15 復活→
三日三晩熱に浮かされて、黄泉の国から帰ってまいりました常葉 白羽です。何故か挨拶をしたくなるのは何でかな。金土日と長引いた風邪も何とか治り、月曜日である今日は朝から台所に立ってます。正直なところ三日も寝込むと足腰がフラフラだけども。
私の病が治ったもの水月の献身的な介護と毎日お見舞いに来てくれた京歌のおかげだと思う。・・・その間和は一度も顔を見せなかったけど・・・、朝食の準備をしていると廊下をぱたぱたと誰かが駆けてくる足音が聞こえる、この軽い音は多分。
「水月っ!お姉ちゃんの様子、は」
まさか本人がいるとは思わなかったであろう和は、キッチンまで来て私の姿を見るなりギチリと硬直する。ああ、本当に申し訳ないことをしてしまった、もう一度猛省。
「和」
声をかけるとピクリと肩を揺らして、そっとこちらを見た、まるで親に叱られた子供みたいに。だから安心させたくて出来る限り優しく声をかける。
「あのね、和の好きな蒸しパンいっぱい作ったの、一緒に食べよう」
「で、でも お、私・・・」
「大げさに倒れちゃって、ごめんね」
「お姉ちゃんは悪くないよ!」
和はばつが悪そうに、スカートの裾をギュッと握って俯く。
「うん、和だって悪くないよ」
男の子だったとしても、和は和だよ。
ニコリと笑顔を見せて言うと、和はその大きな瞳を潤ませて。
「っ、おねえちゃん!」
大きな瞳に溢れんばかりのその涙を必死にこらえて、がばりと私に抱きついた。私は背中に手をまわしてしっかりと受け止めてあげる、見た目は女の子そのもので華奢なのに、こうして抱き合っていると体つきはやや骨太で引き締まっているのが分かる・・・本当に男の子なんだなぁ。
「はい、そこまで」
感慨にひたっていると、いつの間にか起床していた水月が和の襟元を掴んでべりっと私から引きはがした。まるで猫みたいな引きはがし方だ。
「和、姉さんは病み上がりなんだ、無茶するなよ」
水月がそう言うと同時に瞬間、キッチンに「ちっ」と舌打ちのような音がした・・・あれ、蒸し器かな?そう思いコンロの方を見るとしゅんしゅんと大きな湯気を出していたから少し火を弱める。
「おはよう水月、私はもう大丈夫だよ」
今回はすごく心配かけちゃったみたいだから、改めて元気元気とアピールすると「油断大敵」とくぎを刺されてしまった。姉の威厳も何も有ったもんじゃないですな。
「蒸しパン?」
「うん三人で食べよう、その前に二人は学校へ行く準備を済ませないとね」
「はーい」
日頃の明るさを取り戻した和は、またパタパタと洗面所へ駆けていく。のに反して不動の水月は無言で手を差し出して、私の額にそれを当てた。あれ、元気発言全く信用されていない?
