11 雨
六月中旬、私は全速力で走っていた。
梅雨間近ということもあり天気予報が曖昧な今日、キチンと傘を持って登校して、下校する時間にはもうポツリポツリとにわか雨が降り出していた。私は日直の仕事がおしていることを理由に、京歌には先に帰ってもらうことにした。
「ちょっとくらいなら待つぞ?」
「いいよ、今日は遅くなるほど雨が強くなるみたいだし、私もちゃっと片付けて帰るよ」
傘は持ってるんだよな、って質問にYesと返して職員室へと急ぐ。
行く最中に会長と蔵王くんに会って、教室に戻る時に最上くんと十理くんに会った。
お互い雨に気を付けて帰らないと、そんな話をして教室に戻った頃には既に京歌はおらず。
持って来ていた筈の傘も、姿を消していた。
「人の傘盗るやつはリア充と一緒に爆発しろーっ!」
盛大に呪いの言葉を吐きながら、帰り道を駆け抜ける。
盗まれた方が濡れちゃうって分かってて奪うんだから、本当に傘泥棒ってタチが悪い。
商店街の軒先から軒先へ、忍者のように移動する。こんな日に限って財布を忘れたりするものだから救いようがない。お店がある場所ならこんな風に屋根がせり出している場所を目指して濡れるのを最小限に出来るけれど、一歩住宅街に踏み込むと雨宿りを出来る場所は殆ど無くて。
結局、家に辿り着いた時にはずぶ濡れになってしまった。
うぅ、服や髪が肌に張り付いて気持ち悪い、何とか死守した鞄からタオルを取り出し適当に拭うと真っ直ぐにお風呂場へ。着替えは後でいいや。
脱衣所で制服を脱ぎ捨ててキャミソールと下着だけになったところで、バスルームからちゃぷんと水音。よくよく見てみれば明かりも点いている、誰か先客がいるようだ。
確認してみるとシェルフの一番下の棚に、少し濡れたうちの高校の女性用制服があった。
と、いうことは中にいるのは和か。
少し躊躇するけれど女同士だし、まあいいだろう。
雨で体が冷えてきたし、和が湯船を使っているならとりあえずシャワーだけでも使わせてもらおう。
キャミソールを脱ごうとしたけれど、一瞬考え直して先に声だけかけておこう。
親しき仲にも礼儀あり、だ。
そう言う割には無遠慮に、そして無防備に、ガチャリと風呂場の戸を開けて中を覗き込む。
「なごみーゴメンね、シャワーだけ使わ、せて・・・」
「ッ!?えっ、おねーちゃ・・・!?」
ばしゃり、彼女、が。 慌てて立ち上がると同時に湯船の中のお湯が大きく波立つ。
立ち上がることで、彼女、の。 滑らかな肢体が露わになる。
私は初めて一糸纏わぬ 彼女、を。見つめる。
・・・無い・・・。
上半身から、視線を下におろしていく。
・・・有る・・・?
『何よりあったものが無いのはすっげぇ違和感!』
まるで走馬灯のように、いや“まるで”とか“ように”じゃない、これは走馬灯そのものじゃないか?混乱する私の頭の中に、以前京歌が語ったフレーズが甦る。
『私の妹がイケメンすぎて惚れる』
これは、確か私の言った言葉だ。うん、覚えてる。でもその記憶と同時に、すごいことを思い出してしまった。
和はヒロインであるにもかかわらず作中一番の男前で、男子たちの悩みをふっとばし、間違いを正し、導いていく。これこそが“スノードロップ”の人気が高い一番の理由。
ですから、脳内を菌類にかもされてしまった女子たち・・・、この緊急時に遠回しな言い方をしている場合じゃないので、はっきり表現すると。
腐女子と呼ばれる方々の誰かが、言ってしまったのだ。
『和ってホントカッコいいよね、男だったらもっと良かったのに』
・・・その一言を切っ掛けに、スノドロ界は『女の子でヒロインの和』を支持する派閥と、『性転換物の、和が男のボーイズラブ』を好む者に、真っ二つに割れてしまった。
勿論私は前者が好きでBLはあまり得意ではない、のだけれど、どうしても“スノードロップ”で検索するとそういうイラストが目に付いてしまう。
ちなみに男の和さんは総攻め・・・いやいや、今これはどうでもいい。
同人誌を買ったら表紙は乙女チックだったのに中身は和&会長が攻めで蔵王受けのBL本で辛酸を嘗めさせられた事がトラウマ・・・ってこれは今重要じゃない。
頭がくらくらする、目の前に居るその人は顔を赤くしてパッとタオルを腰に巻く。その仕草さえも私を混乱させる。
普通女子なら全身を隠すはずだ、ということはここは、乙女ゲー世界などでは無、い・・・?
