22 修学旅行・2日目
7月5日金曜日
今日は電車で京都まで移動してから貸切のバスで京都各所の有名観光地を巡る、強行軍ツアー!見どころが一杯だからデジカメもフル充電!万全の態勢で挑む、はずでした。
「はーぅー」
「白羽、金閣寺着いたぞ、動けるか?」
「今ちょっと無理ぃ」
結局昨日は遅くまで二人でトランプや他のゲームで盛り上がって、眠りについたのは窓の外がやや明るくなってきた頃で、そんな睡眠不足な状態でバスに乗ったら見事に乗り物酔いしました。
何が悲しいって、ちゃんと水月が酔い止めの薬を用意してくれていたのに、それを手持ちの鞄ではなくボストンバッグに仕舞いこんでしまっていたことだ、持って来ても薬は服用しなくちゃ意味がない。
「バスの運転手に頼んで荷物置き場のトランクからカバン出してもらうか?」
「う~ん、結構奥の方に入れられちゃったから大仕事になるし、どのみち今は動けない・・・」
本当は外に出た方がすっきりするんだけど、情けないことに現在一歩も進めない状態なんでう、うぐぐ。体内から襲ってくる津波を防ぐため口元を押さえる、エチケット袋ステンバーイ・・・。
「きょ、京歌さん私のことは捨て置いて構わないので、ちょっとこのデジカメで金閣寺の写真を撮って来てくれまいか」
「それくらいは別に良いけど」
「真正面からと、あと水面に映った金閣寺を撮ってください」
「注文多いな、オイ」
和と水月に写真いっぱい撮ってくると言ったのに、吐き気でダウンしてましたとは言いづらい。こういう時はもういっそ吐いちゃった方が楽かな・・・どうも先ほど食べた胡麻豆腐が私の口に合わなかったんだよね、以前食べた時はそうも思わなかったんだけど、まいったなぁ。ああ、でもおかげで昨日のことについてあれコレ考えている余裕が無い、のは良いことなのかな・・・。
京歌がバスから降りていくのを確認して目を閉じる、寝ようもういっそ寝ちゃおう。みんなが帰ってきても気を使って起こさずにいてくれるだろう、寝るぞー!
バスガイドさんが貸してくれたタオルケットを上から羽織って視界を暗転させる、吐き気の波が襲ってくるのを数分耐えていると、ふと隣の座席に誰かの気配を感じた。・・・もしかして京歌、写真だけ撮って帰って来ちゃったのかな。そっと視界を覆っていたものをずらすと、見えたのは逞しい胸板。少なくとも女子ではない、徐々に視線を上げていくと。
「・・・え?」
真ん中の通路からこちらを覗き込んでいたのは長身を屈ませた最上くんで、彼は驚く私にミネラルウォーターを差し出した。・・・ペットボトルが冷たくて気持ちいい、これ今買って来てくれたのかな、と感謝しながら受け取ろうとすると。
「ありがと、っ」
「大丈夫か」
途端にまた嘔吐いてしまった私の背を最上くんが優しく擦ってくれる、そのおかげで何とか持ちこたえられた。戻してなるものか、お昼ご飯は絶対に私の栄養として胃の中で消化してやる。
「ごめんね、お水ありがとう」
「いや、それより辛いなら横になるか?」
最上くんの申し出に、もう寝ちゃった方が楽かなーいやでもこの席には京歌が帰ってくるし占領するわけにもいかないか、とちょっと悩んでいるといつの間にか隣の席に座っていた彼は、ポンと自らの膝を軽く叩いた。
「みんなが帰ってきたら起こす」
・・・ん?何故隣に座って膝を、ん?・・・んん!?そのモーションはもしかしてひざまくりゃ、まくにゃ、ってえええ!?
「いやいやいや、それは悪いよ!」
悪いというより羞恥心という成分の方が大目に配合されているけど、とにかくその提案は有難いけど却下させていただく。・・・けれどなんやかんやで結局最上くんの肩をお借りして、もたれかからせてもらうことに、これも大差なく恥ずかしいけど具合の悪さの方が勝っているからキニシナイ。
「でも何だか申し訳ないな、何だか最上くんには貰ってばっかりな気がするから」
お菓子だとか気遣いもそうだけど、私はいつだって感謝するばっかりで彼に何も返せていないような。渡された水を見つめているとそんな思いが強くなって何だかどんどん心苦しくなってきた。
「気にするな、それに俺はもうたくさん貰ってる」
それはこの間の蒸しパンのことですか?
