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12 彼の独白・その1

「おいお前、ちょっと三年の教室に行ってこい」


校舎二階にあるベンチで昼ご飯を食べていると、暗い顔したヤツがつかつかと早足でやって来て、偉そうにそう言った。まるで日曜日の早朝に放送されるヒーロー物に出てくる、悪の総督のようだ。


となれば俺は「キキィー!」とか奇声を上げて命令に従わなければいけないんだろうか。腕を組み仁王立ちをしている目の前の人物をそっと見上げると、横からため息が零れた。


「放っておいていいよ十理、自業自得」


巻き込まれた俺と姉さんはいい迷惑だよ、と水月は珍しく購買のパンに齧り付く・・・いつもは白羽姉(しらはねえ)の手作り弁当なのになぁ。なんて思っていると正面に立つ()はギッと水月を睨む。


うっと身が竦む俺とは真逆に、水月は飄々と切り返す。


「何、俺は早くばらした方が良いってずっと忠告してたと思うけど」

「ちっ」


真っ当な反論に和はぐうの音も出ず、舌打ちで返す。しかしずっと妹だと思っていた人間が男だと分かってしまうのはどれ程のショックだろうか、俺は自分が和の事を知った時を思い出し、顔が青くなる。


箸で持ち上げた卵焼きをそっと弁当に戻す。

あれは俺の人生の中でも一番のトラウマだ。


「だ、って言いづらくって」

「分かるけど、それで傷つくのは和より姉さんだろ」


そっぽを向いてみるみる表情が暗くなっていく和は、どう見ても女の子にしか思えない。それに加えてTVに出る芸能人に比べても遜色がないくらい可愛い。喉仏とか骨格とか、もう少し男らしかったらこんなに長く白羽姉を騙し続けるのは無理だった筈なのに。


話を中断させるかのように本鈴が鳴る、水月はすくっと立ち上がると教室とは逆方向の階段へと歩いていく。


「おい水月、どこに行くんだ?」

「中庭、姉さん昼休みが始まってからご飯を食べてる気配がないから、ちょっと様子を見に行ってくるよ」


はっ?と窓の外を見てみると木々の隙間から女の子が二人、中庭にいるのがかろうじて分かった。・・・俺も視力は良い方だけど、よくあれが白羽姉だって分かるな、もう一人は多分・・・。


「ホントだ、外に白羽姉がいるな」

「どこ!?」


ばびゅんとすごい勢いで和が食いついてきた、俺を押しのけるようにしてガラス窓を覗き込む。


「ほらあそこ、・・・(はなぶさ)先輩も一緒だな」

「むー、あの人もいるのか」


先輩とはゴールデンウィークに一度会ってるけど、どうも和は彼女が好きではないらしい。窓に背を預けて腕を組む。


「京歌先輩、お姉ちゃんと仲良しみたいだけど何か怪しいんだよね、腹に一物っていうか」

「和、同族嫌悪って言葉知ってるか」


どの口が言うんだ、失礼だろと水月が歩みを止めて振り向いた。

・・・あれ?っていうかさっき本鈴鳴ったよな、授業始まっちゃうのにこんなのんびりしててどうするんだ。先生が来る前に教室に戻らないと、そう思って言い合いをしている兄弟を余所に弁当を片付けると、階段を上ってくる人物に気が付いた。


「あれ、英先輩だ」

「へうっ!?」


さっきまで中庭にいた先輩が、息を上げながら階段を駆けのぼってくる。俺たちに気付くと真っ直ぐこちらに向かってきた。


「皆さん分かりやすいところにいて下さって、探す手間が省けましたわ」


クラスまでは存じませんから、と胸を押さえて呼吸を整えながら駆け寄ってくる。


「京歌先輩、そんなに急いでどうしたんですか?」


にっこり、と凄まじい速度で猫をかぶる。俺はたまに俺の幼馴染(なごみ)が怖くなる時がある・・・というか先輩はさっきまで白羽姉と一緒に居たんだし、もう和の事は知ってるんじゃあ?先輩はのん気な俺たちに、思いがけないことを言った。