酷く頭が痛む、走馬灯は私の前世にまで戻っていく。
視界に映る、その人は、どう見ても女の子にしか見えないのに。いもうと、なのに。
家、家族、毎日通った通学路・・・近所のコンビニのおばちゃんが優しかったなぁ、家の近くにある小さな社が学生のたまり場で、よくそこのベンチで友達と話し込んだりして・・・。
楽しい思い出を振り返りながら、ゆっくりと意識が閉じていく。
走馬灯で、突きつけられた真実を掻き消すために。
そんなこんなで私は前世を含めても、生まれて初めての 気絶 という体験を味わった。
* * * * *
・・・ふっと、目が覚める。
見上げた天上は、ここ数年よく見たもの。私の部屋、だ・・・。
そっと視線を横にずらすと、心配そうな瞳で水月がこちらを見つめていて、私が目覚めたのを確認すると静かにベッドの脇に腰掛けた。
「・・・気が付いた?」
「・・・うん」
私の右手をそっと掴む彼の手が暖かくて、意識が現実に引き戻される。
「わ、たし・・・変なゆめ、見ちゃっ」「姉さん」
申し訳ないけど夢じゃないよ、と水月はゆっくり諭す・・・やはりか、うすうす分かってはいたけれど、言わずにはいられなかった・・・信じたくなかった。
「残念だけど、俺たち姉弟の中に一人女装男がいるのは隠しておきたい事実だよ」
ため息を吐きながら、水月にしては珍しく茶化すようにそう言ったのは、私を心配しての事だろうか。正常な状態なら、きっと私も「じゃあ水月が女の子?」なんて冗談が言えたかもしれない。
今は何も言葉に出来ない。
「姉さん、今日は学校どうする?・・・休む?」
「がっこう・・・?」
時計を見てみればもう朝の七時半、昨日の・・・あの、事件から。ずっと寝ていたのか私は。
不意に視界に焼き付いてしまった、あの瞬間がリフレインする。
「・・・和、は?」
「日直だから、もう学校に行ったよ」
それからは、まるで思考能力を持たない木偶の坊のように、いつも通り身支度をして水月と一緒に登校した。本当にいつも通り、何も変わったことが無いように。
学校に着くとクラスメイトとの挨拶もそこそこに授業を受ける、何度か京歌が話しかけてきたのが分かったけれど呆然と受け答えて、何と言って対応したのかも定かでは無い。一限、二限と時間だけが進んでいってもその内容も全く覚えがない、よく先生に当てられなかったものだ。
そうして生気も覇気も無いのっぺらぼうの様な顔をして、午前が終わりお昼休みに突入すると京歌が傍に寄ってくるなり急に私の手を取って、ズカズカと中庭へと連れて行かれた。同じ字だけど連行と言った方がより近い。ここのベンチはいつも人気が無く校舎からも見づらい位置にあるため私たちがよく昼食を食べにくるお気に入りスポットだ。
京歌は強引だけど、気遣ってくれているのは分かった。だから小さく息を吐いて、少し落ち着くことが出来た。
・・・今は状況に当てられているだけ、頭の中がぐちゃぐちゃで、思考が追い付かない。もう少し落ち着いたら、・・・落ち着いたら?どうするというんだろうか。だって和は・・・ダメだ、まだ自分が何を言っているのかも分からない。
・・・京歌に相談したら、少しは落ち着くだろうか。
彼は同じベンチに座って、じっとこちらを見ている。
「あの、頭混乱してるんだけど、ちょっと聞いてほしいことが、あるの」
冗談を言っている時は子供っぽいけど、京歌は基本的には静かで理知的な人だ。それに相手に言葉を伝えることで脳内の情報が整理出来る事もある、彼に話してみよう。
まず何から伝えるべきか、頭をひねる私を見て京歌が先に口を開いた。
「妹の和ちゃんが、・・・男だった?」
ガンと、ただでさえ痛む頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。
何で、どうして、知っていたの、何故教えてくれなかったの、そんな言葉が脳裏を過るけれど、まるで餌をねだる金魚の様にパクパクと、口を開いても疑問は声にならずに消えていく。
ただ京歌を見つめる事しか出来ない。
京歌は申し訳なさそうな、初めて見た表情をして、静かに言った。
「白羽、・・・息、しろ」
「・・・っふ、はぁ・・・」
