第10話 『師匠VS師匠』
フリーデさんが白騎士だったらしい。
直球で聞いてみたら普通に「そうだよ」と返された。
実際には物語りのように華やかではなく、美化されすぎた話が何とも恥ずかしい、とのこと。
そもそも騎士っぽい装備をしていただけで、職業は傭兵だったらしい。姫様救出はあくまで仕事。
「わあぁ…そ、そこからどうなったの?!」
「ギリギリのところで援軍が来てね、何とか生き残れたよ。後は――」
今は白騎士を前に興奮したソニアに武勇伝を聞かせている。
明らかに誇張が入っているような内容なんだが。
単騎で千人の軍を蹴散らしたとか、一人で城を落としたとか。
…流石に実話じゃないよね?
エリカさんが朝食の準備を終えるまで二人の白熱したトークは続いていた。
ソニアの説明はたどたどしいもので正確に把握しづらいものだったが、エリカさんの補足を加えて、何とか現状を把握することが出来た。
どうやらクレイトン男爵は領地での善政が評価され、政治の中心である王都への栄転となったらしい。
現在は官僚的立ち位置で働いている。
何故エリカさんが知っているのか。彼女の情報網は謎だ…
「クレイトン様が扉の前で右往左往していますがどうしますか?」
噂をすれば何とやら、ラナさんが報告をしてくる。
ラナさんは部屋から出ては居ないはずだが、魔法的何かだろう。たぶん。
「入れてあげて」
「承知しました」
ラナさんの開けた扉の隙間から廊下でグルグル回っている男爵が見えた。
どう入ったものかと悩んでいるのだろうか?扉が開いたことにも気づかず回り続けている。
男爵は混乱すると周りが見えなくなるタイプだ。間違いない。
ゴッっと、鈍い音を奏でたラナさんのチョップで正気に戻った男爵は恐々と部屋に入って来た。
「ご無沙汰しております、ロイド様。娘が此方に…あぁ、また…」
男爵は挨拶の途中でソニアに気づいたようで、困ったように頭に手を当てる。
件の少女は再び武勇伝の観客となっていた。
男爵が何かを言う前に、特に迷惑で無いことと、今後も自由に来ても良い旨を伝える。
彼はほっと一息ついた。
「ロイド様が良いのなら、私としましても在り難い限りです。此方に越してきたばかりで友達も居らず、娘は寂しがっているようですので」
ソニア訪問はこれで父親公認である。
フリーデさんと戯れるソニアを男爵は温かい目で見ていた。
「あ!お父さん!」
武勇伝が一応の区切りを迎えた所で、ソニアが男爵に気づいた。
そのまま嬉しそうにフリーデさんの手を握って男爵の下へ。
「私、これからこの人に剣を習うの!」
そう言えば、そういうことになったなぁ。
男爵はソニアの発言を聞いてぎこちない動きで此方を見てきた。
何となく頷いておく。
「えぇっと、何と言いますか、娘がこんなことを言っていますが、貴方はいいんですか?」
縋るように男爵はフリーデさんに問うたが、
「構わんさ。既に許可した」
きっぱりと両断された。
男爵が膝から崩れ落ちる。
「ソ、ソニア、お前は女の子だ、騎士には」
「女の人でも騎士はいるよ。フリーデさんも騎士だもん」
男爵はソニアに剣を習って欲しくないようで、説得を試みるようだ。
まあ、父親としては娘に騎士になって欲しいとは思わんだろうな。
「彼女は傭兵です。指摘しますか?」
エリカさんが耳元で小さく尋ねる。
まぁ、いいじゃない。態々指摘しなくても。
のんびり眺めている間に親子はヒートアップしていくが、旗色はソニアにあった。
「お父さん言ったでしょ、剣を教えてくれる人が居ないから騎士にはなれないって。教えてくれる人、ちゃんと見つけたよ?」
この言葉が止めとなったようで、男爵は諦めた顔で、
「娘を頼みます」
と、フリーデさんに頭を下げていた。
男爵は仕事があるようで、最後に此方にも頭を下げて、戻って行った。
翌日から、剣の修行が始まる。
最初は軽い木剣を使った素振りと、体力作り。
素振りについては、無駄なく綺麗に振れるよう、細かい修正をかけられる。
まだ5歳の僕とソニアでは、どちらも長時間は出来ない。成長の妨げになるからだ。
ついつい夢中になってしまう僕は、フリーデさんに度々止められた。
決まった日と時間に、歴史や算術などの先生による授業。
