13 彼の独白・その2
「蔵王さん、よろしければお茶を入れましょうか?」
「必要ない」
俺は、この女が嫌いだ。
湊都高校に入学して数か月、俺は当初の予定通り生徒会へ入っていた。
正式な選挙は11月の文化祭の後だから今はただのヒラだが、俺なら当然役員に就けるだろう。
生徒会には風変わりな奴がいる、例えば見映えだけがよくてメンタル面がボロボロな副会長などが上げられる。
来年の会長候補と名高い、俺も当初は「作業も早く熟すし、こいつが来年の会長なら仕事がしやすいだろう」と考えていたが、とんだ思い違いだった。人前に出る直前、真っ青な顔でぶるぶると震えているのをみると、呆れよりも不安感が先に出る。
生まれてこの方、他人の心配をするなど初めての経験だった。
他の役員や現会長などは至って普通の、特徴も無い人間だが。あともう一人“風変わりな人間”を上げるとしたら、目の前に居るこの女、英 京歌だろう。
「そうですか、陽高さんはいかがですか?」
「うん、ありがとう頂くよ・・・惟真、好意で言ってくれているのに悪いだろう?」
「構いませんわ、では給湯室に行ってきますね」
「英さん!俺、手伝いましょうか?」
「・・・お茶を入れるだけですから、一人で出来ますわ」
にこりと口だけで笑って、退室していく。声をかけた男はあからさまにがっくりと肩を落とした。
俺はこの女が嫌いだ。
基本的にぎゃあぎゃあ騒ぐだけの女には興味が無く、またこれまで俺のまわりに来るのはそういう類の女ばかりだったから、嫌いだと断言するのはこれが初めてかもしれない。
なぜなら英 京歌はその温和そうな印象とは裏腹に、一切人を寄せ付けない人間だったからだ。他のヤツに聞けば「優しげな笑顔が魅力的」などと言うが、よくよく見てみれば目が全く笑っていない、まるで感情のこもらない作り笑顔だということが分かる。
そのくせヤツは人を引き付ける、特に男たちはホイホイと騙され告白した者はきっぱりと拒絶されて撃沈する。よって“男嫌い”のうわさが流れ、それが女子には不評のようで、クラスでは完全に孤立しているようだ。
それでも際限なく人を魅了しては、さらりと一蹴にする。あいつは男嫌いどころか人間嫌いなのではないだろうか。俺はヤツを見ていて少し自分に似ているなと感じた、だから嫌いなんだと納得がいった。認めた者以外を拒絶する性格、自分に似ている存在なんてただ気持ちが悪いだけだ。
そして季節が幾つか過ぎ文化祭が間近になった頃、忙しさに人手が足りなくなると生徒会メンバーの友達である一般の生徒が応援に駆けつける、すると英も「じゃあ私も友人にお手伝いをお願いしてみます」とそう言った。
ヤツに友人と呼べる人間がいたことに驚いて、連れてこられたそいつを見て更に驚いた。手伝いに来るのは恐らく男だろう、もし女でも理知的で頭のいいヤツか根暗なタイプ、その辺だと思っていたのに。
「初めまして、常葉白羽です、よろしくお願いします!」
ヤツに紹介され平凡な挨拶をした人物は害の無さそうな、端的に言ってしまえば至って普通の呑気で明るい女だったからだ。
「京歌、私は何をすれば良い?」
「じゃあ最初はこれから覚えてください、私も一緒にやりますから」
了解、と微笑んだそいつに笑みを返す英を見て、俺はショックを受けた。それは今まで生徒会室で見せていたものとは違った、偽りのない至極自然な笑顔だったから、妙に強烈な敗北感を受けた。
俺にだって友達はいる、でもそいつらを心から信じているかと聞かれれば答えはNOだ。昨日まで似た者同士だと思っていた英が、俺より遥かに優位に立っているように思えた。
それがどうしても気になって仕方ないから、俺はヤツとその友人を観察してみることにした。二人を眺めて三日目で、俺は呆れる羽目になる。
別々のクラスである英たちが話をしているのを見かけると、常葉は常に満面の笑顔だったからだ。今日も、今日も、今日も・・・毎日学校生活の何が楽しいのか分からないが、あの女はいつもヘラヘラと頬を緩めては何かを語っているようだった。英も嫌そうにはせず、生徒会室では見せたことのない顔で言葉を返している。
