第2話 『一家団欒?』
誕生から12ヶ月。
問題も無く生後一年を迎えることに小さな達成感をかみしめていた。この体は実に健康である。
前世であれば一歳の誕生日だが、此方でもそれは変わらないらしい。
朝から部屋の角にプレゼントらしき箱や木箱、おもちゃなどが詰んである。
今日はメイドさんの二人が部屋から出たり入ったりと忙しそうだ。
興味の引かれるものがあるかとプレゼントの山へ突撃した時だった。
「失礼する」
ノックも無しに行き成り扉が開く。
入ってきたのは金髪碧眼の少年。まったく知らない顔である。
背丈はそこそこに年の割りにがっしりした体つき。腰にぶら下がっている剣が怖い。
「……」
少年は遠慮も無しに絨毯を踏みしめながら此方によって来ると、目の前に座り込んで無言で見つめてくる。
何だこの状況。
理解が追い付かないので此方からも無言で見つめ返しておく。
「ふむ」
十秒ほど経過した頃。
何を思ったのか、少年は突然ぎこちない笑みを浮かべる。
混乱は深まるばかりであった。
しばらく硬直の時間が過ぎる。無表情の赤ちゃんとニヤついた少年…シュール。
「あのぅ…セドリック殿下、用があって来たのでは?」
何時までも続くと思われた膠着はおずおずと手を上げたラナさんによって遮られた。今はエリカさんは部屋の中にいない。
そうだなと、一言呟いてセドリック少年は腰を上げる。
「『夕食は共に』父上の伝言だ」
セドリック少年はあれだ、兄だろうな。
ラナさんが殿下と呼んでいたし。
そうすると父上は僕の父親と同人物と言うことになる。
父親と夕食を共にしたことは今まで一度も無い。
大体は昼間に現れて一目見ると帰っていくのだ。忙しいのか、そこまで興味が無いのか。
喜ばしきは、ついに!ついぃに!部屋から出れるであろうこと。
実は今まで一度も部屋から出たことが無い。それ、何て、軟禁?
生後一年。やっと引きこもりから脱出である。
思わず漏れた笑い声とニヤニヤした顔にセドリック兄が反応する。
「何だ、ちゃんと笑えるじゃないか。父上との会食を喜ぶようなら父上の前で笑ってやれ。息子が笑ってくれないと嘆いていたからな」
父親…かぁ…いつも短時間で帰るから笑う暇も笑う理由も無いんだよな…立ってるだけだし。
言葉にしないと伝わらないことはある。
笑って欲しいのならば、いくらでも笑おう。笑顔はプライスレス。
蛇足的予想だが、父上が『息子』と言っているあたりセドリック兄も入ってそうだ。
現在進行形で感情の伺えない無表情と先ほどのぎこちない笑顔を見れば普段から余り笑っていないと考えられるので結構な確率であっていると思う。
「では、失礼した」
入ってきた時と同じように遠慮無しに扉を開けてセドリック少年は帰っていく。
扉越しにお盆に紅茶か何かを乗せて此方に入ろうとしていたエリカさんが見えた。
「む。エリカ、言われたとおりにやってみたがロイドは笑わなかったぞ」
セドリック兄はエリカさんを見るなり不満げに声をかける。
「ちゃんと笑いましたか?笑顔と判別するのも難しいようないびつな何かではなく」
いつものように落ち着いた態度の返しにうぐッと小さく発してセドリック兄は肩を落とした。
雰囲気から両者が知り合いであることが分かる。
それにしても、あれ、笑って欲しかったのか。
言葉にしないと伝わないことってあるよね。まさに親子である。
セドリック兄はエリカさんの用意していた紅茶を一息に飲むと、この場を後にした。
「エリカ、今夜ロイド様は陛下と会食されるって」
「そう。殿下が言うなら問題も無いでしょう。今は贈り物の選別が先ね」
ラナさんの報告を聞いて二人はまた部屋の外と中を行ったり来たりするルーチンワークに戻っていった。
夕食が楽しみである。
それでは、先延ばしにされたプレゼントの発掘に行くか。
出会いは唐突であった。
木製の積み木とか、よく分からない絵本とか、音のなるおもちゃとか、正しい一歳児や幼年に送るものばかりで構成されているプレゼントの山に現実の非常をかみ締めていた時。
「あー、エリカ、これはどうしよう」
プレゼントを物色する赤ん坊を気遣ってか部屋の中で様子を見ていたエリカさんへ、ラナさんが一冊の本を持ってきた。
タイトルはそう。
『魔道師の進め・入門編』
求めてやまない魔法、その第一歩である。
健康的な体を鍛えながら魔法を学ぶ。充実したファンタジー人生が僕を待っている。
「流石に文字は読めないわよ。収めてきて」
…え?