「・・・うん、昨日の時点でほぼ熱は引いてたけど、今日はあんまり無理しないように」
「はぁーい」
ふと唐突に二人きりになったので、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「ねぇ水月、不思議に思ってたんだけど・・・どうして私は姉さんって呼ぶのに、和はそのまま名前で呼ぶの?」
かつてこのネタで一喜一憂・・・いや憂いはしなかったけど、大喜びしていた身としては気になる所だ、いやここで水月が頬を染めたりして実はBLワールドだからですなんてオチがやってきたらどうしようと恐れてはいるけれど、その時はその時で受け止めようと思って、いたのだけれど返って来たのはとてもシンプルな言葉だった。
「どうして、って・・・別に姉って訳じゃないし、あんなのを兄と呼ぶのも嫌だから」
後姉さんに知られたら嫌われるかもしれないから隠してくれと和に強要されたから、だそうだ。何だ、そんな単純な話だったのか。
三人で食卓を囲んで蒸しパンを食べて、いつも通り登校して道すがら十理くんと合流して、彼にもちゃんと仲直りできた事実と感謝を述べた。そうして湊都高校に着くと昇降口でみんなと別れて・・・ふう、三日寝たきりだった足腰には三年生の教室までが遠い遠い。
壁に手をつきながら何とか辿り着いた教室を見渡すと、既に登校済みの京歌がいた。
「おはよー」
「おう、おは」
もう大丈夫なのかと声をかける彼は、目ざとく私の持っていた紙袋を注視する。
「それは何だ?」
「蒸しパン、和の好物なの」
いっぱい作ったし、折角だから今回お世話になっちゃった人たちに顔見せついでに配ろうと思って。そう言うと京歌はにやぁと嫌みな笑顔でこっちを見てくる。なんてウザい表情なんだ。
「いいのか?そんなことしたらまた好感度が上がっちゃうんじゃないかな?かな?」
『白羽が妹のためにした“イベントを見守るための根回し”ってやつ』『お前の行為は十分、フラグって呼べる出来事なんじゃないかな?』『正に、白羽の矢が立った、って状態だよな』
先週の木曜日、中庭で京歌に言われた言葉を思い出す。うむ、この三日病床に臥っている間、暇で暇でずっとそのことについて思案していた、和という女の子の主人公が居ない今、茶茶を入れていた私がその座に成り代わってしまったのか・・・?
私の出した結論は・・・。
「そりゃないでしょ」
ズバッと切り捨てる、原点に回帰した。
「人の心がそんな簡単に動くわけないじゃない、フラグとか好感度とかそんな訳無いでしょ、これはゲームじゃなくて現実なんだから」
「おい、お前が言うな」
ハッハーンと肩をすくめて両手を軽く挙げる、外人がよくやるあのワタシ ワカリマセーンなジェスチャーだ。京歌はただ呆れたように笑う。
「そういう結論に至ったわけ?」
「私だって知り合いが落ち込んでたら優しくしたくなるわよ、他の女の子よりはちょっと仲が良いかも知れないけど、ただそれだけ、なのに勝手にこっちに気があるかもなんて思えないでしょ」
というか、今の私にはそれ以上に考えなければいけない事が山積みなんです。まずは進路、高校三年生だというのに何も考えて無かったよどうしよう。この一年、スノードロップの期間内だけに意識を集中させすぎていた・・・成績は悪くないしまだ6月だから何とかなるよね・・・?
頬杖をついて意味有り気にこちらを見た京歌はちらりと、もう一度紙袋に視線を移す。
「お世話になった人にって言うけど―――トーゼン俺の分はあるよな?」
うわ、すごいドヤ顔だ。ねーよって言ってやりたい。・・・でも今回は本当に京歌にはお世話になった、だから仕方ない。
「この中に・・・」
袋を机の上に置いて、そっと京歌を見る。何故か気恥ずかしいのが不思議な気分だ。
「一つだけ、レーズン入りの蒸しパンがあります」
「おっ、でかした」
にかっと、私だけにしか見せないイタズラに成功した子供みたいな笑顔を見せる。レーズンが好きって変わってるよね、割と嫌いな人もいるって話には聞くけど。そして今すぐ食べようとする京歌を何とか制する、放課後生徒会に行ってその時まとめて渡したい、じゃないとほら、人目が気になるし。
* * * * *
十理くんの分は水月に持たせたし、生徒会メンツには放課後一気に渡すとして残るはあと一人。同学年だけど別クラスの最上 萌成くん。とてもお世話になったのは事実だけど、よく考えると何か料理上手な彼に手作り物を渡すのはちょっと抵抗があるかも・・・。
休み時間に最上くんのいる教室前で、じっと綺麗に包装した蒸しパンを見つめている、と。
「・・・誰か探してるのか?」
「わっ!?」
振り向くとそこに最上くんがいた、何でみんな私の後ろに立つのが好きなの!?それとも私が背後を取られても気付かないくらい鈍感なの!?脳内の京歌が「後者です」と囁いたが気にしない方向で。
「悪い、驚かせたか?」
「ううん大丈夫、それより最上くんに用があって」
先日はご迷惑とご心配をお掛けしまして、これ僭越ながらお礼の品です。
休み時間は10分と短いから手短に感謝の意を伝える、あんまり長引かせて他の人に注目されるのも困るだろう。でも京歌が言ったことを意識して妙に畏まり過ぎてしまった感が否めない、最上くんも始めは少し戸惑っていたけれど。
「そうか、もう平気なのか?」
「うん、ありがとう」
本当に心配させちゃって申し訳ない、と言おうとしたところでまたぽむと彼の手が私の頭の上に乗って、ゆっくりと撫で始める。その行為自体は微笑ましいけれどあのここ中庭じゃなくて廊下、往来なんですが・・・とても人目があるんですが・・・!
