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ヘブンズエッジ  作者: 夏坂 砂
Chapter2 – Encounter
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コマドリ2


 筋が良い。

 そうテキパキと駆け回る少年を眺めながらエアシップ=小型高速戦闘艇・動力室機関長ジェフ・ブルックリンは良い働き手を見つけたことをその傷だらけの顔にわずかも浮かべずに喜んだ。

 昨日入った新入りらしい。

 明るい茶をした髪を高めで結った少年は、興味津々と言った呈で開け放しにした動力室の入り口に立っていた。ぱっと見華奢そうに見えたが、割と背が高く、中性的な面立ちのわりに、衣服から伸びる腕は程よく締まって、力もそこそこありそうだった。

 なんとなく気になって手元は動かしたまま視線をやれば、ジェフの視線に気づいた少年がまっすぐ視線を返してくる。自然体過ぎる程自然な、だけど印象的な柔らかい瞳は、やたらと鮮明な色でジェフを見つめ返し、思わずジェフはふん、と鼻をならし笑った。

 いい目をしていた。苛烈ではなく、攻撃的でもない。だが胸の内側まで見透かすような。

 重い音を立て続ける機械音に、自然と声を張り上げて「なんだお前、許可貰って来てんのか」と声をかける。すると少年は「あ」、と何かを思い出した様な表情をし、印象的なエメラルドの瞳を丸くしてなにやら色々呟きながら(といっても周りの音が騒々しくて、彼が何を言っていたのかは聞き取れなかった)体中のポケットをごそごそと漁った。しばらくして漸く腰の後ろにつけたバックパックから小さな紙切れを取り出し、ジェフの前に広げる。

『おっけい』

 まるでミミズがのたくったような字で、それだけ隅にまで届くように書かれたその紙を見て、ジェフは(いつ見てもきたねえ字だなあ)と呆れながら(どうかな?)といった不安げに上目遣いに自分を伺う少年に「良し、いいぜ」と頷いてやった。少年はほっとしたようにため息を付く。あんな紙切れひとつじゃ心配になるのも無理はない。

 あの汚い字は誰も真似することもできないある種暗号のようなリズの字だ。がさつを絵に描いたような彼女のその字は、小さい頃から一向に綺麗になることは無い。本人も「読めりゃいいのよ読めりゃ」といって直す気はさらさら無いらしい。

 読めればいいと彼女は言うが、実のところ彼女の字は一部の人間にしか読めない。読める字を書く必要性があれば無理にでも直せと言えるのだが、書類を書くのは彼女の仕事ではなく、目下のところ彼女が誰にでも読める字を書かなければならない状態でも無いため、結局のところ彼女の字はひたすら汚いままだった。

 きょろきょろと辺りを見回しながら歩み寄ってきた少年から紙を受け取り、丸めてゴミ箱に放り込む。

「    」

「あん?!!」

「カッコイイって言ったんだ!!」

 動力室内部をぐるりと見回し、室内中央に据え付けられた巨大なエンジンに最後に目をやると何事かをカインと名乗った少年が呟いた。稼動音のせいで聞き取れずに聞き返すと、少年は声を張り上げてそう返し、その言葉にジェフは気を良くする。この船は自分の息子のようなものなのだ。

 気まぐれに機械をいじった経験を聞くと町で機械工をしていたと、少年は答えた。

(使えるかも知れねえな)

 ためしに後で直そうと思っていた壊れた測定器の前に連れて行き、工具を渡してあごで促す。少年は嬉しそうに「えっ、いいの?!」と聞き、ジェフの前であっという間にそれを直して見せた

