9 生徒会イベント発生?
ゴールデンウィークが明けた5月7日火曜日、通学路を歩く学生たちの顔は総体的に暗い。
勿論私もその一人、連休明けの登校日は試験前と同じくらい面倒でやる気が出ない。
尚且つ我が湊都高校は隔週月曜日に全校朝礼がある、昨日はお休みだったので振替で本日、有難くも朝一番に校長先生のお話を拝聴することとなる。
早朝に回りくどい演説を立ちっぱなしで長時間、表情も暗くなるというものである。
昇降口で和、水月と別れ、自分のクラスまで行くともう京歌が来ていた。
「おはー、早いね」
「はよー、今日は生徒会朝礼だからな」
俺は突っ立ってるだけの簡単なお仕事だけど、とは京歌の言。
そうか、そんなものもあったっけ。
2か月に一度くらいの頻度で校長に代わって生徒会が発表を行うことがある、それが生徒会朝礼。
活動の報告や問題点などを全校の生徒に伝える場であり、生徒会長陽高 晃人くんファンにとっては数か月に一度のお祭りだ、通りで連休明けなのにやたら楽しそうな女子がいるのはそういう訳か。
呆れると同時にふと、会長の事を思い返す・・・朝礼なんて大変だなぁ。
そうして意識を他所に飛ばしていると、ガラッとやや強い音がして教室の扉が開く。マナー悪いな一体誰だよ、自然に扉の方へ視線を動かすと、そこに居たのは二年生の生徒会副会長蔵王 惟真・・・!
まず「ここ三年生の教室なのになんで?」という疑問が出てきたものの、すぐにその謎は解消される。ああ、同じ生徒会役員の京歌に何か用が有るんだろう。
数秒の間に質問と回答をボケツッコみの様に済ませる、予想通り彼はズカズカとこちらにやって来たと思うと、ガシリと私の腕を掴んだ。
・・・why?
(理由・原因・目的を問う疑問副詞)なぜ, どうして, なんのために。goo辞書調べ。
ヘイヘイそこの青少年掴む相手を間違えてますよ。
そんな万感の思いを込めて見つめても彼はものともせず、ただ一言「来い」と告げると目が点になっている私の手を引き何処かへと歩き出した。思わずドナドナを歌いたくなった、というのは親友の後日談である。歌わないで助けて欲しい、悲しそうな瞳で見つめるぞ。
「あ、あのー、どこに行くんですか?」
うっかり先輩であるはずの私が敬語を使ってしまう、っていうか何ですかこのシチュエーション。普段女の子とつるんだりしない彼が私の手を引くものだから、登校中の生徒たちみんなに注目されてしまって・・・恥ずかしすぎる。ああそこの女子、睨まないで私はこの人とは無関係ですからー!
私の心象としては半場引きずられて、ようやく辿り着いたのは生徒会室だった。
本当に何で私を連れてきたのか全く分からない。
「晃人、入るぞ」
年上の生徒会長を呼び捨てですか、まあゲームでもそうだったからそんなに違和感ないけれど。
彼がノックもせずにドアノブに手をかけると、それよりも一瞬早くドアが開く。会長は思わぬ(私的にも思わぬ)来客に気付かず、蔵王くんに話しかける。
「惟真・・・、俺はもう一錠胃薬を飲んでくる・・・」
私が保健委員だったら、いやそうでなくても保健室へ強制連行させたいほどに顔が真っ青だ。目を伏せているため目の前に立っていても、私が居るなんて夢にも思っていないだろう。
隣で蔵王くんがため息を吐くとビクリと会長の肩が震えて、頭を上げる・・・と、バチリと真ん前にいた私と目が合った。
「・・・え?常葉さん?」
「ど、どうも・・・?」
目を見開いて驚く彼に間抜けな返答をする。というかなんて言いますか。
これって和と会長の最初のスチルイベントじゃないですかぁぁぁ!
ざおーう!!何故私を連れてきた!あなたのクラスに真のヒロインがいるでしょうに!
