第3話 『魔道師の進め』
一歳になったからだろうか?
会食を終えた後いつもと違う部屋に案内された。
元の部屋は20畳程度、今度の部屋はその倍近い大きさ。庶民の感覚的にはでかい。
家具は置かれていなかった。
何時の間に運び込んだのか、整理された贈り物の一部が用意されている。
「魔道師の進めは此方に」
やることと言ったらあれしかないと魔道師の進め・入門編を探そうとしたら物が素早く差し出される。
お主分かっておるな。
願い、祈り、信じなさい。
魔法は思いを叶えてくれる。
魔道師の進めはこの一文から始まった。
前世だと胡散臭い本だと一蹴するがココは異世界。魔法は存在する。
思いを叶える。素晴らしいことだ。前世に魔法が存在したなら回復魔法を極めようとしただろうが、今生の体は健康。回復魔法も覚えてみたいが、それ一つだけに絞る必要は無い。
続く魔法の歴史や、心得を読み進めていく。
心得については人を傷つける為に使ってはならない等、道徳的な説法が多かった。
「あ!私は準二級です!国内にたった三百人!その中の一人ですよ!凄いんですよ!」
元気、一杯。
魔法の等級と書かれたページまで進んだ時、隣で読みながら偶に補足を口頭で付け加えていたラナさんが吼える。
凄いと言われても、三百人。それが多いのか少ないのか。
魔法の等級は難易度の高い順に、一級から始まり七級まで続く。一、二級には準級が付属し、合計九つに分けられるようだ。魔道師の位は使用できる最高難易度の魔法等級によって決まる。
ラナさんは上から四番目。…判断に困る位置だ。
「そうね、凄いわね。ロイド様、時間も遅いですから」
得意げなラナさんを切って捨てると、エリカさんは僕を抱き上げベッドに連れて行く。
一歳児はさっさと寝ろ。そう言うことですね。
「フレッド様には改めて御礼に伺いましょうか」
翌朝、魔道師の進めを読んでいた僕にエリカさんが尋ねた。
どうやらこの本、フレッド君がプレゼントしてくれたらしい。
フレッド君の好感度が70上がった。いや、これからはフレッドさんと呼ぼう。
もう彼に足を向けて眠れない。
提案には頷いてフレッドさんの元へ向かう。
エリカさんに抱かれながらラナさんの同伴を受けて。
一年間の軟禁的状況は何だったのか、昨日から外出の嵐である。
これまではあくまで外出と言っても室内のみ。
今日は今生で初めて外を見ることになる。背丈的に窓から見えるのは空だけだ。
移動中に渡り廊下から見ただけだが、眼下に城壁、その向こうに石造りの街並みが見えた。
今まで読んでいた本や会話、王様の存在から予想した中世ヨーロッパ的世界がそのまま広がっていた。
現在住んでいるのは城だと確認も。
全貌は見えないが、街並みが一望できる高さと言うだけでも相当な大きさだ。
フレッドさんの部屋について執事らしき人にラナさんが事情を告げると、程なくして扉は開いた。
僕の部屋を更に倍の広さにしたような、大きな部屋だ。
フレッドさんは、ドミノ倒しを作っていた。
綺麗な長方形の積み木を並べて倒す、あれである。
ただ並べているわけではない。
一個一個を魔法で作っているのか何も無い空間からドミノ牌が次々作られている。
部屋の七割は既にドミノで埋まっていた。
一応ラナさんに続く二人目の魔法使いである。
凄い。確かに凄いが、あくまでドミノを並べる労力に対して。
魔法を駆使しながら前世でも普及しているドミノ倒しを作る…そこに魔法は必要だろうか。
眺めていても始まらない。
フレッドさんの傍による。分かりやすくラナさんが魔道師の進めを持って横に立ってくれた。
入る時に用件は伝えてあり、フレッドさんも手を止めて此方を向く。
「ホン、アリガト」
お礼を受けてフレッドさんは少々考え込むと、
「ん」
一音発して腰に差していた杖を渡してきた。
あげる、と言うことだろうか。
今の手では小さすぎて上手くもてないので代わりにラナさんが受け取る。
それが終わると用事は済んだとばかりにドミノ作りを再開した。
雰囲気的には無関心を装っているが、耳が真っ赤である。照れているのかも知れない。
魔法関連はフレッドさん。心の中でそう刻んだ。
魔道師の進め曰く、魔法を使うためにはまず知識をつける必要がある。
何も知らない状況では魔法を使えない。
知識が整えば実践。
経験を詰めば道具無しでも魔法を使えるものも多くいるが、初心者は補助道具を使って魔法の発動を補佐する方がいいらしい。
まだまだ知識が整っていないので実践に入るつもりは無いが、興味深げに杖を振っていたからか、
「魔法を使うなら私の見ているところでお願いします」
とラナさんに注意を受けた。
暴走しても見ている間なら大丈夫だから、とのこと。
暴走とかあるのか…気をつけよう。
その後は魔道師の進めに記されている基礎魔法を一通り実演して見せてくれた。
小さな炎、拳大の淡い明かり、水玉等々。
どれも派手さの無いささやかなものだったが、心躍らすには十分。
体の育ちきってない今は念願の運動も出来ないので、当面は魔法一筋で過ごすことになりそうだ。
魔道師の進めはほぼ読了。誕生日から一ヶ月が経過していた。
最近思うのはメイドさん達の対応が一歳児に向けるそれではない気がすること。
魔道師の進めを読んだ辺りから対応は顕著に変わっていった気がする。
一歳児に普通本は読めない。当たり前だ。
魔道師の進めのように漢字だらけの本となると五歳児でも普通は読めない。
今までは隠しきれなくても、余りおかしな行動はしないように心がけていたつもりだが、魔法と言う未知の世界に素が出てしまった。
ただ、対応が変わったと言っても4、5歳児に向けた対応に移行と言えば近い。
今までの一方的なお世話から此方の反応にも重きを置いた対話型のお世話に変わっていった。
一歳児らしからぬ行動に不気味がることは無く、今まで通り明るく接してくれている。
メイドさんの方からどうこうすることが無いなら、流石に進んでぼろを出す気は無いが、必要以上に神経質になることも無いと開き直る形で魔道師の進めを読んでいる。
今日も気になる部分をラナさんに実演してもらいながら魔法の勉強。
最後に初の実践を織り交ぜてみようと思う。
「ラナー、ツエ」
ラナさんは何をやるのか察してくれたのか、杖を手渡しながら真剣な表情で此方を注視して来た。
教本に書かれている基礎魔法は初歩の初歩はそれこそ魔法の名前を言うだけで発動できる。
ラナさんが控えているので滅多なことは起きないと思うが一応安全も考えて発光の魔法を選択する。
発動しなかったらどうしようか。
魔力が先天的に無い人や、魔法を使うのが壊滅的に不得意な人間は少なからず居るらしい。
折角の異世界。
健康的な体があるだけでも十分だが、魔法も使ってみたい。
信じろ、思いは叶う。
杖を持つ手が汗で滲んだ。
「ライト」
いつもの舌足らずな発音ではなくハッキリとした言葉で。
瞬間的な効果は無かったが、体から何かが抜け落ちる感覚と共に杖の先に徐々に小さな光が灯った。
小指の先ほどの小さな明かり。
数秒間だけ光を発すると魔法はあっさり消えてしまったが、確かに魔法は発動した。
ラナさんによる高速回転の刑に処されながら僕は静かな喜びに震える。
異世界魔法使いデビューである。