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忘却のアルテミス  作者: 二四野 鏡
落ちこぼれの編入生
8/38

期待

「却下です」

 即答だった。それはもう清々しいほどにきっぱりと断られた。

「えっと、何で?」

 今日も退屈な授業を聞き流したレアルは何事もなく昼食を食べ終えた後、授業中また眠っていたレアルに対して少々ご立腹なミレイナいる職員室に訪れていた。

 レアルはミレイナに断られた理由を聞く。

 何を断られたのかと言うと今度この学院で開催される魔導大会の参加申し込み書だ。

 レアルは学院長の依頼を受けた条件として魔導大会に参加しなければならない。けれど、それに出場するためには事前に手続きをしなければならなかった。

 とわ言っても、出場するためには高等部の二年生以上の生徒ということ以外は特に条件はないので必要な書類を提出するでけでよかった。

 そのことを昨日、寮に帰った時セルフィから締め切りまでもう時間がないことを同時に聞かされたレアルは急いで書類を出しに来たというわけだ。

「それはあなたの成績の問題です」

「え、でも授業中に聞かれた質問は全部正解してたぞ」

「・・・座学ではありません。魔法の成績です」

「魔法?」

 レアルは魔法の授業なんてしたかなぁと記憶を探ってみる。けれど、この学院に入って魔法を使った授業をしたことはなかった。

 今の授業内容は大体が一年の頃に習った座学の復習で、魔法を使った実技の授業は来月辺りから開始すると学院長が言っていた。

 少し考え込むレアルを見てミレイナは質問の意図を理解していないと思ったのか補足を加えてきた。

「あなたの魔法の成績はDランク。今いる二年の中では最底辺です」

 ミレイナは呆れたように言った。

 ランクというのは、簡単に言えばどの程度の魔法が使えるかという基準のようなものだ。その基準は上からS、A、B、C、D、Eの六段階で表される。

 このランクを上げるには定期的にある昇格試験というものを受けて、合格ラインに到達できればランクが上がる。

 まず、Eランクは最初に誰もが付けられるランクだ。いわば、初心者という意味だ。

 Dランクは問題なく魔法が扱えるレベルだ。魔法を習い始めて半年も経てば大体はこのランクに到達する。

 Cランクは半人前の魔導師に与えられる。ここからは魔法が扱えるだけではなく、魔法を発動する速度や規模など判定に含まれる。

 Bランクでやっと一人前の魔導師だ。Bランクになるためには『複合魔法』を使える必要がある。この学院の半分くらいはこれに該当するだろう。

 Aランクは一流の魔導師といったところだ。『複合魔法』を使えるのはもちろん、『上位魔法』を使えるのは最低条件となっている。それと宮廷魔導師や魔導騎士といったものは大体がAランクである。

 Sランクはなろうと思ってなれるようなものではない。強力な魔法を使える上でそれを生かせる実力が必要となる。

 簡単に言うと功績を上げて自分の実力を国に示さなければならない。

 基準というものがないので認定されるものはほとんどおらず、この国でも指で数えるほどしかいないらしい。

「知ってるけど、別に出場しちゃいけないことはないんだろ?」

 そんなことは分かっているという風にしれっと答えたレアルに対してミレイナはまた呆れた顔をする。

「いいですか、レアル・フリーシア。この学院の高等部の生徒は半数がBランク以上です。そして、あなたはDランクで、もしかしたら中等部の生徒よりも劣るかもしれないのですよ?あなたがどういう目的でこの学院に編入してきたのかは知りませんが、今の成績で他の生徒の相手をできると思っているならそれは間違いです!そろそろちゃんと考えて行動しないと痛い目を見るのはあなたですよ。それといつも目上の人物に対しては敬語を使いなさいと言っているはずです。分かりましたか?」