奴は私の戦慄も会長の仰天をも知らぬ存ぜぬで生徒会室に入ると、朝礼用資料の整理を始めてしまう。
「えっと・・・ごめんね、何か惟真が失礼なことしなかったかな」
「い・・・いえいえそんな」
激しく失礼でしたがそこはあえて口を噤む。
ここでおふざけをする勇気は私には無い。
「何か・・・カッコ悪いところ見られちゃったね、いつもは生徒会長として威張ってるっていうか、そんな風に見えるかもしれないけど」
・・・途切れ途切れに彼は語る。
「俺、本当はかなりの小心者で・・・人前に出るのは苦手だし、行事にしたって惟真や英さんに頼りきりで・・・こんな会長じゃ、失望したよね」
青い顔で苦笑する会長、実は彼は“隠れヘタレ”属性なのだ。この作品の攻略キャラクターは一概に二面性を持っていることが多い、最上くんのお菓子作りや蔵王のツンデレ然り。
水月だってクールな顔して姉妹に甘く、優しい一面がある。裏表がないのは十理くんくらいだろうか。
ヘタレ属性のセリフを一身に受けて、どうすればいいんだこの局面。
ゲーム本編では和が”大丈夫、仲間なんですから頼るのは当たり前です。校庭にいる生徒たちや先生だって、みんな会長の味方です!だからもし失敗しても失望なんてしません、みんなで助けますから”という名言を残している。私の妹がイケメンすぎて惚れる。
だからといって彼女のセリフを借りて、会長との好感度をいたずらに上げる訳にもいかない。
私はコンマ数秒の間に脳を高速回転させて色々と思索してみた、偶々和が通りかからないかなーとか、ありがちな励ましの言葉をかけてみようかなとかそんなことをグルグルと。
後になって考えると碌な案が無いし、気が動転していて何を言ったかも定かでは無いけれど。
「しっ失望なんてしませんよ」
「えっ・・・ごめんね俺、何だか変なこと言っちゃって」
あわあわしながらとりあえず飛び出した言葉は、寧ろ会長に気を使わせてしまうものだった。
ああもう、伝達力も攻略力も全然足りていないな・・・!
「そうじゃなくて、緊張するのは本気で取り組もうとしてるからです、みんなに頼るのは一人で抱え込むよりずっといいです、京歌も蔵王くんも嬉しいと思ってるはずです」
和と比べたらきっと雲泥の差で、しどろもどろになってしまう。こんな拙い言葉で伝わるかどうかは微妙だけど―――。
「だって、頼ってもらえるのは会長に信頼されてるってことですから」
そう言い切ると同時に京歌が廊下を降りてくる、もう少し早く救助に来て欲しい。
「会長、そろそろ校庭に出るようにと、先生が」
「・・・うん、分かったよ」
私を助けに来たわけではないのか、恨むぞ親友。
ずっと静観していた蔵王は書類をまとめると、さっと会長に手渡す。・・・何というか、これで良かったんだろうか。
「常葉さん」
校庭へ向かう会長は一度私の方を見て、優しい声でありがとうと言った。
「情けない生徒会長で申し訳ないけど、精一杯頑張るよ」
いつもの様に笑みを、でも・・・いつもとはちょっと違う、少し照れたような笑顔で。
最後に「俺は君に、頼ってもいいのかな」と、意味深な言葉を残して。
・・・そして私と蔵王くんだけが残されたわけで。
「ねえ、これで良かったの?」
彼は生徒会のお茶菓子らしきものを私に手渡す、何だこれは報酬のおつもりですか。
有難く頂きますけども、すごい美味しそう。
「晃人は人前に出る度にああなるから、何とかならないかと思ってな」
「そんなスパルタな、それにどうして私なの」
確かにあなたはストレスとか緊張とは無縁のキャラクターですよね。けど、稀にお手伝いに行く私より他に励まし上手な適任者がいるんじゃないだろうか。
すると彼は、ちょっと顔を背けながら
「・・・消去法だ」と言った。
誰を消してどうやったら私が残るのか、もしやこいつ友達が少ないのかとあからさまに見つめたら睨まれた。
「うるさい」
「何も言っておりません」
「顔が言ってるんだよ」
どんな顔だよ!とはさすがに言えなかったけれど。
「まあ、会長の緊張が少しでもほぐれていたらいいね」
「・・・今回のはお前にしては上出来だった」
褒め言葉に聞こえない返事に振り向くとヤツはもう隣におらず、スタスタと校庭を目指して歩き出した。ん?ちょっと頬が赤いような・・・気のせい?
早足で校庭に出る彼を見送って、さて私も朝礼に出なきゃと急ぐと、背後から声をかけられた。
「あれ?お姉ちゃん、もう朝礼始まっちゃうよ?」
・・・・・・・・。
「和、遅いよぉ・・・!」
ガクリと膝を折る。
なんて事だ、ひょっとして蔵王が私を連れてこなければここで会長と和のイベントが起きていたんじゃないか・・・!
慌てる和を視界に入れつつ半泣きの私は結局会長の話が全く頭に入ってこなかったとさ・・・。
カウント 2