創り話
これは、“創り話”です。
「あ、コレは夜逃げだな。」
「え?またですか?」
とある駅の百円ロッカー、料金を滞納し、そのまま放置されている物がごまんとある。
だけど、押し込まれて閉じ込められているのは、物だけじゃない。
「………うぇ、生ゴミが入ってる」
ロッカーの使い方も分からない人は世の中にいるもので、ゴミやガラクタが入ってる事がある。
確かにロッカーは物をしまうための場所だ、だが捨て置く場所では無い。
しまったからには取りに来るのが当然だ。
まぁ…みんなソレが出来れば俺等みたいな作業員はいらないんだけど…
そう、俺等はその捨て置かれた物を定期的に回収するロッカーの管理会社の作業員だ
………ゴミやガラクタってわけでは無いが、ロッカーには色々な物が捨て置かれる、故意なのか、忘れたのか、それは分からない。
ちょっと今日はその話しをしよう。
くだらない物から切ない物まで、ごまんとある捨て置かれた物、あからさまにゴミと判断出来るもの以外は会社の倉庫に保管される。
倉庫に行く前に会議室みたいな会社の広い部屋で、回収した物を俺達はチェックする
その時、俺達(正確には俺と先輩の条島〔ジョウシマ〕さんだけだけど…)の間にはあるルールが存在する。
「さてと、今日は4点の忘れ物?があったわけだが…」
「なんか…どれもいわくが有りそうなものばっかですね…」
「えーと、折り畳み傘が1点、バッグが1点中には色々な生活用品が入ってるな、あとよく分からない箱が1点、開けたくないな……最後に、枯れたカーネーションが1点、計4点だな。」
俺は折り畳み傘を手に取る。
「じゃあ、まず俺から…この話しはハッピーエンドです」
そう、俺達は回収した物を倉庫にしまう前に、独断と偏見と想像で勝手に物語を創り話し合う、という悪趣味極まりない“遊び”をするのだ。ロッカーの管理会社はあまり大手じゃなく、俺達バイトに色々と押し付けるもんだから、まぁ、これくらいの遊び心は許されるだろう。
「ええっと、まずこの傘の持ち主は20歳ぐらいか50歳ぐらいのどっちかです。」
「ほう、これまた、アバウトだな。」
条島さんがニヤニヤしている
「ええ、まぁ、想像ですから、で…この傘の持ち主、Aさんとしましょうか、Aさんは朝、仕事に行く時ふっとバッグの中を見ました、その日は雲一つ無い青空でAさんもいつもより早く家を出たので、そういった余裕があったわけです。
そしたら中には折り畳み傘が二本入っていました。
まぁ気付かずに入れたんでしょうね。
当然バッグはかさばるし重くなるし、良い事なしですから、一本を駅のロッカーに入れることにしました。」
「……なぁ一つ聞いていいか?」
「ハイ、なんでしょう?」
「それは20か50どっちの奴?そして男?女?」
「あっ、50で男です、それで妻子がいて娘は最近反抗期の中学生で、頭抱えてる人です。」
「なるほど、ごめん続けて。」
「えーっと、まぁロッカーに傘を預けたわけですよ、そして会社に行き、いつも通りに仕事をして、帰ってきました、帰りの電車の中、雲行が怪しいとは思っていましたが、いざ駅に着いてみるとザーザー降りの大雨でした。Aさんは折り畳み傘がバッグに入っているので、傘を取り出し帰ろうとしました。
そしたら、直ぐ隣に高校生くらいの女の子がちょこんっと立っています。
その子は傘を持っていないようで、ボンヤリと空を眺めてます。
Aさんはある事を思い出しました。
ああ、俺傘二つ有るんだ、と。
だからAさんはその高校生に傘を貸してあげることにしました。
いつかまた会った時にでも返してくれればいいから、っと言って。そしてその高校生はAさんに何度もお礼を言って、帰っていきました。
それから暫く経った後、朝来たロッカーの前で呆然と立ち尽くすAさんがいました。
実はAさん、ロッカーの鍵を無くしてしまったのです。なんてこったい。
更にAさんは自分の携帯の電源が切れてる事にも気付きました。
行き交う人波の中、駅の出口でちょこんと立ち尽くし、空を見上げるAさん、駅の売店の傘は売り切れでした。近くにあるコンビニも然り。更にタクシーには長蛇の列ができ、Aさんは仕方なく雨が止むのを待ちました。
どれくらい待ったでしょうか、ちっとも雨は弱まる様子は有りません
もういっそう濡れてもいいから、走って帰ろうか…なんて思った時でした。
お父さん、っとAさんを呼ぶ女の子が走ってやって来ました。
Aさんはソレが自分の娘である事に気付きました。
Aさんの娘は照れながら、遅いから迎えに来た!っと言いました。
娘と一緒に帰る途中、Aさんは気になっていた事を聞いてみる事にしました。
なんで今日は、迎えに来てくれたの?