あぁ、まぁ、普通は読めないと思う。だが、某は27、今生を含めれば28歳児。本を読むことなど造作も無――
「はーい」
ラナさんが景気良く返事をする。
くッ!ふざけている場合ではなかった。
全力で本へと手を伸ばす。
届け、僕の思い!
「ラナー、ホンー」
「ロイド様?これがいいんですか?」
彼女は此方に歩いてくると、見やすいように目の前に本を差し出してくれる。
信じていたぞラナさん。
恐らく満面の笑みを浮かべながら本を開く。
初心者のための魔道教本。
魔術の心得から基礎までを網羅。
最初のページから期待できる文が広がっている。素晴らしい。
「気に入ったみたいね」
「読めてるのかな?」
メイドさん二人の会話は完全に意識の外において僕は夕食の時間まで魔道書を読みふける事となった。
日の沈みかけた夕方。
迎えに来た母親に抱かれて部屋を後にする。
赤い絨毯の挽かれた廊下を母親といつものメイドさん二人、加えて少し服装の違う知らないメイド数名と共に進む。
出会う人出会う人立ち止まって頭を下げているのを見ると本当に王子様なんだろうなぁと思う。
今まで出てこなかったからだろうが、中には此方に観察するような視線を向けて来る人も多々居た。
その手の人は大抵が装飾に凝った服を纏っていたので貴族と言う奴ではないだろうか。
王政があるのなら貴族もいるだろうと予想をつける。確証は無い。
随分と長いこと廊下を歩くと、全身鎧で固めた騎士が両脇に立つ扉についた。
間違いなくここだな。行き止まりだし。
騎士は母親に一礼するとゆっくりと扉を開けていく。
煌びやかな装飾で飾られた部屋の中には此方を待っているであろう4人。壁際には他にも数名のメイドが控えていた。
扉に垂直になるように置かれた縦長のテーブルの短い面、最も扉から遠い位置に父親。
父親から見て右手側に今朝会ったセドリック兄。
更に右隣にセドリック兄を幼くしたような少年が座っている。
父親から見て左手側は一つ席を開けて幼体化セドリックより更に小さな少年というか赤子というか判断に悩む子供がちょこんと座っていた。子供は此方を見ると満面の笑みを浮かべる。正確には僕を抱いた母親を見て、か。
母親が部屋に入り、メイドさん達はそれを見送るように部屋の外で頭を下げていた。
中には入らないらしい。
母親が空いた席に腰を下ろした後。
「良く来たな、ロイド。お前も一歳か。健やかに育っているようで何より」
最初に口を開いたのは父親。
丁度いい機会だ。セドリック兄の助言を実行しよう。
「あり、がとう」
少し拙い感じで感謝を伝えつつ笑う。
「おぉ…」
ニヤニヤと、壮年のおっさんの気持ち悪い笑みが帰ってきた。
思わず無表情に戻ってしまった…
「誕生日おめでとう、ロイド」
続いて賛辞をくれたのがセドリック兄。
それを皮切りにメイドさんが料理を運んでくる。
「分かっていると思うが俺がセドリック。長男だ。隣はフレッド、次男」
右側に目配せしながらセドリック兄が続けた。
幼体化セドリック改めフレッド君。此方を一瞥もせず無言で食事を食べている。
「ロイドの左隣はウォーレン。三男で再来月には三歳になる」
その後の食事も無表情の割りに良く喋るセドリック兄が会話の大半を占め、フレッド君は常に此方を無視。ウォーレン少年は小さな体で一生懸命ご飯を食べていた。此方も会話には加わっていないが、フレッド君と違って他に気を裂く余裕がないだけである。微笑ましい。
僕も母親の膝に乗せられながらご飯を食べていた。一歳児、当然会話には参加してない。
後は父親と母親だが、少し喋っただけで基本的には静か。
今生最初の一家団欒は物静かに終わった。