10 おおかみとわんこ
ゴールデンウィークの水月とのイベント、明けて平日の生徒会長とのイベント。
両方とも発生する可能性は高かったのに、残念ながら微妙なすれ違いによって起こることは無かった。
何というか、どちらも私が居たことが失敗の原因ってことになるのかな。
常葉 白羽という自らの存在が、私の本願を阻害している?
「テメェ気に入らねェな」
やはりほんの少しでも変異があると、リアルというものはゲームみたいには行かないものなんだろうか。
いや、それでも水月は要求好感度が低めだし、いざとなったら十理くんというストッパーもいるからエンディングが見れないって事はありえない、しかしながら私には運というものが無いらしい。
「何黙ってんだ、調子乗んなよ!」
毎日真面目に生きているつもりなんだけど、今日にしたってこれこのように。
「オイ!聞いてんのかコラァ!」
「・・・・・・・・。」
うーっかり最上くんが他校の不良に絡まれてるところを目撃してしまった。妹さん、事件です。
それであなたは今いずこ!?携帯で呼び出しちゃ駄目かなぁ!
相変わらず蔵王とも上手くいってないみたいだし、まったくもって頼みの綱は身内のみ。
五月下旬、裏門前からレポーターの常葉がお送りします。
基本的に我らが湊都高校は私立のそこそこ進学校である、そこそこが重要なポイントです。
なので校内には不良はほぼいないんだけど、そう遠くない場所にちょっとガラの悪い連中がいる。そいつらは市内周辺の高校生に目を光らせていて、背が高くて目立つ彼、最上 萌成くんがその標的に選ばれた、という設定。
校舎の通用口からチラチラと顔だけ出して彼らの動向を探る、いや私は怪しい者ではございません。何だか一番怪しいとか言わないで下さい。
「こいつビビってるんじゃね―の?」
「・・・・・・・・。」
会話のキャッチボールすらままならず、不良さんたちの怒りのボルテージはどんどん上昇志向。
・・・これ私が止めた方が良いんだろうか、そんなご無体な。でも辺りを見渡しても人っ子一人いません、なにせ休日を目前にした土曜日の放課後ですから。こんな所にいるのは余程の暇人か、持ち帰り忘れた宿題を取りに来たおバカさんかのどちらかだ。・・・私が後者なのは今は置いておこう。
人気のない裏門前で、5人の男子に囲まれたまま黙り込んでいる最上くん。
あ、いかん、それはマズイ。
私の心配を知る由もなく、彼はふあっと軽くあくびをする。ほらまた不良の親玉が怒って今にも掴みかかりそうな勢いですよ。これはヤバい、仕方ない。
不良たちがぐっと最上くんに近寄った一瞬を狙って聞えよがしに声を上げる。
「先生!他校の生徒が!誰か来てくださーい!」
叫んだところで誰も来ないのは分かっているけど、頼む帰って!
祈りが届いたのか少年たちは慌てて去って行き、無事胸を撫で下ろす結果となった。
「・・・常葉か」
「常葉かじゃないよ、最上くん」
多分余計な事をしたんだと思うけど、見ていて心臓に悪いじゃないか。
恐怖に腰が抜けるとかそんな乙女なスキルは持っていないけれど、安心感からか廊下にへなへなと座り込む。どっと疲れた。
彼は私の前まで来ると無言でスッと手を差し出してくれたので、好意に甘えて手に掴まり立ち上がる。
「有難迷惑かもしれないけど、さっきみたいなのは危ないよ」
ゲームでも彼は身体能力に優れていて、不良たちを一蹴するシーンが何度かあったけれど。目の前で見せられては堪ったものじゃない。
すぐ傍に設置してあるベンチに座りなおすと、最上くんはすたすたと立ち去って行く。
えっ完全スルー!?・・・かと思いきや、彼は近くの自販機でカフェオレを二つ買うと一つを私に手渡した。
「悪かったな」
ベンチ横の壁にもたれながら、紙パックにストローをさす。謝られてしまってはそれ以上何とも言えず、貰った飲み物を口にする。甘いカフェオレにホッとするような・・・いや、何だか後になって怖くなってきたけど、そのことはもう考えないようにして話を変える。
「そういえばこの間は美味しいマフィンをありがとう」
「ああ、気にするな、作るのは簡単なんだが渡す相手がいないからな」
甘ーいカフェオレを飲むモデル体型の男の子、シュールなような、何をしても様になるような、不思議な感じ。
手作りのお菓子は女の子からのプレゼントでもあまり喜ばれない、なんてよく聞くけど、確かに男友達には渡し辛いでしょうね・・・あ、そうだ!