なぜなら、今まで、例えAさんの帰りが遅い時でも娘が迎えに来てくれたことなんて無かったからです。
娘はクスクス笑って言いました。
今日はお父さんの誕生日だよ。家に帰ればちゃんとケーキもあるよ、あ、このトッピングしたの私だからね、文句は一切受け付けないよ。っと。
なるほど、ようやくAさんは何故娘が迎えに来たか分かりました。
プレゼントは手作りケーキか、なんてAさんは嬉しそうに笑って言いました。
すると娘は少し考えて、う〜んお父さん傘を女の子に貸しちゃったんでしょ?
だったら、その女の子がお父さんに傘を返しに来るまで、雨が降る度、迎えに行ってあげる。ソレが私のプレゼント。っと娘はニコニコしながら言いました。
それからAさんは雨が降る度に残業を断り一目散に帰っていくそうです。」
「なるほどね、娘が来るから傘はいらないと」
「そういう事です、中々いいできでしょ?」
「う〜ん、70点かな。」
「おっ、中々の高得点ですね。」
「じゃあ次は俺か…」
条島さんはバッグを手に取り、中身を確認した。
「この話しはバッドエンドです。」
「え〜、またですか?条島さんの話しの8割りはバッドエンドじゃないですか…」
「馬鹿、お前はハッピーエンド8割りじゃないかよ、ちょうどいいだろうが、合計+−0でよ。」
「そういうもんなんすかね…」
「ほら話すぞ、せっかく考えたのが飛びそうだ。」
「わ、わかりましたよ…どうぞ。」
「あー、このバックの中身からして二人の人間の物が入ってる、しかも、男と女だ。」
「…え?何故分かるんですか?」
「下着が入ってるから」
「ああ、なるほど。」
「さて、話しは推定2ヶ月以上前に遡る。
男B、女Cは世間で言う所のバカップルだ。
何かが焼けそうなくらい、熱々だ。
…でもな、男っていう生き物は、みんながみんなそういうわけじゃないが、本能的に浮気をする生き物なんだよ。
そしてBもこの例外じゃあ無かった。
二股をかけてたんだな、他の女と…
…で、そんな生活をしだして1ヶ月が経った。
Cは全く気付いていないみたいで、Bも我ながら上手くやってるなんて、自画自賛してたんだ。
そんなある日、Cが旅行したい、なんて言い出した、聞けば学校が……あーコイツラ大学生な、お互い違う学校の。
まぁ、とにかくCの学校が夏休みに入るって言う話しだったんだ。
Bとしても、直ぐ夏休みに入る予定だし、貯金もある程度は貯まってる、断る理由は無い。
Bもその意見に賛成したんだ。
何処に行くか、という話題になった時、Cは変な事を言い出した。
千葉に行きたい
Bはそんな所いつでも行ける、と思ったが、遠くに行くよりは安く済むだろうと考え、文句は言わなかった。
旅行は2泊3日で、滞在する場所はCの親戚の別荘になった。
ある程度の計画が出来上がった時、Cはある二つの条件を出してきた。
一つ…この計画は誰にも話さない事。
理由はCの家ではこの泊まりは秘密になっていて、親戚にも口止しているから。
二つ…せっかくの旅行だし、一切二人の間では嘘をつかない。
Bはコレを了承した。
まぁ嫌がる程の事でも無いしな。
さてさて、Bは約束はしたがいいが、浮気相手に千葉に友達と旅行に行く、と伝えました。
コレが二股やっていくうえのコツなんだろうな。
……で、旅行初日、大した事も無く過ぎていったんだ。夜までは、な。
その夜、CはBにこう聞いた、ねぇ私以外に好きな異性っている?
