6 最後の攻略対象
「いただきます」
「いただきます」
結局いつもの、お気に入りのお店を選んだ私たちは、運ばれてきた料理に手を付ける。
和がオムライスで私がチキンドリア、どちらも味の決め手は濃厚デミソース。このお店の目玉だ。
「さっきはビックリしたね、お姉ちゃんあの人と仲良しなの?」
「去年同じクラスだったのよ」
ゲーム設定で”人の多い場所を嫌う”とあったからまさか出会うとは思わなかった、それでも彼は近寄りがたい雰囲気があるから和と一緒に会えたのは私としては僥倖だ。噛み締めるようについさっきの出来事を思い返す。
「・・・ん?常葉か」
「・・・最上くん!?」
まさかの和と彼の出会いチャンスに立ち会えるとは、私の鼓動も最高潮。
あれ、確か人間の心臓がドクドクする回数って一生で決まっていたような、私この一年で早死にしそうな気がする・・・なーんて言ってる場合じゃない!
「・・・あの、この人お姉ちゃんの知り合い、なの?」
「そ、そう!最上くんは湊都の生徒で、私と同じ三年生なのよ!」
やっぱり、和が引いている!ゲーム序盤でも彼に出会って怯えてしまうイベントがあったっけ。
それも仕方ないと言えば仕方ない、彼 最上 萌成くんは存在感が有りすぎるんだ。
身長180cmに精悍な体躯、切れ長な瞳には蔵王くんとはまた違った鋭さがある。顔立ちも整っているから余計に悪目立ちする、更に無口で致命的に言葉が足りないため、彼といると高身長故に見下ろされるような、妙な威圧感を感じるとの声多数。クラスメイト調べ。
攻略キャラたちを動物に例えると、蔵王が黒猫で最上くんが狼、水月が魚で陽高会長と十理くんは犬だ。わんこと一口に言っても会長はゴールデンレトリバー、十理くんはポメラニアンって感じ。
いやいやこんな思考停止をしている場合じゃない。
「最上くん、こちら私の妹の常葉 和」
「は、初めまして・・・」
「・・・そうか」
しーん。会話が終了してしまった。
さすが無口キャラ、それでも何とか食い下がってみる。
「奇遇だね、今日はお買いもの?」
「ああ」
しーん。いやこれはもういい。
芸人の繰り返しネタでも面白いのは二度目までだ、三度目はスベリ確定。
正直和と彼のカップリングはとても好きだからもう少し会話をはずませたいんだけど・・・ああ、でも先日京歌に「お前好き好き言いすぎてそろそろ信憑性が無い」とズバリ言われてしまったんだよね。
でも本当に、二人のとある事件は私の好きなイベントベスト10に入っている。
最上くんはその目立つ容姿のせいで他校の不良に睨まれている、攻略中何度か小競り合いがあるんだけどある時、和と一緒にいる時に不良の集団に囲まれてしまう。
普通の女子なら「お前は絶対に俺が守る」と言う彼になんて返せるだろう、涙目で彼に縋るだろうか、大声で人を呼ぶだろうか。
そこで私の敬愛する妹様ときたら、
「先輩、有難う・・・でも守られるだけなんて嫌だから傍に居させて」
「私が貴方の、心を守るから」
何と言うか「ゲームなんだから作家さんが良いように書いてるんでしょ」と言われればそこまでだけど、作中の彼女は全キャラ中一番の男前っぷりで、男子たちの悩みをふっとばし、間違いを正し、導いていく。これこそがこのゲームの人気が高い一番の理由。
・・・はっ、いやいや目の前にはその二人がいるんじゃないか、海草にうっとりしてる場合じゃない。(誤字)
上と斜め下からの二つの目線に我に返る、あんまり長く引き止めるとかえって心象が悪いだろうしお腹も空いている。彼にそう伝えるため顔を持ち上げると目の前に見慣れぬ物体が現れた。
「・・・え?」
「やる」
はあ、そうですか、とあっさり受け取ってしまったそれは個包装された二つのマフィンだった。
チョコチップin、ああこれもう見るからに美味しそう。
「いいんですか?」