残りの時間を剣術と魔法の授業としてフリーデさんとラナさんが話し合って割り振る。
剣術の授業には何時の間にやらウォーレン君が加わり、逆に魔法にはソニアが、と決まった三人組が出来上がっていた。
僕は五級、ウォーレン君は六級、ソニアはまだ魔法が使えない。
「氷剣」
ゆっくりと、氷で出来た剣が出来上がる。
本を探していたら見つけた、心引かれる五級魔法である。
つかむと凍傷になるので、諸刃の剣だが。
こんな夏場に素敵なだけの魔法でも、ラナさんが使うと凶器になる。
彼女は今、三級の操作魔法を駆使して、数十本の氷剣を自由自在に操っていた。
毎度お馴染みの中庭を縦横無尽に飛び回る氷剣に応戦するのはフリーデさん。
彼女はたった一本の剣で、襲い掛かる氷剣をある時は砕き、ある時は流し、その全てを防ぎきっていた。
彼女らが争っているのは、二人の授業を受けることになったソニアの、どっちが強いのか発言。
授業を受ける中で、両者が非常に優れた剣士魔道師であることは分かったが、だからこそ、純粋にどちらが戦えば強いのか気になったらしい。
フリーデさんとラナさんは仲が悪い。
ことあるごとにフリーデさんはラナさんを挑発するし、ラナさんはフリーデさんと会うたびに苦虫を噛み潰したような顔をする。
軽い罵りあいなら頻繁に見るほど。
喧嘩するほど仲が良いともいえるが。
今回も、両者が自分の方が強いと言って譲らないので、模擬戦をすることになった。
模擬戦は5分を経過し、一見すると、ラナさんの優勢。
魔道師である彼女は、氷剣の弾幕で相手の接近を許さない。
近接特化のフリーデさんの防御力は高く、氷剣では突破できないが、防戦一方。
攻撃に出ることが出来なければ、ラナさんが魔力切れを起こさない限り勝ち目は無い。
「氷剣」
僕が作るとゆっくりだが、ラナさんは発動した直後に剣が出来る。速い。
新たに作った氷剣も含めた三本の氷剣で、前後上からフリーデさんを狙う。
「そんなんで、あたしが、やれるかよ!」
フリーデさんは襲い掛かる上部の氷剣を素早く砕くと、体を倒すようにして前後の氷剣を回避した。
その勢いのまま、強く一歩。
前からフリーデさんを襲おうとした氷剣の軌道で、出来た空間。それをなぞる様に。
石造りの地面に靴跡が残る程の一歩は、瞬く間に二人の距離をつめる。
ラナさんもただ見ているわけではなく、刹那の時間に障害物として氷剣を入れるが、フリーデさんの一刀の下に切り捨てられた。
後一歩、もはや氷剣を戻す時間も、新たに作る時間も無い。
フリーデさんはそう思っただろう。
ラナさんが僅かに顔を傾ける。
彼女が自らの体を使ってフリーデさんから作った死角には、一本の氷剣。
三本の氷剣によった攻撃の際に、無詠唱でラナさんが作ったものだ。
それまで全ての氷剣を詠唱を持って作っていたことで、フリーデさんはその一本に気づくことが出来なかった。
開けられた空間をまっすぐと走ったフリーデさんの顔は、氷剣の狙う軌道の中心。
「グッ!」
僕らだったら確実に頭を貫かれるタイミングだが、フリーデさんは驚異の反射速度で無理矢理に上体を捻り、紙一重で回避した。
だが、上体がそれたことで、フリーデさんの剣もラナさんから僅かにそれた。
自分の真横を滑る剣を横目に、ラナさんが懐から流れるように取り出した短刀を、がら空きになったフリーデさんの首元に突きつけ、両者の動きが止まる。
「え、えっと、ラナさんの勝ち」
控えめに言ったのはソニア。彼女は途中から圧倒されっぱなしだった。
この場に居るウォーレン君と僕も、当然そうだと思ったところで、
「いえ、私の負けです」
ラナさんが負けを認めた。
何故かと、三人で固まったままのラナさんとフリーデさんの元に行くと、なるほど。
真横からでは見えづらいが、短刀の軌道からフリーデさんは僅かに首を傾けており、このまま突いても紙一重であたらない。
一方、フリーデさんの持つ剣は確かにラナさんからずれて振りぬかれているが、剣を掴んでいないほうの片手は振り上げられる直前の形で止まっており、竜燐で覆われた手には鋭い氷剣の破片が握られていた
まっすぐ振り上げるだけで、短刀を突き出したラナさんの首筋を切り抜ける位置に。
「あたしの勝ちだな」
フリーデさんが笑い、ラナさんが苦虫を噛み潰したような顔をした。