどまだ十分に遠い。

「何故……っ」

「……あそこまで、あのでかいのを止めればいいんだな」

「……っ」

思わず声に出した呻きに続くように、突然背後から発せられた声にシンは振り向く。艦長室の入り口でカインがシンと同じように窓の外を睨みつけていた。

「なんでこんな事になってんだ……っ」

次々と落下していく味方機の様子を目にして、そう眉を寄せ吐き捨てると、カインはシンの元にすたすたと歩みを進める。

「お前が動けないなら俺が行く。このまま教会に引きずり込まれるのも、船ごと落とされるのも俺はいやだ。お前よりは、俺はなんの縛りが無い分自由だ」

「だが……っ」

だがどうする。そう言いかけたシンの声はカインの無言の圧力に押され、途切れる。エメラルドの目が静かに据わっている。

「だが、……何?」

「……」

静かに怒っているのだと思った。彼は静かに、この状況に怒っている。

「こんな殺戮、俺は認めない。こんな風に、落ちて死ぬなんて有って良いはずない。こんな風に、命に差があって良いはずない」

「……っ」

シンは顔をゆがめ押し黙った。カインの言葉が胸を抉る。護られるだけの存在。それが今の自分だ。

「……否定してやる」

低い声で、そうカインが呟いた。目つきが尋常じゃない。

(カイン……?)

普段の飄々とした彼からはかけ離れたその静かな憤怒に戸惑う。そして何かを考えるように視線を落とした彼の様子に、シンは訝しげに眉を寄せた。

「……何かを思い出せるような気がするんだ。何かを……。どこか、……どこか、俺はおかしい」

ぽつりと。

赤さを増した西日が船長室に差し込み、二人の影を黒々と染めた。

「……教えてくれ。あの時お前はなんて言った」

エメラルドの瞳がシンの黒い瞳を映しこみ、光る。


「俺を、何て呼んだ?」


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