Bは浮気がバレたんじゃないかと思い、気が気じゃなかった。
だけど、もしかしたらCは自分を試しているんじゃないか?…とにかくまだ、完全にバレたと決まったわけじゃない、もう少し様子を見てみよう。
そうBは考え直した。
そしてこう言ったんだ。
お前以外に要るわけ無いじゃん。
Cは嬉しいのか下を向いていて顔が見えない、だけど笑っている様子は無い。
おい、どうしたんだ、っとBは不思議に思い声をかけてみた。
ゴニョゴニョっとCは何か言っているが、聞き取れない。
BはCに近付いて行った。
え?っと、Bは自分の腹部に凄まじい熱さを感じた、見てみると、Cの指が自分の腹に入っている、いや違う、正確にはCの持った、刺身包丁が柄の所まで深々と刺さっていた。
Bは薄れゆく意識の中、ようやくCの言っている事を聞き取れた。
……嘘つかないって約束したのに…
CはBが浮気をしている事なんてとっくに気付いていた。
ほら、女って勘が鋭いというか、女の本能だよなコレは…
それで、Cはもうずっと前から嫉妬とか憎しみとかがメラメラ燃えてて、遂に理性を焼ききったわけだ。
CはBの携帯を確認し、浮気相手にBが千葉に旅行に行くと知らせていた事が分かった。
残念…まずCが思った感想だ。
Bが浮気相手に知らせてさえいなければ、Bを事故死に出来たのに……
そのために検死官が東京周辺で最も少ない千葉を旅行先に選んだのに、仕方がない……
CはBの死体を引きずりお風呂場に向かった。
後日、あるニュースがテレビを騒がせた、千葉県で男性のバラバラ死体が見つかったというニュースだ、腐敗はかなり酷く、身元も不明。
腕、足、胴、頭をバラバラにされたその死体は結局誰なのかは分からなかった。
そして、CはBと自分の荷物を入れたバッグを東京から遥かに離れたあの駅のロッカーにしまった。
何故捨てなかったか?簡単、CはBを愛している、誰よりも、だからBの物を捨てられ無かったんだよ。
死体だって、きっとどんなに探したって頭は見つからないだろうよ、きっと今もCが持っているだろうからな。」
「コーエーー」
「お、100点って事か?」
「いやいやいや、確かに凄い想像力ですけど、グロイですよ?最後。しかも、そんなまだ持ってるわけ無いじゃないですか、頭なんて」
「そうか?俺が知ってる話しだと、10日はあるぞ?」
「な、なんの話しですか?頭を持っていたって話しですか?」
「いや、彼女を殺してその同じ部屋で10日暮らしていた男、しかも寝る時はその死体の隣に布団を敷いて寝てた。」
「……わ、わかりました、もういいですから、次行きましょ、次…」
「おーけー、…ところで、この箱いつ開ける?」
「…あーもー、条島さんが変な話しするから、中身恐くなっちゃったじゃないですか?!」
「あ、次俺、カーネーションの話しするから、お前コレね。」
「ハー!?なにびびってんですか条島さん!」
「いや、だって頭でて来たら、嫌じゃん。」
「条島さんが作った話しでしょうが!!」
「あー怒鳴るな、早く開けろ、コレ先輩命令ね。」
「……マジかよ。」
「ほらやれ。」
「分かりましたよ。あ、開けますよ。」
「おう」
「本当に本当に開けますよ!!」
「おう」
「あ、あ、開けま」
「うるせえ、早くやれ!!」
「エイ!!」
箱のふたを思いっきり開ける。
酸っぱい匂いと、嘔吐を誘う匂いがした。
「オエッ…なんだこれ、ウーエー」
「臭いな、……………おい。」
「なんすか?まさか、まじに頭ですか?」
「そっちの方がまだ良かったかもしれないな…」
「え?」
中身を恐る恐るみてみる、ソコには頭の代わりに、カビだらけの腐ったケーキが入ってた。
「コレ……」
「彰太へ、母より」
条島さんがケーキに書かれたメッセージを読み上げた。
「残念だったな、これ今日一番の当たりだ。」
「………ええ。そうですね」
当たり…最も切なく、最も悲しい物語しか作れない物を俺達はこう呼んでる。
「カーネションかと思ってたんですけどね、当たり。」
「……ああ、上があったな。」
「ふー……この話しはバッドエンドです。」
「おう」