「そう言えば、先生ずっと俺の事フルネームで呼んでるけど、面倒じゃないの?」

「ちゃんと話を聞いていたのですか!!」

 ミレイナは机に手を叩きつけてレアルを睨みつける。

「いやいや、聞いてたよ。普通に聞いてた。つまり先生は低ランクの俺が出場してもどうせ勝てないから大人しくしてろって言いたいんだろ?」

「ええ、そうです」

 レアルに対して遠慮することはやめたのかミレイナはすぐに肯定した。

「じゃあ、どうしたら出場を認めてくれるんだ?」

「駄目です。わざわざ怪我人を増やす必要はありません。それより、あなたは今の自分の状況を何とかしたらどうですか?」

「え、ああ、噂のこと?」

 ミレイナに言われてレアルはすぐに思い当った。学院中に広まっているのだ。教師が知っていてもおかしくはない。

「もしかして、先生も信じたりしてんの?」

「いえ、単なる噂です。信じるに値しません」

「じゃあ、もう一個の方は?」

「もう一つとは?」

 レアルに聞かれてミレイナは心当たりがないのか、忘れているのか聞き返してきた。

「ほら、俺と学院長との関係についてとか」

 それを聞いてレアルが言ったことに対して驚いたのかハッとした表情でレアルを見つめた。どうやらこちらの噂は信じていたようだ。

「知っていたのですか?」

「何か色々騒がれてるからさぁ。そういうの耳に入ってくるんだよね。あ、でも隠し子とか信憑性なさすぎると思わない?」

 この噂については昨日セルフィから申し込み書のことを聞かされるついでに得たものだ。こっちの噂についてはセルフィから出来るだけ否定するように頼まれた。

「先生が俺を出場させたくないのは俺が素性の分からないやつだからっていうのも入ってるの?」

「・・・・確かにあなたに対しては少し不信感を抱いていました。けれど、噂を鵜呑みにしていたわけではありません」

 ミレイナは観念したのかレアルの言葉を肯定した。表情から見るに自分の生徒を疑うことに対して罪悪感を覚えていたようだ。

「ですが、あなたがDランクという成績で学院長に推薦されたということは疑問に思っています」

「学院長は俺の事を信用しているわけじゃないよ」

「それはどういうことですか?」

「俺を元々推薦したのはこの学院の卒業生で学院長の元教え子なわけ。その人学院では結構強かったらしいから俺の推薦認めてくれたんだと思うよ」

 事情を知らないミレイナに依頼でそういう風な設定になっていますとは言えないため、適当に答えた。多少本当の事も言っているのでそれなりに信じてもらえるだろう。

「そうだったのですか・・・」

 案の定ミレイナはレアルの話を信じてくれた。

 それにしてもこの学院の関係者は噂好きが多すぎる。些細なことで騒がれるので当事者にとっては迷惑なことこの上ない。

 そもそもな原因はあのタリアに嵌められたことなのだ。レアルはそのことを思い出して腹を立てるが、本人がいないところで何を思っても意味はないので深いため息をついて気持ちを静めた。

 それよりも今はやることがあると話を戻した。

「というわけで、先生の疑問も解消されたことだし、出場許可してくれ」

「駄目です」

「えぇ~何で?」

 今度もまた即答で答えられてしまった。

 申し込みを断られた理由が分からないレアルは大いに不満を漏らした。

「あなたと学院長との関係は分かりました。けれど、解消された疑問はそれだけであって、あなたがBランクの生徒を相手にできるということの証明にはなりません。よって却下です」

 相変わらずきっぱりと断ってくるミレイナ。

 けれど、レアルもここで引き下がるわけにはいかないのだ。

 この魔導大会に出ないとレアルは最悪、解雇されるかもしれないのだ。まだ、報酬も手に入ってない状況で学院から去るわけにはいかない。

「そもそも授業をまともに受けていないあなたが、どうしてそこまで魔導大会に出たいのかが分かりませんね」

「そ、それは・・・ほら、最近はちょっとやる気出そうかなぁって思ったり・・・」

「今日の授業もいつも通り居眠りしてましたよね?」

 痛いところを疲れてレアルは反論の使用がなくなる。レアルは日頃の行動を恨めしく思う。

「どうかしましたか、エディプス先生?」

 すると、いつの間にか現れていた別の教師がミレイナに話しかけた。

 レアルより少し背が高く、軍属経験があるのか姿勢が良い。顔は堀が深く三十は超えていると思う。怒っているわけではないようだがどこか不機嫌そうな印象を受ける。この渋い顔で睨まれたらここの生徒は悲鳴を上げそうだ。