「妹の和もすごく美味しいって言ってたんだけど、あの後校内で会ったりした?」
「・・・いや、全く」
・・・いもうとよ、あなたはだれと、どこにいる・・・。
これ訪問系のシミュレーションゲームなんですけど、校内のどこかに移動すれば必ずイベントが発生するタイプなのに、どういうことなの。
会長、蔵王、最上くんとのルートはもう絶望的かもしれない、これはおねいちゃんが一肌脱ぐべきなのかな。
突然遠くを見るような目をしたせいか、「学年が違うから難しいだろう」とフォローをされてしまった。
最上くんとは二年の時に同じクラスで、その時はまだ京歌とは別のクラスだったから彼と話をすることは多かった。
一見、一匹狼で群れることを拒んでいるように感じてしまうようだけど、彼は甘いものが好きな良い人・・・だと知っているのはゲームで見知っている私だけのようで、よく女子から伝言の橋渡しなどを頼まれたりもした。
口マメではない彼のフッとした優しい笑い方が好きだな、意外と人見知りなところがあるから滅多には見られないけれど。
今年彼とは違うクラスなのでこうして話をするのは久しぶりで、お互いに新しいクラスの状況など、色々と情報交換をしているそんな時、人気のない通用口前に思わぬ乱入者があった。
「あれー、白羽姉・・・と」
「十理くん?」
私も人の事は言えないけど、何だってお昼で授業が終わる土曜日の午後にこんなに人がいるんでしょうか。それを問いかけようとしたけれど、十理くんは私たちに気付くと同時に真っ直ぐに最上くんを見つめている。
やはり彼の威圧感に気おされているのかな、と心配する私を知らずに十理くんは大きな声で言った。
「すっげー・・・でっけー!」
・・・はい?キラッキラした瞳をして、まるで憧れの芸能人でも見ているような目つき。
彼は一気に私たちの前へと移動して、最上くんと私を見比べている。
「白羽姉この人と知り合いなの!?」
「う、うん、去年同じクラスだった最上くん」
すげぇーって何度も言って、まるで正義のヒーローに道端で出会った子供みたいな純真な瞳です。
最上くんもビックリしているよう、だけど嫌そうではない、かな?なかなか表情から感情が読み取りにくい人だけど、驚いているのは分かった。
「常葉・・・、こいつは?」
「ああ、幼馴染の保坂 十理くん、一年生だよ」
「あ、すいません初めまして!実は俺以前、最上先輩のこと見かけて、大きくて凄いなって思ってて!」
何だか今すごくレアな物を見ている気がする・・・!
十理くんは情報屋キャラだ、基本的に校内には居るものの和、水月以外とのイベントはまず存在しない。彼が和より背が低いことを悩んでいる、という話ならゲーム内にも存在するけれど、背が高い最上くんに憧れているなんて初耳だ。
「どうしたら背が高くなりますかっ!?やっぱり牛乳ですか?」
「・・・さとう?」
・・・はいっ!?さ、佐藤じゃない、砂糖!?
人が考え事してる時に何のボケですか?ツッコむ余裕が今無いよ!?
腕を組んで首を傾げる最上くんがちょっと可愛い・・・いやいや、そんなことを考えている場合でもない。
「砂糖、ですか?」
「牛乳はあまり飲まない、ココアに入れたりはちみつミルクにしたりする程度か」
ここあ・・・はちみつみるく、何か可愛い単語ばっかり出てきたなぁ。ってわたしまでのほほんムードに飲まれてどうする。
「いや、砂糖って冗談」
「俺甘いもの結構好きです!背、伸びますか?」
だめだ、十理くんが本気すぎて茶々を入れられない。和が恋愛エンドに至る、その最後の防衛網くんがその結末に向けて努力してるんだと思って、黙って見守ることにする。
そう思うと、楽しそうに話す十理くんとそれに圧倒されながらも親切に応対する最上くん。
何だかとてもいいものが見られてかなり満足な気分だ。
それから最上くんと別れて十理くんと帰り道、何気なく「甘いものを食べ過ぎないように」と注意すると「・・・それはそうだなぁ、普通縦じゃなくて横に太るよね」と我に返る、あんな甘ーい食生活であの体型を保てる最上くんが羨ましいものだ。
カウント 1
年末年始忙しくて間があきましたが、次回でやっとこのお話のタイトルを決めた時に想定していた本題まで辿り着きます。
たくさんのブックマークと評価、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。