狭いバスの座席の、隣に座った人をそっと見上げて問いかけてみる、なんというか他に思い当たることが無い。偶に市販のお菓子を分けたりしたことはあるけど、それはそんなに大層な事でもないし・・・なんてのん気に考える私に対する返答は。
「俺はデカくて目立つらしいから男でも気の知れたヤツしか絡んで来ないし、逆に睨まれることが多い、だから―――常葉が臆さず話しかけてくれた時は・・・嬉しかった」
普段はあまり多くを語らない最上くんが微笑を浮かべて放った言葉は、私の心を貫くには十分だった。その一瞬で本当に、刃物で身体を刺されたような衝撃が走った。
だって私が彼に話しかけたのは、今となっては弁解の余地もないくらい馬鹿な野望の為なのだから。この世界をゲームの中だって決めつけて、システムを掌握してるみたいに相手をキャラクターとして扱って、それで好感を得ていたなんて・・・酷い話じゃないか。
ほんの僅かな時間でみるみる暗くなっていく思考に、ぐっと突き放すように目の前にいる人の肩に手をついて体を起こし、ほんの少しでも距離を取る。
「常葉?」
「ごめん、なさい」
私はそんな善人じゃない、和のためって言いながらイベントを見たいなんていう自分の下心で動いていたんだ、とても感謝される事じゃあないんだよ。正直過去の愚行が恥ずかしい、私はこれまでどれだけの人に迷惑をかけてきたんだろうか。目をギュッと閉じて顔を下に向けて隠し、涙が零れださないように耐える。だって私の勝手な感情なのに、泣いてしまったらまたこの優しい人に気を遣わせてしまうから。
私の態度の急変にしばし困惑していた最上くんは暫くするといつもの様に、俯いた私の頭にぽんと手を乗せて撫ではじめた。
「・・・よく分からないが、別に謝ることでもないだろう」
「悪いよ、私が貴方に話しかけたのは自分にメリットがあったからであって、それで感謝されるなんて狡い」
その利点がなんなのかは説明することはできないけれど、とにかく私自身が納得できない・・・いや、かといって「じゃあ絶交な!」という訳にもいかないよね、彼に落ち度はないんだし。しかしながら毎回こうして撫でられていると、何だか自分が駄々をこねている子供みたいに感じてしまう。
「お前は狡くないし、それでも俺は嬉しかった」
ああもう、泣いちゃいそうだ。こんなお兄ちゃんが欲しい、お父さんでもいい。同い年なのにこんな事言ったら失礼だろうけど、パパッと涙を拭って最上くんを見つめる。「ありがとう」と素直にお礼を言ってみると、感謝しているのはこっちだとまた微笑んだ。柔らかな表情を見て湧いてくるこの安心感は何故だろう・・・ホッとしたついでに、ひとつ聞いてみる。
「本当にありがとう、でもこんなこと言ったら嫌われてもおかしくないのに、最上くんはどうしてそんなに優しいの?」
瞬間、軽く目を見開いた彼が見えたと思うや否や、頭を撫でる手がくいっと私を引き寄せて、気付いた時にはオデコと最上くんの胸板がコッツンコ☆
「別に俺は優しくなんかない」
・・・って、はい?
今ワタクシどういった体勢になってますか?
「嫌わない、俺はお前が・・・好きだから」
目の前に逞し~い胸板、耳元でそっと彼の声が・・・・・・・・・。
「ふぁっ!!?」
事態を理解した時にはもう、手は離されていて、反射的に最上くんから離れようとして狭い座席の肘掛けで背中を強打した、あべしっ。しかしそんな中の様子をつゆ知らず、バスの外からざわざわと賑やかな声が聞こえてきた。外で休憩していた運転手さんにバスガイドさんに次いで京歌が乗り込んでくるのが見えた。
「白羽さん、具合は如何ですか・・・あら?」
「悪い、席借りた」
「いえ、それは構わないんですが・・・」
脳のハードディスクとかメモリーやらが一気に吹き飛んでしまったので二人のやり取りを呆然と眺めて、何も言わずに立ち去って行く最上くんの背中をただ見送る・・・。
「どうした白羽、顔色が青通り越して真っ白だぞ、白羽だけにってか?」
「―――は、」
「は?吐く?リバース?まだちょっと猶予あるし外出るか?」
吐き気とか、気分の悪さとか、あまつさえ罪悪感とか、そんなの丸ごとどっかに飛んでいきましたー!何!?今のは何なの!?一体何が起こってるのー!?
不更新記録を更新でございます
最上は人物的にはお気に入りなんですがなまじ無口設定の為とても書きづらいです・・・いえ言い訳になってしまうんですが。
ちなみに一番書きやすいのは白羽と京歌のボケツッコみな会話です