「先ほどから少し騒がしかったので何かあったのかと思いまして」

 不機嫌面の教師は紳士な対応でミレイナに説明を要求してきた。

「あ、いえ、騒いでいたわけではないのですが、うるさかったですか?」

 ミレイナは少々気まずそうに聞き返す。その表情には少しだけ怯えが入っているように見える。

 何かと勘違いされそうなこの顔で聞かれたら誰でもそうなるだろう。

「私が気になっただけですから、それほどうるさかったわけではありません」

「そ、そうですか・・・」

 意外な返答にミレイナは胸を撫で下ろした。

 顔はともかくこの教師の内面はかなり紳士のようだ。

 そして、ミレイナはやってきた教師に先ほどの会話のことを話した。そして、レアルが引き下がるように説得してもらおうとしたのだが、その教師が言った言葉はまたしても意外なものだった。

「別に構わないのでは?」

「え、ですが、彼はDランクですよ!?」

 予想外の返答にミレイナは狼狽えた。

 レアルもこれに対しては驚いた。そして、この教師の発言はレアルにとっては嬉しい誤算となっていた。

「大会の規定にランクの事は記載されていないのですから、問題はないでしょう」

「彼がまともに戦えるとは思えません」

「出場したいと言っている以上、何か勝つための作戦があるはずです。わざわざ、負けに行くために出場という無意味なことは彼もしないでしょう」

 そう言われてミレイナは押し黙る。それでもまだ納得できないといった顔だ。

 ミレイナがここまでレアルの大会出場を許可しないのは、レアルの事が心配だったからである。不真面目であろうとも自分の生徒だ。ミレイナはレアルの実力を知らないため、どうしても悪い方向にしか結果を考えられなかった。

 もっとも、レアルからしてみればそんなことは余計なお世話としか言いようがないことだった。

「エディプス先生。これはいい機会だとは思いませんか?」

「いい機会、ですか・・・?」

「高等部の生徒にもCランク、Dランクの生徒がいないわけではありません。そういった生徒は周りから見下されたり、中々実力がつかないことに不満を覚え、努力することを止める生徒が多い。けれど、彼が出場することによってその生徒たちにいい刺激を与えることができるとは思いませんか?自分たちと同じ境遇のものが魔導大会に出場するとなれば生徒たちの心境にも変化があるはずです。そういう風に考えてみるのはどうでしょうか?」

 レアルは教師の話術に感嘆した。この教師はミレイナのレアルの出場に対する認識を全く別のものにすり替えてしまった。

 ミレイナはレアルが他の出場選手よりも弱いと思っていて、出場して怪我をしてしまう可能性があった。それを防ごうと出場を認めなかった。けれど、この教師との会話でその認識がレアルが出場することで他の低ランクの生徒に向上心を取り戻させるというものに変わったはずだ。