何日かそうやって傍観していると、言葉の端に妹、弟という単語が垣間見えた。俺には兄弟がいないから分からないが、身内の話がそんなに楽しいものだろうか。
女子が話しているのを見てよく会話の種が無くならないものだと思うことはあるが、どうしてそう毎日笑っていられるのか、視界の端に常葉が映る度その笑顔に疑問をいだく。時折生徒会室に仕事を手伝いに来ることもあり自分でも気付かない内に、観察の目標は英から常葉へと移り変わっていた。
「なら私、お茶を入れてきますね」
いつも通り、さり気なく席を立つ英に常葉が連れ合う。以前は一人で出来ると言いきっていた作業の筈だ、女子は何故あんなに“一緒”が好きなんだろうか、書類を整理しながらふと気になって顔を上げると不意に常葉と目が合った。
「えっと、蔵王くんもお茶要ります?」
一瞬、自分でも不思議なくらい言葉に詰まった。動揺を表に出さないように2、3秒思索して。
「・・・入れてくるなら飲んでやってもいい」
気が付くと意味不明な事を口走っていた。常葉はきょとんとして数回ぱたぱたと大きく瞬きをすると、いつも遠目から眺めていたあの笑顔で「じゃあ入れてくるね」と答えた。相手から目を逸らすと英が意味ありげな瞳でこちらを見ているのはあえて無視をしておく。今日は秋口だというのに晴れているせいか少し暑いな。
* * * * *
文化祭が終わっても、行事の度にあいつはやって来た。
こっちとしても仕事が出来る人材が来るのは助かるし、部外者の常葉がいると見栄っ張りな新生徒会長のミスも減って喜ばしい限りだ。
最近自分でも気が付かない内に常葉の笑顔を探すのが習慣になってきていた。だが二年に上がって2か月過ぎた雨上がりのある日、どこを歩いてもあいつが見当たらない。
三年の教室、食堂や自販機のある休憩スペース、くまなく探し終えたところではたと我に返る。・・・俺は一体今何をしているんだ?
浮かんだ疑問に答えを出そうと足を止めると窓の向こうに探していた姿を、見つけた。中庭のベンチに腰掛けた常葉は―――泣いていた。
これまで笑顔しか見てこなかった訳じゃない、仕事をしている時は真面目な表情、英と話をしている時には呆れ、照れ、怒り。喜怒哀楽の哀以外は全部覚えている。けど喜や楽を見ていた時間が一番長い。
その常葉が、泣いていた。
俺は意味も無く走り出した
どこへ行くんだ―――分からない
何をするつもりだ―――知るか
自問自答を脳内で全てキャンセルして、ただ走る。たかが知り合いの女が泣いているってだけで、どうしてこんなにもやもやするのか、今はよく分からないが。
駆けつけると常葉はもう泣いてはいなかったが依然として情けない表情でこちらを見上げる。何故かそれにイラついてしまう。英や晃人なら上手いことを言えるのかもしれない、だが俺は他人を励ますどころか気にかけたことも無い、こういった場面で何と声をかけていいのか分からない。
「いつもヘラヘラしてるやつがそんな景気の悪い顔してたら、調子が狂うんだよ」
結局喉から出たのはいつもの憎まれ口、常葉は表情こそ普段に近づいたものの訳が分からずに疑問符を浮かべている。が、言ってしまった言葉はもう引き返せない、仕方がないから一気に畳み掛ける。
「だから、いつもみたいにバカみたいな顔で笑ってろ」
・・・バカは言い過ぎたかもしれない、だがこれ以上は何とも言えないため当の本人の顔も見ず早々に立ち去る。本当に何をやっているんだ、俺は。
真っ直ぐ教室へと帰るとすぐに予鈴が鳴った。授業が始まっても胸のもやもや感が晴れない、走ってきたせいか鼓動が高鳴ったままだ。しかし鼓動はなかなか治まらず、放課後になって常葉が体調不良のため早退した事実を知ると、より一層もやもや感は強くなった。
・・・たかが顔見知りの不調をここまで心配するとは、俺にも意外と道徳的な面があったものだ、そう結論付ける。決して相手が常葉だからそうしたわけじゃない。
「それだけの話だ・・・他意は無い」
誰に言う訳でもなく、そう呟いた。
彼の独白・その2
蔵王 惟真
攻略対象視点って見るのは好きなんですが書くと難しい物ですね
次回の京歌編でサイドストーリーは一旦終了、白羽が復活します
感想コメント、ブクマ本当にありがとうございます




