20 修学旅行・1日目その1
7月4日木曜日、修学旅行初日。青い青い雲一つない空のおかげで少々高い気温もなんのそのでテンションはうなぎ上り、パンフレット片手に人ごみをかき分けて行く。
「やってまいりました大阪の、有名でスペシャルな日本のテーマパーク!」
「来週には学期末試験が控えているけど、それを忘れて無邪気に遊ぼうぜ!」
・・・それは言わない約束なのに、何て突っ込みを入れて来るんだ京歌サン。
平日だというのに人であふれ、時々私たちと同じような制服姿の学生を目にすることもある。園内では基本的に自由行動なので、こうして京歌と二人でふらふらと彷徨っている。
「まあそれは置いといて、何か乗りたいアトラクションは有るか?」
この人の多さだと順番待ちもしなくてはいけないだろう、遊びたいものを選び狙いを絞って動かないと、ただ闇雲にうろちょろしてもただ時間だけが過ぎていってしまう。始めにどれに乗るか決めてから効率よく行動した方が良さそうだ。京歌の意を読み取って軽く頷き、笑顔で答える。
「ジェットコースター」
「・・・は?」
「 ジ ェ ッ ト コ ー ス タ ー 」
「・・・おぬしよもや、巷でよく聞く絶叫マシン大好き系女子か・・・ッ!」
いかにも、と両手を腰に当てドヤ顔を決めるとデコピンを食らった。地味に痛い。うちの押し入れに昔遊園地に遊びに行った時の、ジェットコースターが落ちる瞬間に撮影してもらえる写真があるけれど、見ていると結構面白い。和は普通に絶叫しているし、水月は珍しく焦りを顔面に出した引きつった表情をしているのに対して、私だけが満面の笑みを浮かべているという奇妙な構図になっているからだ。
若干及び腰になった京歌を引きずりつつ、数十分ほどの待ち時間を経てやっとコースターに乗る。今回のものは普通に前へ飛び出すものだけど時期によっては後ろ向きに急落下するタイプの物もあるらしい。惜しいなあ、どうせならそっちも乗ってみたかった。ぐるぐると回転しながら空中を猛スピードで走り抜けて。はっと隣に座った人が青い顔をしているのに気付いたのは、コースターが終着点に到達してからだった。
「・・・京歌さん、大丈夫ですか?」
「あのスピード感、・・・最高だ、ね・・・」
「もういい、バッチリ好印象ですから!」
近くのベンチに腰掛けると脱力して俯きながらまだ笑いを取りに来るその姿勢は天晴、しかしながら表情にいつもの余裕が感じられない所を見ると、相当参っているようだ。私が強引に連れて来たから苦手だって言いづらかったのかな・・・真に申し訳ない。
「ちょっと売店まで行って飲み物買ってこようか」
「あー・・・、じゃあミネラルウォーターをお願いしよう」
了解、と軽く冗談交じりに敬礼すると、売店を目指して駆けだした。人をよけながら観光客用の表示を探して歩くこと数分。
「・・・まよった(´・ω・`)」
瞬きをする程の速度で道に迷ってしまった、どうしよう。と、とりあえず元の位置に戻ろう。わわ私は精神年齢が大人ですから、慌てて歩き回ったりはしませんよ。京歌はジェットコースターのすぐ傍のベンチに座っているから、まずそこまで戻ってからもう一度売店を目指すことにしようそうしよう。京歌には盛大に笑われるだろうけど、旅の恥はかき捨てって事で誤魔化そう。
ところがパンフレットで近くの施設と見比べながらてこてこ移動するものの、一向にコースターのレールが見えてこない・・・はてさてどうなっているんでしょうか私の方向感覚は。
「あれ、常葉さん?」
「え?」
首を傾げて悶々としていると、聞き覚えのある声にハッと気付き振り向く。そこにいたのは金髪蒼眼の王子様こと生徒会長。彼は不思議なことにたった一人で周囲にもうちの生徒の姿は無い、ので自分の事は棚に上げ彼に近づいてどうしたのかと問いかける。
「うん、どうやらはぐれちゃったみたいでね、もしかして常葉さんもそうなのかな?」
苦笑いをする会長の姿を見るとぴこーんと直感、いやどちらかというと女の勘でこれは多分女子に追い回された結果なんだろうなぁ、なんて考えに至ってしまった。それが事実かどうかはさておき、同じく苦笑いで返してこちらの経緯を話す、かくかくしかじかで迷子なんです。
「そっか、じゃあもしよかったら英さんがいる所まで一緒に行かない?」
