7 黄金週間・前半戦
今年のゴールデンウィークは4月の27、28、29日の土曜日から月曜日までが前半戦、5月の3日から6日、金、土、日、月の4連休が後半戦。
そんなわけで本日、連休始めの27日。私たちはこの川沿いの貸し別荘へとやってきている。
預かっていた鍵で別荘の扉を開けると、荷物から必要な物だけ取り出してすぐに目当ての川へとくりだした。
「空気美味しいーっ」
「川結構綺麗だな」
「お父さんとお母さんはあと二時間くらいで着くみたい」
娘息子の三人組は電車を乗り継いで、父母は車でこちらに向かっている。父の仕事の関係上、夏休みが取り辛いのでGWにお出掛けするのは一家の恒例行事。一番年長の私がテキパキと段取りをしておくことにも慣れっこだ。早速三人で簡易テーブルと椅子をセッティングすると、調理道具を取り出して準備万端。携帯で両親にそんな旨のメールも送信。
「そっか、なら二人が来るまでに夕ご飯の準備終わらせちゃおうよ、お姉ちゃん」
「そうだね、じゃあ役割分担!和はお米を川で洗って来て」
「いえっさー!」
「水月は釣り担当!ばんばん釣っちゃって!」
「ばんばんって、そんなに釣りの経験無いんだけど」
晩のメニューは飯盒で作る炊き込みご飯、プラス出来れば魚の塩焼きの、シンプルイズベストなアウトドア料理。飯盒を使って料理するのなんて小学校以来だけど大丈夫かな・・・。
事前に買っておいた本を見て具材を切り分けながら、チラチラと二人の様子を盗み見る。
テンションが上がっているのを隠しきれず頬がにやつく、だってついに辿り着いたんだ。この家族旅行こそ、ゲーム始まって初の水月のスチルイベント!
川近くの岩場は時々水に濡れることによって滑りやすくなる、釣りの様子を見に行った和が転倒し、それを助けようと水月が奮闘するも結局川に落ちてしまって・・・ずぶ濡れになりながらも怪我をしないように、和を抱きしめるイラストがとても美しかったのを覚えている。それを間近で見られるかもしれないと思うと興奮するのも仕方がない、あわよくばコンデジの準備は万端で御座います。
「お姉ちゃん、洗ってきたよー」
「あ、ありがとー、じゃあちょっと水月の様子見てきてくれる?」
ものの数分で魚が釣れているとは思えないけどさりげなく誘導してみる、和は疑うことなく「おっけー」と川辺まで駆けていく。すまない、お姉ちゃんタオルと着替えの用意だけはしっかりしておくからね!
我ながら非人道だなと呟き、材料をすべて飯盒に放り込んだところですぐに妹からこっちに来てとお声がかかる・・・え?疑問に思いながら駆けつけてみると竿の先に小さいながらもちゃんと魚がかかっている。
「もう釣れたの!?」
「うんそうみたい、すごいね水月!」
「釣れたのはブルーギルだけどね」
どこにでもいる、いくらでも釣れる外来種のブルーギル、食べると意外と美味しいと聞いたことがあるけど本当なのかな・・・まあいいや、どうせなら新鮮なうちに捌いちゃおう。
女の子として「きゃー魚怖い触れなーい」とか言った方が良いのかもしれないけど、家事を預かる者としてそんなことも言っていられない。
バケツを覗くと可愛いサイズの魚が元気に跳ねた、飛び散る水に驚いて半歩、足を後退させる―――と。
「―――ッ姉さん!」
・・・あ、焦ったああああああああ。
岩場で足を滑らせて、水月が腕を掴んでくれなかったら私が川に落ちるところだった。
妹や弟が転倒すれば、なんて考えた報いだろうか。助けてくれた彼に感謝の気持ちを伝えながら、何とか平静を保とうとすると―――。
「ビックリした・・・ありがと水月」
「ビックリしたのはこっち、気を付けなよ姉さん」
「お姉ちゃんっ大丈―――ぷっ!?」
今なんか変な声聞こえた。文字だと見分けがつかないけど、ローマ字で考えるとbuじゃなくてpuって発音だった。激しく感じる嫌な予感に怯えながら恐る恐る和の方を振り返ると、わぁまるで映画のワンシーンみたい、足を滑らせた和がスローモーションでこっちに突っ込んでくる様が見える。向こうは軽量級の少女一人、こっちは男性一人にバンタム級一人。
一見すると余裕で支えられそうに見えるけど、この悪い足場では踏ん張るなんて無理で、結局「あーれー」と叫びながら三人仲良く川へダイブする。
五月の川はまだ冷たいというのに、嗚呼何で私まで一緒に落ちてるの・・・っじゃなくて!