そう言われるまで、自分が肺呼吸の生物である事まで忘れ去っていた。
慌てて酸素を求めて深呼吸する私の背中を彼がそっとさすってくれる。
呼吸をすることで、やっと頭のもやもやがすっきりしてくる気がする。
「確信があったわけじゃない、ウワサ程度なんだが、・・・二年生の間では割と有名な話らしい」
息を吸う、そうか知らないのは私だけだったのか。
「・・・悪い、白羽には真っ先に言うべきだったよな」
息を吐く、ああ全く親友に気を使わせるとは情けないな。
「でもいつも楽しそうに妹の話してるし、まあなんだ、デマの可能性もあった」
息を、吸う。私の親友ときたらなんて優しいんだろう。
「いや、結果黙ってたのは俺が悪かったな、すまない」
「ううん、京歌は悪くないよ」
やんわりと私に気付かせないように、労わってくれている励ましてくれている。
こんなボケた頭で聞いていたら、うっかり慰められていたよ。
でも、ゴメン。気付いちゃった。
息と一緒に、全ての感情を吐き出す。
「わたし、最っ低・・・!」
あんまりにも自分が情けなくて、涙が出てくる。
大好きなゲームの世界に生まれ変わって、一人で舞い上がって、目の前のこの人はよくそんな奴と友達になってくれたものだ。だって私は。
「白羽」
「わたし、 まだゲームをやってるつもりでいた・・・ッ!!」
イベントが起こらないとか、パラメーターとか、何様のつもりだろう。上から目線で思い返しただけで自分が恥ずかしくって涙が零れ落ちるのが止まらない。
「見守るなんて言っておいて、自分の事しか考えてなかった、勝手に有頂天になって、和の事すら見れてなかった・・・!」
・・・そうして、二人でベンチに座ってからどれくらいの時間が過ぎただろう。
京歌はずっと無言のまま、ぐずぐずと泣き言を言い続ける私の肩を抱いていてくれた。
「ありがと京歌、全力で泣いたらちょっと落ち着いてきた」
「無理すんな、・・・それより腹、減らないか?」
お昼休みを20分ほど無駄遣いしてしまったみたいだ、食堂の方を指さす京歌に首を横に振る。
「今泣き腫らしててみっともないし、お腹も空いてないから私はいいや」
くすりと笑うと笑い返してくれる、私はいい友達を持った。
「五時間目はどうする?」
「今日はパス、っていうか午前中の授業内容何ひとつ覚えてないわー、ちょっと頭冷やしたいからしばらくここにいる」
「じゃあ放課後になったらまた来る」と言い残して京歌は去って行った。
姿が見えなくなるまで手を振る・・・うう、一人になると鬱々しさが増してくる。そういえば私って元々すごいネガティブ思考の人間だったのを思い出した、嬉しかったのは分かるけど何をあんなにはしゃいでたのか、今となってはこれまでの自分がただひたすらに恥ずかしい。
・・・そう、和が私に男だということを隠していたのだって、私のせいかもしれない。
私があの子に“主人公の和”を強要しすぎていたんじゃないか?
それなのにこんな風に気絶して落ち込んで、きっとあの子を傷つけた。
どんどん考え方が暗く堕ちていって、俯いて地面を見つめる私とは逆に、空からポロポロと飴が降ってきた。
・・・ん?雨?・・・いや飴、キャンディ!?
上から急に飴が落ちてきた、何事かと座ったまま後方へ振り向くと、何故かムスッとしかめっ面した蔵王 惟真が立っていた。
と、いうことはこの両手に溢れんばかりの数の飴を落としたのは彼なのか?
「・・・手が滑った」
なんでやねん(真顔)
こんなダイナミックに狙い澄ました手の滑らせ方がありますか。脊髄反射でそんな言葉が浮かぶけど、今は上手く・・・言葉に出来ない。
「拾うのが面倒だから、お前にやる」
・・・はあ、そりゃどうも。
色取り取りのキャンディが私の膝の上に乗っている、いくつかは地面に落ちてしまった、一体何なんだろうか。じっと彼を見つめるとバツが悪そうな顔をして、ギロッと睨まれた。こわい。
「いつもヘラヘラしてるやつがそんな景気の悪い顔してたら、調子が狂うんだよ」
・・・ん?これは、もしかしてすごく口は悪いけど気を使ってくれているのか?蔵王くんはこっちを見ようとはせずに、用件だけをまくし立てる。いや、貶されてる?どっち!?