そっと和が聞くと最上くんはこくんと頷いて、軽く手を振りながら人ごみの中に消えて行ったのだった。・・・結局まともな会話が出来なかったな・・・。
* * * * *
「なんか美味しそうなの貰っちゃったね」
「そだね」
そういえば最近物を貰うことが多い気がする、私ってそんなに物欲しそうな、お腹へってそうな顔してるんだろうか。
注文したドリアはあともう三口、既にお腹の容量は八分目なので貰ったマフィンは持って帰って家で食べることにしよう。
「私あの人見たとき”怖い人かも”って思っちゃった、でも見た目だけで判断したらダメだよね」
マフィンを見つめながら「ホントはいい人なんだよね」と言う和に心の中でガッツポーズ。
イエス好感触!ファーストコンタクトは良好な様子、そういえば他のキャラとはどうなのかな。
「一学期始まって一週間たったけど、何か変化はあった?」
「えーっとね、花鳥と李奈が同じクラスなのは言ったよね、それから、あぁ・・・お姉ちゃん、蔵王 惟真くんって知ってるよね?」
キタキター!二つ返事で続きを促す。
「生徒会副会長の蔵王くん、今年から同じクラスになって名前順で席が隣同士になったんだけどね・・・ちょっと苦手かも」
ざおーう!!
い、いや待て落ち着け自分クールになれ、やつはそういうタイプだ。これから和と触れ合ううちにデレていくに違いない。
それに少女漫画でも主人公が最終的にくっつくのは好意を寄せてくれる脇役よりも、こんな風に苦手意識を持っていたり喧嘩ばかりしている男の子だったりするじゃないか。
でも少し心配なのでフォローはしておこう。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
そんな会話をしながらゆっくりとドリアを平らげて、お会計を済ませた。
お腹いっぱい、余は満足じゃー。
「午後からはどこ見てまわろうか」
「お洋服見たいな」
服屋は確か二階と三階に分かれていて、私たちの年齢なら二階がメインかな。三階は煌びやかだけどお高すぎて直視できない。汚すのが怖いから触れるのも避けたい。
レストランの内開きの扉を開けて、先に和を通す―――すると妹が素っ頓狂な声を上げる。何事かと通路を覗き込めば、向かいのラーメン屋さんから見知った顔が出てきた。
「とーりと水月だー!」
「ありゃホントだ」
「おい水月、和と白羽姉がいるぞ」
「思考パターンが同レベルって感じだな」
約一名捻くれた反応をしている、やはりここいら一帯でこのショッピングモールが一番品ぞろえが良いから、ここにくれば顔見知りにばったり会うことはよくあるけれど。
「何か今日はよく知り合いに会う日だね」
「うん、私も今同じ事考えてた」
まあ日曜日だし人は多いよね、いや逆に人が多いからこそこうして出会えるのは珍しいかも、・・・これが主人公力ってやつなのか。
「知り合いって?」
「花鳥と、あとお姉ちゃんの同級生の人」
すっごく背が高くて怖そうだったけど、優しくていい人だったよと語る和に「ふーん」と興味なさげな水月、背が高いというキーワードにピクリと反応するポメラニアン・・・いえ、十理くん。
その後は四人で一緒に洋服屋さんを覗いて、和はパフスリーブのカットソーと猫耳がついた五分袖パーカー、私はみんなに煽てられるままに、やや膝上丈のキャミワンピを購入する運びとなった。色合いは濃いめの青緑、服自体は私も気に入っているので・・・下にパンツを合わせて着ることにしよう。生足とか無理っすよ。
帰宅して一息ついてから頂いたマフィンは本当に美味しかった。甘いものは嫌いじゃないけど、多くは食べない水月だって一口分ちぎってあげると、ちょっと顔を赤らめながら「もう一口」とねだる程だった。
お流石・・・!
最上 萌成、身長180cm体重69kgの引き締まった肢体に三日月の様に鋭く端正なその姿。口数は少なく無言実行。
そんな彼のご趣味は、・・・お菓子作りである。
やっと役者が出揃いました