「あ、あのもがみくんっ」
「っ悪い、嫌だったか?」
嫌か嫌じゃないかと聞かれれば全然嫌ではないんだけど、といいますか身長差から言って私の頭が撫でやすい場所にあるのかもしれないけれど、人前ではちょっと・・・いやかなり恥ずかしいです。
「そうか」
はい、マシンガントークでそんな謎のやり取りを交わしている間に次の授業まであと少し。最上くんにもう一度お礼を言って手を振り別れた。学年が同じだから教室もあまり離れていない、若干ふらつきが残る足取りで廊下を進むと、京歌が階段を上ってくるのが見えたからまた手をふりふり。彼は私に気付いても、どこか浮かない顔をしていたため足を止めて近づいてくるのを待つ。授業が始まる直前なこともあり周囲の生徒はこちらに注目などしない。
「どうしたの?何かあった?」
「んー、いや杞憂なら良いんだが少し気になる事があってな」
京歌が話すには、今さっき生徒会室に立ち寄った後2階、つまり2年生の教室一帯が妙に騒がしかったため、興味本位で覗きに行ったそうだ。野次馬とは彼にしては珍しい。
「で、どうして騒がしかったの?」
授業をサボるつもりもないし、すとんと教室まで戻り椅子に座った。京歌は右隣の席だから先生が来るまでは内緒話が可能だ。
「何でも転校生が来たらしい」
「へー転校生」
ふむ、転校生といえば学内の一大イベントだ。ちょっとでも見た目が良ければ一度は自分の目で拝みたくなるものだし、騒がしくなるのは分かる気がする。で、それの何が気になるの?
「ただのカンなんだがな、白羽お前・・・」
「ん?」
「穂積 真尋って男を知っているか?」
一瞬意味が解らずきょとんと目を瞬かせて、脳が京歌の言葉に反応してある情報を引き出してから、一気に生前の記憶がフラッシュバックしてその質問の意図を理解する。
「は、・・・・・・えっ穂積!?」
「あー、やっぱ当たっちまったか」
嗚呼、思いだした!
あの運命の日、大喜びで買いに行ってしっかと抱えて、私が命を落としたその時にも抱きしめていた、私がプレイすることが叶わなかったスノードロップのリメイク版、それに登場する新規追加攻略キャラこそが・・・穂積真尋、そんな名前だった。
今まで現れなかったから、すっかり忘れていましたよ!?
長くなったので二つに分けました。
評価、感想、ブクマ、本当に有難うございます。
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感想にて「何故姉である白羽が和の性別を知らなかったのか」
というご意見を頂きましたので以下注釈です。
1・女装の発端は両親にあるという点
それ故反面教師でちゃらんぽらんな両親設定になってしまいましたw
2・白羽の一方的な思い込み
「こんな美少女が男の娘なわけないよね」
3・両親のせいで和があっさり女装を受け入れてしまった
後は作中にもあったように嫌われないように水月十理を巻き込んで隠していた
4・???
この件についてはもう少し秘密があるのですが話を進めていくうちに明らかに出来ればと思っております。
後書きまで呼んでくださった方はお付き合いいただき
誠に有難うございます。<(_ _*)>