 ただ怪我をするだけという認識から、出場することで何らかの利益を生み出せるというふうに思わせたのだ。

 そして、勝つための作戦があると聞かされて、レアルに対する心配も少し和らいでいるはずだ。

 教師の話を聞いた後、ミレイナは少しの間黙り込んで考えをまとめているようだ。すると、考えがまとまったのか顔を上げてレアルに向き直った。

「レアル・フリーシア、あなたの魔導大会参加を許可します」

「本当か!」

「ええ、ただしあまり無茶なことはしないように」

 これで一先ずの問題は解決された。そう思いレアルは小さく息をはく。

「そっちの先生も協力してくれてありがと」

「別に構わないさ。私の方も少し気になることがあったのでね」

 その言葉を聞いて一瞬何が気になったのか疑問に思う。だが、それはすぐに分かった。

 どうして彼がレアルとミレイナの会話に入ってきたのか。どうして悪評ばかり流れているレアルに味方してミレイナを説得したのか。

 この教師はレアルの事情を知っていたのだ。

 だから、ミレイナの説得を手伝ったのは、レアルの実力を知り、この学院に必要かどうかを判断するため。

「そういえばまだ名前を言っていなかったな。私はベルグラント・アルバートだ。私は実技の授業を担当している。来月になれば、顔を合わせることも多くなるだろう」

「そうだったのか。そん時はよろしくな、アルバート先生」

「ああ、だが、その口調はどうにかしておいた方がいい。私やエディプス先生のように誰もが寛容に対応してくれるわけではないからな」

「・・・善処します」

 そう言ってレアルは要件も済んだので職員室の出口に向かおうとした。

「君には期待しているよ。頑張りたまえ」

「初戦敗退を免れるくらいに頑張りますよ」

 ベルグラントの言葉がただの期待だけなのかは分からなかったがレアルはそのまま職員室を出た。



  ◇◆◇◆◇◆



「はぁ・・・」

 レアルは深いため息をつく。そして、この学院に来てからため息を付くことが多くなったなぁとぼんやりと考えていた。

 レアルがため息をついている理由はすぐ目の前にあった。

 そこにはこの前食堂でレアルに突っかかってきた金髪の男子生徒がいた。名前はローレンス・カルフというらしい。

 ここまでの経緯を説明すると、先ほど午後の授業が終わり下校時間となった。生徒たちがこの後何をするか話しながら教室を後にしていたのでレアルもそれに習い、下校しようとした。

 そこで帰ろうとするレアルを呼び止めたのがローレンスだったのだ。この前と同じように数人の取り巻きも一緒だ。

 そんな彼らを見てレアルはもう一度深いため息を付いた。 

「おい、貴様。僕を見るなりため息を付くとはどういうことだ!!」

「え、ため息じゃないよ。これ、欠伸だよ?」

「嘘を付くな!!」

 いきなり敵意丸出しで突っかかってくるローレンスを見てレアルは三度目のため息をついた。

「それで今度は何の用だよ?」

 今度は怒鳴り散らされる前にレアルが会話を切り出した。

 ローレンスは不服そうにレアルを睨むが渋々といった感じで話し始めた。

「いや、少し面白い話を耳にしたのでね」

「じゃあ、後ろの取り巻きと話してくれ。俺は帰る」

 初めから分かっていたことだがどうでもいい話のようなのでレアルはすぐに切り上げ、帰ろうとした。

「待て、話を聞け!!」

「だから、他の奴に聞いてもらえばいいだろ?」

「そうではなくてっ・・・お前、魔導大会に出るのだろう!?」

「だから、どうしたんだよ?」

 ここで何故魔導大会の事が話に上がるのかレアルは分からなかった。

「僕もその魔導大会に出ることになった」

 すると、ローレンスは少し胸を張りながらそう宣言してきた。しばらく、空気が静まった。

「えっと、それだけ?」

「いや、僕は貴様に宣戦布告しに来たのだ」

 もう話の先が全く読めない。

「聞けば、貴様のランクはDランクだそうじゃないか」

 Dランクと聞いてまだ教室の中に残っていた生徒たちが少しざわめく。

「何を思い上がったのかは知らないが、貴様のような不埒な輩が安々と勝ち上がれるほど魔導大会は甘くないのだよ。わざわざ大勢の前で恥を晒すようなことをするとは哀れな平民だ」

 やたらと芝居がかった仕草でローレンスはレアルを貶してくる。後ろの取り巻きもそれにつられるようにして厭らしげに嘲笑を浮かべた。

「けれど、僕は優しいからな。貴様が少しでも恥をかかないように早々に倒してやろうと言っているのだ。感謝したまえ」

 よくもまあこれだけ上から目線で人の事を見下せるものだなぁとレアルは呑気に考えていた。本人はレアルにプレッシャーでも与えているつもりなのだろうが、全く効果はないようだ。