 そんな訳で万年人手不足に悩まされているジェフは今非常に機嫌がいい。


「キャシー、居る?」

 そう一日ぶりの声が聞こえ、キャサリンが振り向くと同時に金髪のツインテール姿が開け放たれたドアから覗いた。風に髪が煽られ彼女は顔をしかめる。

「時折強い風くるから吹っ飛ばされんようにね」

 キャサリンはそう言って視線をまた読んでいた本に戻した。髪を押さえながら外に出てきたリズは、しばし瞬きを繰り返し、目を細めて晴れ渡った青空を仰ぎ見る。

 雲ひとつない高い空。一人青の中に取り残されたような気がする。長時間船室にこもっていたせいか、まだ目が光に慣れない。

 漸く目が慣れると、デッキの中央にすえられた白いテーブルにつきぱらぱらと本をめくるキャサリンの元へ歩み寄る。リズと同じくキャミソールにジーンズというラフな格好の上に、薄汚れた白衣を着込んだ彼女もまた、昨夜はそれほど寝ていないらしく、かけたメガネの奥、目の下に隈を作っていた。ボブカットにした栗色の髪が風に煽られている。

「なに読んでんの?……って、それ私のじゃない」

「だってテラスに置きっぱなしだったんだもの。もうここまで読んだ」

 ほれここ、とキャサリンが本をひろげてみせ、リズはあわてて手でそれを遮った。

「やーよ、まだ私それちょっとしか読んでないんだから!先言わないでよ」

「あー、はいはい。主人公は既に死人だとか、そんなことは漏らさないから安心して」

「ちょ……、え、うそ、ほんと?!やだ何それ」

「冗談よ。で、どうだった、スコープ」

 パタン、と本を閉じてリズを仰ぎ見る。キャサリンは教会上がりの研究者だ。機械工学を中心に、教会の研究施設で日々研究を重ねていたらしいが、とある事で教会から追われる身となり、離反。あろう事か教会の情報を交渉材料にコマドリへの入隊を志願したという、面の厚い経歴がある。

 そんな彼女は、同世代のリズの信頼を勝ち取りコマドリの優秀なブレーンとしてスコープや計器・特殊武器などの開発に携わっている。昨夜の戦闘で用いた高性能スコープも彼女の作品だ。

「いい感じよー、いつもながら。精度が良過ぎて急な光度の変化に追いつき過ぎちゃった場合が問題なんだけど」

 昨夜街中で弾けた刺すような光を思い出し、まだ眼底が疼くような気がして顔をしかめる。

「随分贅沢な要求いってくれるね。反射速度を調節してみるけど、鈍くして何かに支障でても知らないよ」

「ま、宜しくお願い」

 向かいの椅子を引きテーブルに頬杖を付くと、リズは横目で横目で進行方向をみる。荒野を抜け、船はちょうど国境手前に広がる広大なジャングル地帯に差し掛かかったところだ。前方に鬱蒼と茂る森を抜けるにはまだしばし時間を要すだろう。

 船は国境へ向けて最大速度で進んでいる。教会の保護下にあった審判者を手に入れた以上、直ぐさま追っ手がかかるのは明白だ。その前にトスカネルからでなければならない。国境を越えるのだ。

 構造上リズたちのいる甲板は風の抵抗を出来るだけ受けないつくりになっているがそれでも今の速度ではかなりの風圧を受けていた。そんな場所にキャサリンがいるのは、なにも風に当たりたいからではない。歴とした仕事の為だ。

「で、『君』は?」

「シン君には言われたのは渡しておいたわよ。今は中央休憩室で本でも読んでるんじゃないかしら」

 そう船室内に放置された本を興味深げにめくっていたシンの様子を思い出す。「持っていってもいいわよ。後で私の本も貸したげるわ」というリズの言葉に、有難うと短く答え、すぐにまた本に視線を落としていた。本という知識媒体がよほど珍しいのだろう。教会研究所の出身者たちが「必要なデータは全て脳へ直接送り込まれる」と言っていたのを連鎖的に思い出し、リズは顔をしかめた。考えるだけでも面白くなさそうだ。

 コマドリメンバー内の半数は『審判者』を作り出す前段階である研究対象で、教会の研究所から命からがら脱出を図ったものたちである。彼らは教会への復讐と「陰謀を白日の下に」という大儀を掲げる一方、各地で異常能力のために一般人との生活が困難とみなされた特殊能力者をあつめ、メンバーに引き入れる活動も行っている。メンバーに加入した者は戦闘員になるか、非戦闘員として能力者のみが集まり作り上げた隠れ里で暮らすかを選択できるため、彼らの勧誘は実質的には保護活動だった。特殊能力者はその異常能力のため虐げられる、もしくは望まぬ犯罪を起こすことも消して少なくはない。リズとキャサリンはそんな外部加入組みの内の一人だ。