「Dさんは27歳のバツイチです、24の時に妊娠、子供は男の子でした。だけど、初めての子供、Dさんは大切に大切に育てました、その子供は夜泣きが酷く、一晩中Dは起きている事もよくありました。
旦那は仕事仕事で、ほとんど子育てに協力しませんでした。
そして、Dさんは育児ストレスから、子供によく手をあげるようになりました。
もう、Dさんも限界だったのです。
そんなある日、旦那さんが残業で遅くなるという日、子供が夜泣きをしました、Dさんは疲れきっていて起きられませんでした。
どれくらい経ったか分かりません、子供は泣き止みませんでした、ソコに旦那さんが帰って来ました。
おい、泣いてるじゃないか、っと子供を抱き上げます。Dさんはいつもの事よ、疲れてるの休ませて、と返事をし、また目をつぶりました。
その時、旦那さんが急に大声をあげました、凄い熱じゃないか!っと、Dさんも慌てて起きあがり、子供のオデコに触れます、凄い熱でした。
近くの病院…っと時計を見ると、深夜3時、空いてるわけがありません。
結局、空いてる病院に着いたのは、4時近くでした。
子供は命は助かったものの、左耳の聴力を失いました。
旦那はDを責めました、なぜもっと早く気付かなかった、何故もっと優しく出来なかったっと。
Dさんは謝るしかできませんでした、旦那さんの言う通りだと思ったからです。
その後、Dさんと夫の関係は悪くなり、結局離婚することになりました。
まだ2歳にもならない子供については、散々もめましたが、最終的に、裁判で夫の方に親権をとられてしまいました。
Dさんは毎日泣きました、泣いて、泣いて、全てを忘れようと毎日泣きました。
だけど、どんなに泣いて心を干からびさせても、“後悔の念”と“子供を抱きしめて謝りたい”という気持ちだけは、流れる事は有りませんでした。
そんなDさんの唯一の救いは、月に2度有る子供と過ごせる日でした。
この日だけは涙は止まり、心は潤いました。
そんな生活が大体4年ぐらい続いていました。
Dさんもかろうじて立ち直り、泣くのは月に2度の子供と会った日の夜だけに、我慢出来るぐらい強くなりました、いや、“なっていました”っと言った方が良いのかもしれません。
繰り返しますが、この話しはバットエンドです。」
「……なぁ、もう今日は俺の負けで良いから、その話しハッピーエンドにしてくれないか?」
条島さんは何かを必死に抑えこんだ声を出した。
「………いや、俺もそうしたいんですけど、ここまできたら、ねぇ?話すしかないでしょう?」
「………お前実はサディストだろ?」
「続けますねー…、ある日、別れた夫からDさんにメールが届きました。
―――
――――
実は今度再婚する事になった、相手の人も子供を本当に自分の子供の様に思ってくれてる。
だから、子供が混乱しないように、今度会う時を最後にしてほしい。
勝手を言って悪い、だけど、分かってくれ――――
――――――
その日、Dさんは久々に干からびるほど泣きました。泣いて、泣いて、全てを忘れるように泣いて泣きくれました。
でも、最後まで、“子供の笑顔”と“子供と一緒に過ごした思い出”は流せませんでした。
子供と会う最後の日、Dさんは少し早いけど子供の誕生日と小学校の入学祝いをする事にしました。
ケーキ屋に行って先にケーキを買い、メッセージに《彰太へ、誕生日おめでとう。》っと書いてもらいました。
あえて、小学校の入学祝いは避けました。
それがDさんにとっての“さよなら”だったのです。
ケーキは子供を驚かすために駅のロッカーに入れて、子供との待ち合わせ場所へ。
ずっと忘れられなかった、子供の笑顔を早く見たくて、Dさんは自然と早歩き。
子供を見つけました。
Dさんは笑顔で手を振ろうと手を上げて、動けなくなりました。
なぜなら、今までずっと見たいと願い続けたその子供の笑顔は、今、他の女性に向けられていたのです。
Dさんはすぐにわかりました、あの人が再婚相手なんだ…っと。
そして、Dさんは悟りました。
もうあの子に私は必要ない、っと。
その日、Dさんは待ち合わせ場所に現れませんでした。