「どうした、口を開くこともできないのか?」

「いや、話し終わったかなぁって」

「な、貴様やはり僕を馬鹿にしているだろう!!」

 それなりには、と思ったが口には出さなかった。

 どうやらもう話したいことはないようなのでレアルはその場を去ろうとする。

「どこへ行く?」

「もう話終わったんだろ?だから、帰るんだよ」

「どうやら、馬鹿の上に腰抜けのようだな」

「別にどうとでも。俺にとってはお前の事なんてどうでもいいし」

「何?」

 レアルの言い方が気に入らなかったのかローレンスはまたもレアルを睨みつけてくる。

「あとさ、俺と闘うこと前提に話してるけど、今度の大会ってトーナメントだろ?順番決まってないのに宣戦布告してきてるけど、普通順番逆じゃないか?」

 トーナメントなので初めに当たらなければ勝ち上がっていくしかない。その間にローレンスかレアルが負ければ、ローレンスの無駄にかっこつけた宣戦布告は無意味なものとなってしまうのだ。

「僕が負けるとでも言いたいのか?」

「さっきの言葉が無駄にならなければいいなって思っただけだよ」

「減らず口をっ!!」

 ローレンスはさらに怒りが増したようだが、それ以上は何も言ってこなかった。

「じゃあな」

 もう用は済んだようなのでレアルは教室を後にした。



  ◇◆◇◆◇◆



「お前が相手を挑発するとは意外だな」

「え、そんなことしてたっけ?」

 もうすでに日が落ちているが俺は図書館に入り浸っていた。授業が終わった後はいつも図書館に行き閉館ギリギリまでというか閉館時間を過ぎても本を読んでる。

 本を読んでいる俺の横で机に腰かけていた二クスが不意にそういってきた。

「あいつが俺の言葉に一々目くじら立てるからそう見えただけだろ」

「今日は珍しく言い返していたので思わずそう思ってしまったよ」

 二クスは少し笑いながら答える。

 図書館に通い始めて分かったことだが、放課後ここを利用するものは極端に少なかった。精々常連の生徒が何人か本を借りに来たりするだけだ。

 それなので二クスが実体化しても特に問題はない。人が来てもすぐに姿は消せるので万が一ということもないだろう。

 ふとそこでレアルはあることを思い出した。

「あ、そういえばさぁ。最近この学院内で銀髪の美女が現れるんだって。で、そいつを見たやつは何か幸福が訪れるらしいぞ」

「そうか。なら、お前も探したらどうだ?」

 二クスは特に気にした様子はなく、白々しく冗談を言ってくる。

「・・・はぁ」

「ため息を付くと幸せが逃げるぞ」

「もうため息付きすぎちゃって逃げる幸せなんて残ってねぇよ」

「それは悲惨だな。慰めてやろうか?」

「もういいから。てか、あんま見つからないようにしろよ」

「気を付けてはいる。というか、授業中寝ているなら私の相手をしろ。そしたら、見つかる心配もない」

 二クスは悪びれたようなそぶりも見せず答える。

「声聞かれたらまずいだろ」

「私の声はお前にしか聞こえん」

「いや、俺の声が聞こえたらまずいって言ってんだよ。これ以上変な目で見られるのは嫌だからな」

 普通、契約した精霊となら離れた場所からでも意思疎通ができる魔法がある。

 けれど、二クスとレアルはそれには該当しない。なので、普通の精霊に出来ることができないのだ。

「全く、不便なものだ。・・・・ん?」

「どうした?」

「珍しく人が来たようだ」

 そう言い残すと二クスはすぐさま虚空に消えた。そして、それと同時に図書館の扉がガチャリと開いた。

 まだ閉館時間ではないのだが、メルティスが戻ってきたのかと思い、レアルはどうしようかと悩む。レアルは当たり前のように変換時間を過ぎても本を読んでいたりするので何かとうるさいのだ。

 だが、レアルの心配は杞憂に終わった。

 図書館に入ってきた人物はメルティスではなかったからだ。

「明かりがついていると思ったけれど、あなただったのね」

「ん?」

 レアルの前に現れたのは学院でレアルと同じくらい有名な(悪評ではない)アイシャだった。

「何だ、エテオクレスか」

「女性を見るなり何だとは少し失礼なんじゃないかしら」

「いや、予想してたやつじゃなくて良かったなぁって思っただけだ」

 何が良かったのか分からないアイシャは疑問符を浮かべる。

「あなた、ここでずっと本を読んでいたの?」

「図書館に来てそれ以外何をするんだよ。それに日課みたいなもんだし」

「日課?毎日来てるの?」

「ああ」

 レアルが肯定するとアイシャはとても驚いたようだ。レアルが本を読むのがそんなに珍しいのだろうか?

