第8話 『壊れ行く水人形』
中庭には先客がいた。
セドリック兄である。彼は真剣な表情で折れた木剣を見ていた。
横には彼の護衛だろうか、鎧を着けた多くの騎士がいる。
地面に膝をついてブツブツ呟いている者。
熱く語り合っている者。
昏倒している者。
何だこれ。変な所に来てしまった。
「ん?おはようロイド」
セドリック兄が此方に気づく。
騎士達も続けて挨拶をする。
「おはよう。…これは何があったの?」
気にならない事も無い。
セドリック兄は苦笑しながら説明してくれた。
「隣国最強と名高い剣士が来ていてな。良い機会だからと一戦頼んだ」
恐らく先ほどの赤髪ですね、とラナさんが小声で補足する。
あの人そんなに強かったのか。
ラナさんは殺気がどうとか呟いて、一人で納得したように肯いていた。
「負けてしまったが、ためになる戦いだった。」
セドリック兄は晴れやかな顔だ。
ただ、一つ気になるのは護衛の騎士も転がっている理由。
「周りの騎士の人も、同じように?」
「そうであります!殿下のみが一戦を許されるなど羨ま、ゴホン。半端な者では殿下の時間が無駄になるだけですので、実力を測る意味で一戦ご教示いただきました」
本音漏れてますよ。
そこはかとなく、戦闘狂の香りがする。
それでいいのか護衛。
「また明日に。諸君、撤収だ」
この時期に暇であるわけが無く、セドリック兄達は慌しく城の中へと消えていった。
セドリック兄誕生日当日の夜の舞踏会。エリカさんの話では600人程の参加者がいるらしい。
舞踏会で流れる音楽は落ち着いたもので、踊りも激しくないが、何百と言う人間が一斉に踊ると迫力がある。半分は脇で眺めているだけだが。
僕は踊れないので壁際でボーっとしているだけだ。
暇なので遠めに見えるガチガチに緊張したウォーレン君の観察でもしようか。
「ロイド様、此処にいらっしゃいましたか」
突然声を掛けられる。
見れば、普段とは違った青いドレスを纏っているエリカさんが居た。
メイド服以外は初めて見るな。
普段とは違う服装だからか、雰囲気も違って見える。上手く言い表せないが、高貴な感じ、だろうか。
この舞踏会はある程度の立場がある人のみ招待されていた筈だが、もしかして。
「…貴族?」
「父が伯爵です」
なるほど。
顔見知りのメイドさんは良いとこのお嬢さんだったらしい。
…何故メイドをしているのだろうか。今度聞いてみよう。
「エリカさんも踊るの?」
「そうなりますね」
ふむ。ならお願いしてみようか。
王子様のエスコート役を。今回の舞踏会には面倒なマナーは少ない。
「あそこのガチガチに緊張した少年をどうにかできないか?」
「かしこまりました」
特に考えるそぶりも無く返されるが、ハイスペックメイドであるエリカさんならどうにかなるだろう。
知り合いを見つけて安心したようなウォーレン君が見える。
緊張も大分収まったようで、エリカさんのエスコートの下綺麗に踊っていた。
舞踏会開始から30分ほどたった頃だろうか。
ピタリと音楽が止み、人々のざわめきがよく聞こえる。
本日の主役、セドリック兄が登場したようだ。
会場の中央奥の緩やかな階段から母親をエスコートして下りて来るのが見えた。
此処からが本番で、今までは場を温めていたというところか。
セドリック兄のダンスは精錬された綺麗なもので、会場から拍手が起こった。
見学も飽きてきたのでテラスに出て夜風でも浴びようと思ったところ、見覚えのある顔を見つける。
子供用のドレスを着た2日ぶりのソニアであった。
彼女は肩の下まで伸ばした淡い赤髪をつまらなそうに弄っている。
声を掛けようか迷っていると、彼女の方も僕に気づいたようで目線が合う。
「ロイド!」
あぁ、余り大きな声で呼ばないで、目立っちゃうから。
ソニアは小走りで駆け寄ってきた。
彼女は嬉しそうに話しかけようとして、一旦止まる。
しばし悩んだように首を捻ると、手を差し出してきた。
「わ、私と一曲踊って頂けませんか!」
「踊れないんだ。ごめんね」
しょんぼりと、眼に見えて分かるぐらいに彼女は肩を落とした。
踊れないものは仕方ない。
「実は私も踊れないんだけどね!」
かと思えば直ぐに元気を取り戻す。
何故誘ったのかを聞くと、気分。と、曖昧な返事が返ってきた。
大人の真似をしたいだけのようである。
踊れない者同士、丁度ソニアも見学だけに飽きていた様なので一緒にテラスに出た。
「ふぅ…」
休憩用に用意された椅子に腰掛けて息を吐く。
「暇だねー…」
小さな丸テーブルを挟んで向かい側に座ったソニアも上体をテーブルに倒して脱力した。
ふむ。
辺りを見回すと、大体が会場に入っていて、テラスでのんびりしている人はちらほらとしか居ない。
丁度いいか。
懐からいつも持っている杖を取り出す。
ソニアが何をするのかとこっちを見たところで、まず小さな水滴を作った。
水の玉が拳ほどの大きさになったところで追加に魔力を流す。
見せてあげよう、四年間の集大成を。
水に込める魔力を慎重に操って水の形を変えて行く。
イメージは、馬と騎士。
この前の絵本で出てきた白騎士がモチーフだ。
テラスは仄暗いので、小さな光の粒を何色か作って明かり代わりに使う。
数分もしないうちに、幻想的に照らされた水の騎士が完成した。
「わぁ…綺麗」
澄んだ赤い瞳が、ジッと水人形を見つめる。
「触っても良い?」
肯くと、ソニアは恐々とした手付きで水人形に触れた。
集中して魔力を流している間はその程度で人形が壊れることは無く、表面に波紋を浮かべる。
「…えい」
暫く慎重に突いていたソニアは、何を思ったかドスッっと、勢い良く水人形を突いた。
流石に形状を保てなくなった水人形が崩れる。
「わぁああ…もう一回!」
気に入ったらしい。輝く眼でアンコールをかけられた。
魔力消費自体は大したことないので、もう一度人形を作る。
ソニアは暫く干渉すると、再び勢い良く突く。壊れる。
何が彼女の琴線に触れたのか、その後僕は只管に人形を作っては壊されることになった。
いや、大して大変でも無いのでそれで楽しんでくれるなら構わないが。
結構濡れてしまった服を乾かして会場に戻ると、舞踏会も終盤を迎えていた。
会場の中心ではセドリック兄を中心にした少数でのダンスが行われている。
選別されたメンバーだろうか?どの組も素人目でも分かるほどに綺麗なダンスだ。
ソニア少女は見惚れたようにダンスに釘付けになっていた。
「今度は踊れるようになるから、一緒に踊ろうね!」
曲が終わり、拍手で包まれる舞踏会場でソニアが僕の両手を取ってぶんぶんと振りながら言う。
次回がいつかは分からないが、なるべく早くダンスを覚えなくては。
こうしてセドリック兄の一連の成人式は恙無く終わりを向かえ、ソニアはクレイトン男爵に連れられ実家へと帰って行った。