そして、後日、元夫にDさんからメールが届きました。
――――
――――――
子供を頼みます。
――――
―――――――
たった一言だけのメール。
だけど、それで、充分でした。
それから、その子供と新しい家族は幸せに暮らしましたとさ。」
「テメェー!!なんだその投げやりな最後は!?」
「いやー、これ以上はさすがにキツイかな…っと、俺自身も。」
「チクショー、Dさんだけバットエンドかよ…マジでお前鬼畜だよな。しかも、こう…肉体的にならまだいいけど、精神的に鬼畜だから尚たちがわるい。」
条島さん文句垂れ流し…別に俺、そんなに鬼畜じゃないんだけどな…
「ま、いいじゃないですか、作り話しですし。きっとこのケーキだってもっと明るい理由だったのかもしれませんし。」
「あーあ、それ言っちゃう?せっかく楽しんでんのにさー」
条島さん、さっきから言ってる事噛み合ってないですよ……
「じゃあ、取りあえず最後、条島さんのカーネーションで締めてもらいますか。」
ケーキの箱に蓋を被せる。
――――パサ―――
「ん?お前なんか落としたよ。」
「え?」
床には、白い紙が落ちてる。
「紙、なんだろう?こんなの俺持ってきてないし。」
拾い上げてみると、ソレは紙は紙でも。
「お前、ソレ封筒じゃないか?」
「封筒って、俺のじゃないですし……」
『…………まさか』
勢い余って、条島さんと声がハモる。
「まさかのまさかで、このケーキの箱に?」
俺は若干声が震えているのに気がついた。
もう、ずいぶんとこの《遊び》をやってきたけど、こんな展開は初めてだったからだ。
期待と不安、それに少しの好奇心を混ぜこんで、俺の心が振るえた。
「マジかよ、取りあえず読んでみるしかないだろう、ココは。」
条島さんも好奇心を隠せないようだ。
「え、でも、確かに読みたいですけど……なんか気がひけません?」
「お前何言ってんの?俺らがやってる《遊び》の方がよっぽどハタからみりゃ引けるっつーの」
「……そうですね。読んじゃいましょうか?」
すまない、俺も好奇心には勝てない。
「じゃあ、読みますね…」
封筒を開けると、そこに一枚の手紙があった。
―――――――――
――――――
――――
彰太へ。
元気にやっているでしょうか?
母さんはなんとか毎日を生きていけてます。
もう、貴方を最後に見てから10年が経ちました、今年で貴方は二十歳……もう、立派な大人ですね。
こんな形でしか貴方を祝う事が出来ない母さんを許して下さい、母さんが彰太や父さんにしてしまった事を考えれば、きっと貴方はまだ私の事を許せないでしょうね……
貴方や父さんを捨てて、他の人と一緒になった女が、今この文面に“母”っと書く事自体おこがましいと思うかもしれません。
私も、“母”と名乗る資格が無い事は痛い程分かっています。
だけど、信じて下さい、貴方と離れ離れになってからも一日たりとも“彰太”…貴方を忘れた事はありませんでした。
本当に身勝手で、馬鹿な女ですね、私は。
彰太や父さんと離れて、初めて、その大切さに気がつくなんて。
本当に馬鹿な女です。
そして、馬鹿な女は今も夢に見るのです。
貴方の笑顔と父さんの笑顔、そしてそこに私が居た、あの頃を。
許して下さい。
貴方に会いたいと何よりも願うのに、それ以上に貴方に会うのが恐いっと考えてしまう、馬鹿な女を……
最後に一つだけ、これだけは言わせて下さい。
“成人おめでとう、誰よりも貴方の事を愛しています”
そして願わせてください、どうか貴方がこの手紙を読む事を……。
―――――――
―――――
――
『おかあさんーーーー』
大の男が二人して、会議室みたいなだだっぴろい空間で、“おかあさん”っと涙をこぼしながら叫ぶ姿を見て、みんなは何を思うだろうか。
“キモイ”これ以上の言葉はないだろう、勿論、これ以下も。
そういう風に見られると理解は出来ていても、そんな風に見られたくないっと思っていても。
それ以上に切なくて、コントロール出来ないのだ。
「ぢぐしょ…お前…ばかやろう…お前の作った話し…のせいで余計に感情…いにゅう…しちまったじゃねぇか……」