「まぁ、俺は勤勉だからな」

「その割には授業に身が入ってないようだけれど?」

「じゃあ、自堕落で勤勉なんだよ」

「どっちなのよ」

 アイシャは呆れたように呟いた。

「そういえば、エテオクレスは何でここに来たんだ?」

「部屋に居てもやることがなかったから、本でも借りて読もうと思ったのよ。何か退屈しない本とかあるかしら?」

「何でおれに聞くんだよ」

「だって、あなたは毎日ここを利用してるのでしょう?だったら私よりここの事は詳しいはずよ」

「生憎、ここに来てから歴史書ばっかり読んでてね。暇つぶしになるような本はあまり知らないんだ」

「じゃあ、その中でいいから何かないかしら?」

「いや、歴史書だぞ?」

「暇を潰せればいいだけだから、それに歴史書なら読んで勉強になるでしょ?」

「流石、優等生は言うことがちがうねぇ」

 さて、そうは言ったものの歴史書で退屈しないものなどあるのだろうか、とレアルは悩む。

 レアルが図書館に通っているのは目的があるからであって、趣味とかそういうのではない。だから、あまり本が面白いなどと考えたことはないのだ。

「あ、そうだ。これなんかどうだ?」

 ふと、思い出したようにレアルは山積みにされた本の中から一冊取り出して、アイシャに差し出した。

「これは?」

「それは歴史書っていうよりはこの地方の伝承やら言い伝をまとめた本だ。お伽噺みたいな感じのもあるから退屈しのぎくらいはできると思う」

 アイシャは受け取った本をぱらぱらと捲り、少しだけ中身を見ている。

「そう、じゃあこれにするわ。ありがとう」

「どういたしまして。それじゃあな」

 アイシャの要件も済んだのでレアルは再び手元の本に目を落とした。

 だが、本を受け取ったはずのアイシャは図書館を出て行こうとはしなかった。まだ何かあるのかと思ったが何も言われなかったのでレアルはそのまま本を読んでいた。

「・・・ねぇ、少しいいかしら」

 しばらくしてアイシャが口を開いた。それを聞いてレアルは顔を上げた。

「何だ?」

「その・・・あなたには謝らなくてはいけないと思って」

「何で?」

「あなたの噂が広まったのは私の所為だから・・・」

「ああ、あれね」

 レアルは現在学院中に広まっている噂を思い出す。アイシャも一応原因だとは考えられるが、噂を流したのはアイシャとレアルの関係を誤解して勝手に嫉妬した誰かが流したもの。そう考えれば、アイシャも被害者となるのだ。