「実は白羽さんが体調を崩されて、今保健室に居るんですけど・・・かなり具合が悪いようなんです」

「えっ」


どうも昨日の雨に打たれてそれが原因じゃないか、と先輩はじっと突然の出来事に言葉をなくした和を見つめて話す。常葉の家には今両親が居ない、だから白羽姉だけ早退させても看病できる人がいない。それを瞬時に悟った水月は「分かりました、俺行きます」とすぐに返答する。


「私はクラスに戻って彼女の鞄を取って、職員室で担任の先生に早退の許可を貰ってきます」

「すみません、よろしくお願いします」


それだけ告げると先輩はまた慌て気味に階段を上っていく、頭を下げる水月もまた一階にある保健室に向かって階段を下る。


「み、ずき、・・・あの」


先輩の姿が見えなくなると、和がかすれ気味に声を出した、隣を見ると心配なくらい真っ青な顔をしている。


「来るの?」


階段の踊り場から顔だけ出してこちらを見上げる水月に、一瞬ビクリと体を揺らして、首を横にふった。


「お、私がいたらお姉ちゃんを混乱させちゃうかもしれないから、水月お願い・・・」


俯いて、スカートの裾をぎゅっと握りしめる。今にも泣き出しそうに、瞳を潤ませて。


「水月、俺も行く!」


気が付いたら、階段を駆け下りていた。もう授業は始まっているだろうし、乗り掛かった船だ。

和を一人廊下に残して保健室を目指す。




「水月・・・と、十理・・・くん?」


保健室に着くと、さっきの和よりも顔色の悪い白羽姉がベッドに横たわっていた。ピピピ、と電子音がして体温計を取り出すと、保健室の先生が驚きの声をあげる。


「38度7分・・・!よくこれで学校まで来られたわね」

「「38!?」」


何時もは冷静な水月と一瞬に叫ぶと「気持ちは分かるけど、保健室では静かにね」と即刻で注意された、すいません。


「不甲斐ないなぁ・・・、二人とも迷惑かけてゴメンね」

「姉さんが謝ることないよ、俺が朝気付いてたら良かったのに」


青い顔で力無く謝罪する姿を見て、俺は言い様の無い不安感に襲われる。

これまで白羽姉が病気になることが一度も無い訳じゃないけれど、こんなにも弱っているのは初めてな気がする。この人はいつだって、俺達を暖かく見守っていてくれた。水月や和と遊んでるときも、振り向けばそこに笑顔の白羽姉がいた。