「・・・ぷはっ、水月!大丈夫!?」
急いで後ろに振り返るとびしょ濡れになりながら軽く手を振る弟と両手をあわせて平謝りの妹。
「へーき、ちょっとビビったけど」
「二人ともごめんねぇぇぇっ」
ぺたぺたと水月の頭や背中を触ってみると少し恥ずかしそうにするだけで特に怪我をした様子も無い事に安心する、同じように和の無事も確認する・・・どうやら負傷は私の尻餅だけのようだ。
そうは言っても、怪我がそれだけで済んだのは水月のおかげである。
彼はあの一瞬、左手で飛んでくる和を抱き留めて、私の腕を掴んでいた右手を一旦離し再度右腕で私の頭部を守って背中から川に落ちるというスゴ技をやってのけた、このイケメン!(褒め言葉)
何はともあれ、目的は違うけれど私の用意していたタオルと着替えが功を成す結果となった、二人に準備がいいねと褒められると若干複雑な気持ちになってしまう。しかし二人とも水場に懲りてしまったのか、水月は人数分のブルーギルを釣り上げると早々に釣り道具を仕舞っていたし、和は私の手伝いに専念していた。
そうしてご飯が炊きあがる頃ついにお父さんとお母さん、今世での私の生みの親がやってきた。
「みんなー久しぶりー!」
「白羽っ和っ元気だったかー?」
二人に会うと、嬉しいような気恥ずかしいような不思議な気持ちになる。っていうか元気なのは貴方たちの方だろう、相変わらずアグレッシブな夫婦だ。なんせクリスマスに子供には七面鳥送りつけて
、当の本人たちはアメリカの某有名テーマパークのクリスマスイベントに参加してデートしていたことがある程行動的だ。
「お父さんとお母さんだー♪」
「久しぶり、・・・母さんまた若い格好だね」
「あらやだ若くて美人だなんて、いつの間にそんなお世辞覚えたのこの子ったら」
「そんなこと言ってないけど」
母は美魔女の道を猛進して、三人も子供がいるとは思えない若作りっぷり。もし似合っていなかったのならもう少し年齢に相応しい格好をして、と言えるんだろうけど。残念ながら年齢不詳の美人さんだ。
「お父さんも久しぶり―!」
「おうっ来い和っ高い高ーい!」
「父さん、俺たち高校生なんだけど」
父は見てからに子煩悩、特に娘を溺愛している。そしてあれは腰にくるだろうから湿布を用意しておいてあげようかな。
「ほらっ白羽も来い!」
謹んで遠慮させてもらおう、この二人を見ているとあちらの方が若くて私の方が枯れている気になってしまう。精神年齢で言うとそんなに変わらないのに向こうの方が断然気持ちが若い、こちとらぴっちぴちの女子高生なのに。あれか、恋のドキドキ感が私には足りないのか。
炊き込みご飯と焼き魚を盛り付けて別荘で夕食をとっていると、母にさっき考えていたことをズバリ聞かれてしまった。
「あんたたちって恋人とか出来てないの?」
ド直球、子供のプライバシーなんのその。父が慌てて「白羽も和も、そんなのいないよな、なっ?」と尋ねてくる、悔しいがその通りだと告げると食卓の雰囲気がパッと変わる。
「そうだよな、父さんそうだろうと思ったんだよ、みんなにはそんなのまだ早いよなぁ」
「何言ってるの、もう高校生なのよ?恋人はいなくても候補くらいはいるんじゃないの」
残念ながらそれも御座いませんと言うのも躊躇われて、適当に話を変えてみる。
それにしても・・・好きな人か、考えたこと無かったかも。
晩御飯の評判は上々で、お腹がいっぱいになると和が持ってきたトランプで遊んで、最終的にポーカーで和が首位独走する頃には白々と夜が明けていた。・・・って遊びすぎだ、目を擦っても全然眠気がとれない。
もうダメだとソファーに横になると誰かがそっと毛布を掛けて、それから頭を撫でてくれた。誰だか確認したいのに目が開こうとしれくれない。・・・まあいいか、きっとお父さんかお母さんだろう。
意識が眠りに落ちるその瞬間、額に柔らかい何かが触れたのもきっと・・・。