条島さんはわんわん泣いている。
「だって…こんな…手紙があるなんて……分かんなかった…んですもん!!」
俺もわんわん泣いた。
これが犬のケンカなら、きっと俺の勝ちだろうってぐらい泣いた。
そうして、しばらく二人で泣いていた。
途中、会社の人が来たけど、この光景に恐れをなして逃げ出した。
それから、だいたい10分ほど泣いたのだろうか。
俺と条島さんはやけにクリアになった視界と気持ちを持ちあわせて、落ち着いていた。
「ふー…なんだか、すっきりしちまったな。」
条島さんが、照れ臭そうに呟いた。
「ええ、でも思い出すとまだ……」
「まあな、もうこの《遊び》やりたくないな…」
「ええ、もうやりたくないです。」
「………………」
条島さんは有るものを見つめて返事をしなかった。
「条島さん?どうしたんですか?」
「いや、まだ今日の分の最後にこのカーネーションがあったな…って思ってたところなんだけどさ…」
「はい、なんだけどさ…??」
条島さんは必死に何かをおもいだそうとしている。
「……このカーネーション、何処のロッカーに入ってたっけ?」
「………えっと…………」
『!!!!!』
瞬間、条島さんと俺は思わず席を立っていた、しかも凄い勢いで。
「条島さん、確かこのカーネーションって、確か、確か……!!」
「ああ、その確かだよな!!俺達の記憶が正しければ、コレはケーキの箱のロッカーに一緒に入ってたはずだ!」
そう、俺達、管理会社の人間はロッカーに入ってる物をゴミだと判断したら、この会議室には持ち込まない。その場で捨てる。例えソレがきちんとした荷物と一緒に入っていたとしてもだ。
だけど、俺達はこのカーネーションが“いい遊び道具”になると思って、捨てずに持ってきてたんだ。
つまり、このカーネーションは………
「彰太からの返事だっという可能性が高い!!」
条島さんが、言い切り、俺もソレに頷く。
それから、馬鹿みたいに二人で喜んだ。
なぜだかなんて分からない、だけど、嬉しくてたまらなかったんだ。
その後、俺と条島さんの間に、ロッカーの定期チェックをする際の新しいルールが加わった。
“何が起こっても、ある一つのロッカーだけは開けるべからず”
勿論、そのロッカーの中には、枯れたカーネーションが入っているのは言うまでもない。
仲間内にも、そのロッカーに関するヤバそうな話し(作り話)を流して、近寄らせないようにした。
それからも、俺達は懲りずに“遊び”続け、気付いたら1年が経っていた。
“開かずのロッカー”は相も変わらず“空かずのロッカー”だったが、もう関係無い。なぜなら、俺達の中には俺達なりの物語が作られてて、結末だってちゃんと出来てるんだから。
例え、リアルがどんな結末になったとしても、俺達の中の真実は変わらない。
でも、実を言うと、この一年の間に、俺達はこの物語の真実を知ることとなる、ある出来事を体験したんだが………
ここは話さないでおこう。
この物語の結末は貴方が作ってくれ。
いや、もうここまで来たらきっと貴方の中には貴方なりの結末が有るだろう。
そして、それこそが、この世界の真実であり、リアルでもあるのだから。
「おい、〇〇!!何してんだ!今日の忘れ物チェックするぞ!!」
「あ、今行きまーす」
すまない、条島さんが呼んでいるので、もう行かなくてならない。
Let's make up story!
今日も沢山の話が俺達を待っている。
そして、ここまでお付き合いしてくれた貴方に、最後のお願いをしたい。
“俺”という存在もついでに貴方の中で創って下さると、大変ありがたいわけなんですが。
いや、ひょっとしたらもう出来ているのかな。
まぁいいか、また今度、貴方と逢えた時にでも確認すればいい。
それではみなさん、またいつか、何処かで、お逢いしましょう。
はい、っと言うわけで、最後強引だろっとか、不満はみなさんあると思いますが……どうかお慈悲を。
この話作ったきっかけは、ニュースの特番で見た、ロッカーの管理会社の話で、面白いなーって思って作ってみました。
最後まで呼んでくださった方、どうもありがとうございました。