「本?ふむ、寛げているようでなにより」

「結構がちがちっぽいけど、まあその内慣れるでしょ」

 あの子はこれだけの人間と関わることも初めてなのだろう。至れり尽くせりの環境で育った温室育ちのお坊ちゃまにしては物分りも良い、素直な方だが、どことなくぎこちなさがある。

(仏頂面も直るといいんだけど)

 感情を表に出すことを苦手としているらしいシンの、微妙な表情の変化を脳裏に思い浮かべリズは苦笑した。

(でも、雰囲気は悪くない)

 初めて視界に入れた表情が、もう一人の少年の腕を掴み寄せて睨み付けている場面だったからか、もしかしたら難しい性格なのかもとリズは思っていたが、彼は本来穏やかな気質なのだろう。微笑みはあまり浮かべないが、安心するようなそんな雰囲気がシンにはあった。

「そういえばもう一人毛色の違う新入りがいたね」

 本をパタンと閉じてキャシーがリズに問いかける。

「ああカイン君」

「食わせ物だあの子。あんなの何処から拾ってきたのさ」

 言葉は悪いがニヤニヤと笑みを浮かべてそう言うキャシーに、リズは苦笑する。

「何?もう会ったの?」

「さっきこジェフんとこで会った。興味津々って顔で、計器見てたよ。機械工してたとかでそこそこ使えそうだからジェフが喜んで」

「へーえ。ん?それで何で食わせもんだとか、出てくんのよ」

「私に色々聞いてきたんだ。アンタに聞く前に別れてきちゃったからって」

「ああ、そういえばあの子、部屋に案内した後一目散にジェフのとこいったから。……探りを入れてきたわけね」

 シンとカインを各自に分け与えられた部屋へ案内し、「他に何か聞きたい事は?」と言ったリズに、「あとで聞くからとりあえず動力室教えてよ」と蜂蜜色の髪をした少年はせがんだ。ひとまず安心と判断したのだろうか。転んでもただでは起きない、随分図太い神経の持ち主だ。

「組織のこととか、色々話せる範囲で話したけど……あの笑顔はねぇ……」

「何?笑顔?」

「笑顔が可愛い」

「は?」

「いや、相当したたかな少年だな、と」

 ああ、と思い当たってリズも笑う。そう言われてみれば十七位だと言っていた歳のわりに、人好きのする柔らかな笑顔の裏で時折、何処となく大人びた表情を彼はする。屈託のない笑顔と、どこか計算された笑顔と、時折のぞかせる無表情。注意していないと分からない程に隠しているようで、一見ただの明るい子に見えるが、それだけではない事にリズもキャサリンも気づいていた。

 余程大変な幼少期を過ごしたのかも知れない。あの少年はどこか屈折している。

「シン君と一緒にいたのよ。お互いもちろん初対面だったらしいけど。シン君の力が能力の発現につながったのかしらね。私が思うにあの子は」

「まった」

 言葉を続けようとするリズを遮り、椅子から立ち上がるとキャサリンがデッキの端まで駆け寄る。僅かに錆びたガードフェンスに掴まり、進行方向とは反対、背後のただ青が広がるばかりの空へ厳しい視線を向けた。リズもそれを追って表情を切り替える。

『聞こえた?』 

 無言で頷き視線をリズに戻す。彼女の本来の役目は『聞き取ること』。教会の機密まで聞き取ってしまった彼女の聴力は、どんなかすかな音でも聞き取り、判別する。

「南南西、追いつかれるもの時間の問題だ。エンジン音がでかい。大型戦艦だね」

「やすやすと逃げ切れるとは思ってなかったけど、……早いわ」

 そうリズは苦々しく呟き、今さっき出てきたドア横に駆け寄ると伝声管を掴み取る。

『敵エアシップ南南西に確認!でかいわよ!総員配置に付いて!!』

 にやりと口元に笑みを浮かべる。


「全速で逃げるわよ!!!」


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