「―――だから、」
一瞬だけ、私の目を見て。
「いつもみたいに、バカみたいな顔で笑ってろ」
言いたいことだけ言うとすぐに立ち去って行く彼に、その背中を見送る事しか出来ない私。んと、励ましてくれてるって解釈でいいのかな・・・。
一個一個落ちた飴を拾い集めて、ベンチに座りなおす。
フィルムに包まれた宝石のようなそれの輝きに見蕩れていると、私の隣に誰かが腰掛けた。
「・・・最上くん?」
彼は何も言わず黙したまま隣に座ると、スッと手を差し出してその手をぽんっと私の頭に乗せた。
「え・・・、あの?」
疑問符を浮かべる私を余所に、無言でわしゃわしゃと私の頭を撫ではじめた。
・・・えーっと、これも慰められているんだろうか。
最初こそ戸惑ったけれど、・・・彼の手が私の髪の上を優しく行き来する、頭を撫でられたのはいつ振りだろう、何だか気持ちがいい。目を閉じて最上くんに身を任せる。
「・・・顔色、悪いな」
やっと彼の口から発せられた言葉は、やはり私を気遣うものだった。・・・私今そんなにひどい顔をしているんだろうか、さっきまでずっと泣いてたからかなぁ。
「昼飯、食ったか?」
「ん・・・まだ、お腹空いてなくて」
私の頭を撫でながら、案じてくれる彼になんだかホッとする。不思議なことに今日は全くお腹が空かないや、そういえば朝食をちゃんと食べたかも覚えていない。
そんな私に最上くんは、綺麗に包装されたお菓子を手渡してくれた。中身はチョコとプレーンのアイスボックスクッキー、きっとこれも彼のお手製なんだろう。
「食欲、無くても食べた方が良い・・・甘いもの食べると、何かホッとするだろ?」
珍しく笑顔を見せる最上くんに素直に感謝の意を伝えて、袋を開けたところで予鈴が鳴った。心配そうに見つめる彼に、ぎこちないかもしれないけれど今精一杯の笑顔を返して促す。さすがに巻き込んで授業をサボらせるのは避けたい。
彼はもう一度ぽんっと優しく頭に手を乗せると、「無理はするなよ」と言い残して校舎に消えて行った。
自分勝手な事なのに、随分人騒がせな出来事になってしまっていることを痛感しながら、パクリとクッキーをくわえる。彼の作るものを頂くことは偶にあって、そのどれもが絶品であるのは保証する。
けれど今日はイマイチ食が進まない、ゆっくり一枚食べたところで手が止まり、ため息を吐く。
チラリと時計を見る、五時間目が始まるまであと五分ほど・・・。
一人でいるとどうも思考が悪い方へ悪い方へと行ってしまう、やっぱり私も授業を受けるべきだろうか、そう考えて校舎の通用口へ向くと会長が出てくるのが見えた。
・・・はて、もう本鈴が鳴るまであと数分というギリギリの時間にどこへ行くんだろう。と思って注視していると会長は、迷わず真っ直ぐに私の前までやって来た。
「かい、ちょう・・・?」
「ごめんね、邪魔しないようにすぐに戻るから」
不思議そうにする私にそう告げて、彼はビニール袋から四角い箱を取り出した。あ、あれうちの購買で売ってる生キャラメルだ、一日に出してる数が少ない上にすごく美味しいから速攻で売り切れてなかなか手に入らないという噂の・・・。
「これ、良かったら貰ってくれるかな」
「え、・・・あの、いいんですか?」
差し出されたそれを何の気なしに受け取ると、会長はにこりと微笑む。もしかして私また慰められてる・・・?
この中庭のベンチはあまり人目に付かなくて、校舎からも余程注意して見なければ誰が居るかも分からない場所なのに、何でこんなに目立ってるんだろう・・・ん?今何かが引っかかったような。
「常葉さん」
「はいっ!?」
意識を急に引き戻される、あれ何考えてたんだっけ、とりあえず置いといて。やはりというかなんというか、陽高会長は心配そうな顔を覗かせる。そして少し、逡巡して。
「えっと、俺・・・上手く言えないけど」
やや身を屈ませて、しっかりとベンチに座る私の目を見つめる。
「元気を出して、って言ったらきっと君に気を遣わせてしまうだろうね、だけど」
自分の首に手を当てて、絞り出すように話す。
迷いの無い、真っ直ぐな瞳で。
「俺と話すことで少しでも君が、気を紛らわすことが出来たらいいなと思って」
金の髪の王子様が、はにかみながらそう言った。それと同時に五時間目の始まりを告げる鐘の音が鳴る。「余計なお世話だったら本当にごめんね」と彼は謝りながら駆けていった。
そして、ぽかんと呆気にとられた私だけが中庭に取り残される。
・・・はて、この一連の流れは一体何なのだろうか・・・。
「思い内にあれば色外に現る・・・ってトコか」
「にゃわぁぁぁぁっ!?」
いつの間にか背後に京歌が立っていた事に驚いて変な声出た!