だから―――。


「失礼します」


ガラッとドアが横開きして、息をきらせた英先輩が現れた。


「白羽さんと水月くんの早退許可、貰って来ました」

「俺の分も?よく取れましたね」

「伊達に生徒会役員はしてませんわ」


にこりと微笑んでそれをひらひらと見せびらかしてから手渡す。保険医はそれの重要項目だけに目を通して。


「はい、確かに受け取りました、・・・そうねぇ、歩きは辛いだろうからタクシーを呼んでくるわ、少し待ってて」


先生を見送ると枕元に移動した先輩に、白羽姉が何か小声で話しかける。


「38度だって・・・僕もう疲れたよ、パトラッシュ」

「白羽さん、しっかりして」

「もうゴールしてもいいよね?」

「あかん、じゃなくて安静にしやがって下さいね」


本当に小さな声でやりとりをしているから何を言っているのかは分からなかったけれど、白羽姉が彼女を信頼しているのは伝わってきた。


そうして二人を見つめていると、寝ている方とぱちりと目が合ってしまった。


「ゴメンね、十理くんまで巻き込んじゃって・・・授業サボらせちゃったね」

「いいよそんなの!水月一人じゃ大変だろうし、タクシーまで送っていくよ」


白羽姉は青い顔で笑みを浮かべてありがとうと告げるけど、あることに気が付いてふと顔を歪ませる。


「そういえば私が体調崩したの、和は・・・知ってるの?」


ちらっ、と水月と英先輩がこちらを見る。なんとなく「言うな」と言われているような気がするから、静かに首を横にふる。


「そう、良かった・・・ところで十理くんは和のこと、知ってたの?」


次の疑問が飛んできた、ちょっとだけ悩んで俺は覚悟を決めることにした。


「うん・・・小学生の頃さ、常葉家の旅行に俺が付いていった時、あっただろ?」

「ああ、温泉旅館に行った時?」

「そういえば、そんなこともあったな」


クスッと水月が笑う、思いだし笑いをする幼なじみをちょっと赤い顔で睨む。けど相手はにやにやとするばかりで、女性陣は話が分からず首を傾げる。


「温泉に入ってたら、和が男湯に普通にやって来て・・・」

「洗い場でひっくり返ってたよな、名誉のために姉さんたちには逆上せたってことにしておいたけど」


抹消したい俺のトラウマだからどんどん尻すぼみになっていく、のを水月がフォローする。



「すごいショックだったんだよな~ずっと女の子だと思い込んでたから、実はその時まで・・・俺の初恋の相手は和だったからさ」


うう言ってしまった、思い出しても恥ずかしい、もしかしたら引かれるかなぁ。でも少しでも、白羽姉が元気を取り戻せるならいいか・・・。

「そうだったの!?」とか「私と同じだね」とか笑い話に出来たらいいな、と思いきや。


「やっぱり!?」


瞬間がばっと起き上がって目に生気が宿る、・・・っていうか今、やっぱりって言った!?俺そんなに分かりやすい!?


「白羽さん落ち着いて下さい、ね?」

「はっ、つい興奮・・・イエ驚いて、でもその時までってことは・・・?」


「勿論、今は大事な友達(おさななじみ)だよ」


時々怖いけど、という本音を隠してにっこりと笑うと白羽姉もやっといつもらしい、安心したような顔を見せてくれた。


「だからさ、あんまり和のこと怒らないでやって欲しいんだ、あいつがずっと隠してたのは今更言ったら白羽姉に嫌われるかもって、そんな理由だから」


「嫌いなんて、ちょっとオーバーに驚いちゃっただけで・・・ありがとう十理くん、そうだよね男の子でも和は和だもんね」


水月がじと目で「ヤツはそこまで殊勝な性格じゃない」とか何か言いたげにしているのはあえて無視をして、暫くするとタクシーがやって来て、俺と水月が肩を貸す形で何とか白羽姉を車に乗せて。




先輩と別れて一応教室に戻ろうとすると、さっきの廊下にまだ和が立っていた。事の顛末を一から話すと上から目線で「俺をフォローしたのは十理にしては上出来だね、ご苦労だった」と言われた。やっぱり戦隊モノの悪の総督みたいだ。


「白羽姉といる時の和は、本当に女の子みたいで可愛いのにな」

「当然」


一人称だって私って言うし猫かぶりは完璧、俺や水月といる時はひとつ年上なこともあって、正直ガキ大将みたいなものだ。


「別に猫かぶってるわけじゃないんだけどな」


えっ、口に出してた?一瞬そう思ったけど特に睨まれてもいないから多分セーフ。俺の動揺に気付かず和は、一呼吸 間を置いて。



「ただ単に俺は、お姉ちゃんの事が大好きなだけだよ」



目の前の少年はにっこりと女の子スマイルを浮かべて、キッパリとそう言った。


・・・え?ラブで?ライクで?

ぽかーんと聞き逃しそうになりながらも咄嗟にそう聞くと「十理にしてはいい着眼点だ」とうやむやにされて、和は背を向けて去って行った。


・・・白羽姉、大丈夫かな いろんな意味で。



彼の独白(ひとりごと)・その1

保坂 十理(ほさか とおり)

前回はたくさんの感想コメントありがとうございます、無事皆様を騙せたようで←2828と大事に読ませて頂いてます。

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