「それはっ、有難いんですが会長のお邪魔になるんじゃ・・・」
「そんなことないよ、俺としてはこんな場所で女の子を一人だけにする方が心苦しいかな」
どっかの腹黒とは違って私を送ってくれるという心からの親切な申し出には感謝したい、でもとても自意識過剰だけれどこれ以上フラグになりそうな行動は控えたい・・・でも迷子なのは事実だし、あーうー。二、三秒ぐるぐると脳を回転させて導き出した答えは。
「よ、よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をすると「そんなに気負わないで」と、笑顔と優しい言葉・・・あれ、どうしてここまで癒されるんだろう、ああそう言えば最近はしょっちゅう穂積がちょっかいかけてきたからかな。ともかく私一人では京歌のいる場所まで戻れないように思えるので、大人しく王子様のエスコートを受けよう。連れ立って歩き始めると、会長は少しおどけた様に話しかけてきた。
「常葉さん、その代わりって訳じゃないけど一つお願いがあるんだけど、いいかな」
「はい?」
お願い?ちょっと気が弱い所もあるけど、基本完璧なこの人が私にお願いとは一体何だろう。疑問げに彼のアクアマリンの瞳を真っ直ぐ見つめる。
「出来れば俺のことは会長、じゃなくて普通に名前で呼んで欲しいんだ」
あ、これは失念していた。役職のある人ってついついその名で呼ばれがちだよね、街中で出会った過去に委員長だった人の本名が思い出せないとかは割とあるある話だ。
・・・でも呼び方の変更って乙女ゲー的には好感度が上がった物語後半に起こるイベントだよね・・・いやいや、今回は単に彼の気に障ったというだけだろう、修学旅行中の学校外でまで会長と呼ばれるのは確かに嫌だよね、うん。
「あ、ごめんね・・・えっと、陽高くん・・・でいいかな」
「ありがとう、こちらこそ小さいこと気にしちゃってごめんね」
いえいえ私こそとまるで交互に謝り続けるショートコントにでもなだれ込みそうな、そんな時だった。私の背後にトンッと何か嫌な事を思い出しそうな軽い衝撃・・・先日と違うのは下半身、主に腰から下にだけ何かとぶつかったような感覚がしたこと。衝突してきた物の正体を確かめようと、そっと後方へ振り向くと。
「ひっぅ、ふぇぇ・・・お母さぁんどこぉ」
迷子ー!遊園地で迷子ー!
どういうことなの、あまりにもベタ過ぎやしませんか、誰にツッコみを入れているのかもよく分からない錯乱状態に陥る私とは真逆に、陽高くんは軽く中腰になり泣きじゃくる少年と目線を合わせると穏やかな口調で語りかける。
「どうしたの?もしかして迷子になっちゃった?」
少年は泣きながらこくんと顔を縦に振る、この流れはマズイ。乙女ゲームや少女漫画で使い古されているネタだと思うんですが、率先してご両親を探してちょっと家庭的な優しさ見せて好感度をぐーんとアップさせちゃうぞ的な。そして迷子くんに「お姉ちゃんたち付き合ってるの?」とか言われちゃってどぎまぎするお約束イベントではなかろうか。
彼は男の子の頭を優しく撫でながらそっと綺麗なハンカチを手渡すと、視線をこちらへ向けてきた。
「ゴメン常葉さん、出来たらこの子のご両親探しを優先したいんだけど・・・いいかな?」
「えっと、まず係員の人に聞いてみませんか?もしかしたら親御さんもう迷子センターの方に居るかもしれませんよ?」
私にしては良い結論に辿り着いたと思う、さすがにこの子をそのまま放置しようというのは人としてどうかと思うし、しかしながら100%賛同してしまったらやっぱり好感度がぐいっと上がりそうですし、あえて際を狙い打ってみたつもりなんですが、陽高くんはハッと驚いた様に表情を変えて、かと思うとすぐに微笑んだ。
「ああそうか、そうだよね、俺つい必死になっちゃって思いつかなかったよ、ありがとう常葉さん」
あれ、何か好感度が上がった時に流れる効果音の幻聴が聞こえるんですけど、気のせいですよね。
皆さんは彼のフルネームを憶えているでしょうか・・・
書いてる人は会長って呼んでますけども←
間が開きがちですがここまでお読みいただきありがとうございます
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