俺の後ろに立つなぁぁっ!「ゴ○ゴかよ」
「けほっ、どうしたのよ」
「授業受けようかと思ったけど五限体育だったから、面倒だし一緒にサボろうかと思って」
我儘な、と睨むとにやりと笑う。なんなのさ。
「白羽、お菓子展覧会だな」
確かに、キャンディにクッキー、それに生キャラメルが私の膝の上に並んでいる。とても嬉しいけれど、みんなどうしてこうお菓子ばっかりくれるんだろう。
「・・・そういえば私、こうして物を貰うことが多い気がする、なんでだろう」
「分からないか?前にもこんな話をしたような気がするけどな」
はい?前にも、とは一体どれの事を指しているんだろう。京歌とは知り合ってから毎日、何かしら話をしているのだけれど。
「その時には笑ってスルーしてたけどさ、白羽が妹のためにした“イベントを見守るための根回し”ってやつ、生徒会の仕事を手伝ったり最上に話しかけたり色々しただろ」
うん、今思い出すとすごく馬鹿らしいけど、ちょっと前までは嬉々としてやってましたね。猛省しております。
「でもそれは“女の子の和ちゃん”ありきの話だろ、しかし主人公不在の今現在」
うん、いやあれ?何か話の流れがおかしい、何だか嫌な予感しかしない。
怪談でも聞いてるみたいにつっと冷や汗が頬を伝う。
「お前の行為は十分、フラグって呼べる出来事なんじゃないかな?」
びしりとこちらに人差し指を向ける京歌に、何時かみたいに「そりゃないでしょ」とばっさり切り捨て・・・ようと開けた口が塞がらなかった。動揺して身動ぎをした拍子に、カツンと軽い音を立ててキャンディが一つ落ちたからだ。
今度は呼吸をすることを忘れはしなかったけれど、ぱくぱくと唇を開閉させる私に対ししたり顔で、京歌はとどめを刺す。
「こういうのってあれだよね、多くの人の中からたった一人が人身御供的に選び出されるっての?正に―――」
押し寄せる不吉な予感に、彼を制止するには一瞬の猶予も無い。
「ちょ、まっ」
「正に、白羽の矢が立った、って状態だよな」
ギャグだ、ただのギャグ、受け流せ私・・・そんな思いとは裏腹に背筋が凍りつき、全身の毛が逆立つような錯覚。反して京歌はすさまじいドヤ顔だ、ツッコみたい、なんでやねんって言いたい。集中線付きで「それは違うよ!」って叫びたい。
しかしながら思い当たる節が多すぎた、自意識過剰すぎる様な気もするけど。
「・・・もう一回、気絶してもいい?」
「俺じゃ運べないから、やめとけ」
青い顔でとりあえずジョークとか言ってみる。だめだ、全く回復しない。
さっき戦慄したからか寒くて体の震えが止まらない、今日は朝からずっと頭が痛いし何だか急に気分まで悪く・・・・・・ん?
「・・・あの、京歌さん」
「んー、反論?論破?」
「じゃなくてデスネ、一から説明させて頂きますと」
昨日私は学校帰りに傘を盗られてしまいまして、急いで帰ったんですけどどうしても濡れてしまったんです。
「なんと、それは大変だったな」
なので温まろうと思ったら風呂場で全裸の和と遭遇して、あろうことか気絶してしまったのです。
「ぅおっ、そんなバレかただったのか!」
どうも私はそのまま和か水月によってベッドに運ばれて、朝までグッスリだったのです。そしてそのインパクトに呆然としたまま学校に来て今に至ります。
「それは・・・つまり?」
「超っ絶、体調が悪いのにたった今気付きましたぁ!」
「アホか!?」
空しくてまたしても涙目になる、お腹が減らないんじゃなくて食欲がまるで無い。頭は元々割れるように痛いし、六月の晴れの日だというのに寒さで体が震える、そりゃ顔色も悪かろう。
「・・・先生に話し通して、水月くん呼んでくるからちょっと待ってろ」
「えうー、かたじけない」
不確かな足取りで辿り着いた保健室で、熱を測ると38度を超えていてまたみんなを驚かせる結果となった。タクシーで家まで強制送還されて、事の顛末は、何だかうやむやになって今回は幕を閉じる。
切る所が無くて長くなりました(ーー;)
一先ず、このネタを隠すために「女装」「逆ハーレム」タグを付けられなかったので、そのような内容が苦手な方には誠に申し訳ありません。
本小説はこんな感じでこれからもゆるゆる続いていくかと思われます。
お嫌いじゃなければお付き合いくださると嬉しいです。