「別にあんたが謝ることじゃないだろ」

「でも、原因は私にあるのだし・・・」

「ほんの小さな些細なことなんだから気にすんなよ。俺も気にしてないし」

「気にしてないって・・・あなた今自分がどんな風に思われてるのか知らないの?」

「知ってるよ。わずか一日で学院一のお嬢様を籠絡し、全学年の男子生徒の悲願であるお食事を強要させた謎の編入生!みたいになってると聞いたけど」

「随分、意気揚々と語るのね」

 アイシャは自分を中傷する噂を語るレアルを呆れた目で見てくる。

「こういうのはさ、当事者が下手に否定したって逆効果なんだよ。噂は大抵時間が解決してくれるからな。聞かれたりしたら否定するけど」

「その時間が解決してくれるまで、あなたはずっと我慢し続けるの?」

「言っただろ、気にしてないって。俺は周りにどう思われようと別に構わない。見ず知らずの連中が俺を蔑んだところで取るに足らない戯言と一緒だからな」

「・・・・よくそんな風に割り切れるわね」

「周りばっか気にしてたら人生つまらないだけだよ」

「全く気にしないのもどうかと思うけど。もういいわ。あなたがそういうなら謝ったりしない」

 アイシャはレアルの言動に少し呆れる。そして、これ以上の問答は不毛だと思ったようで、話を打ち切った。

「そう言えば、魔導大会に出るようね」

「この学院の生徒は本当に耳が早いな」

「ユーナが聞いてきたのよ」

 不人気者の行動に注目しなくてもいいのにとレアルは思った。

「それで、エテオクレスも負けるからやめとけとか言うのか?」

「私はそれより勝てるかどうかが気になるわね。誰に言われたの?」

「担当教師と金髪男子」

「ミレイナ先生なら言いそうね」

「どいつもこいつもランク、ランクとうるさくてかなわない」

「ランクは魔導師の強さを測る基準だもの。気にするのは当然よ」

「だから、それが間違いなんだって」

「何が間違いなのかしら?」

 アイシャはレアルにすぐ聞き返した。自分の常識を疑われるというのはそれだけで受け入れがたいものがあるのだろう。

「魔導師のランクって試験を受けて合格したらもらえるんだろ?」

「ええ、そうよ」

「A~Eまでの試験にはそれぞれ合格ラインがあって使用した魔法が逸れに達すると合格となるわけだ。そう考えると、合格基準さえ満たせばまぐれでも受かるってことだろ?」

「・・・確かにそういうこともあり得るわね」

「ランクっていうのはSランク以外は魔導師の強さじゃなくて、そいつがどれくらいの魔法を使えるかを見て決めたんだよ。だから、高ランクだったとしてもそいつが強いってわけじゃないし、低ランクだろうとそいつが弱いってことにはならないんだ」

「それは・・・・」

「Dランクだからと弱いと見下すのは間違いだ」

 アイシャは言い返す言葉もないようだ。レアルの事を馬鹿にしたと思って少し気まずげにしている。

「馬鹿にしたようでごめんなさいね」

「慣れているから別にいいよ」

「さっきの言いようからして、あなた闘うことにかなり自信があるようね?本当は高名な騎士の家系にでも生まれてきたのかしら?」

「俺はただの平民だ。とりあえず、普段よりやる気があるからそう見えるんだろ」

「普段はやる気なんてないでしょ」

 それを聞いてレアルは間違いでもないかな、と思った。授業を受ける気なんてさらさらないのだから。

「はぁ、またあなたですか・・・」

 すると、突然図書館に幼い声が響いた。見てみるとこの図書館の司書であるメルティスが返ってきたようだ。

「今日は早いな。まだ閉館時間じゃないのに」

「あなたが毎回時間を過ぎてもここに居座るから早めに言いに来てあげたんですよ」

 メルティスはひどく面倒くさそうに言った。一応、彼女も教職員という立場なのでレアルを寮の門限までに返さなければいけないのだろう。

「この子は誰?」

「この子!?」

「ああ、そいつ一応年上らしいよ。ついでにここの司書」

 そう言われてアイシャはメルティスを凝視する。不思議そうに訝しむように念入りに。

「な、何ですか!?人の事をジロジロと。失礼だとは思わないのですか!!」

「いえ、少し気になっって」

「まぁ、これを見たら自分の常識疑うよな」

「そこまでですか!?」

 常識を疑うと言われてメルティスは酷く落ち込んだ。もうそれはいじけてしまうほどに。

「とうとう、常識を疑われるとは。私だって好きでこんな・・・・」

 床に蹲りぶつぶつと独り言をしゃべるメルティス。周りが暗いので不気味さが際立っていた。

「さて、帰るか」

「放っておいていいの?」

「少ししたらすぐに元に戻るさ」

「そう。それじゃ私も部屋に戻るわ」

 アイシャもそれほど気にしていなかったのかあっさりと帰ることを選択した。

「またね、レアル」

 帰り際にアイシャが呟いた言葉を聞いてレアルは後ろに振り向いた。

 それは急に名前を呼ばれたことに驚いたからだ。

 少しの間レアルは彼女の後ろ姿を見ていたが、彼女を見ていたことに気づいて視線を積み上げられた本に戻した。

「ここに来て、呼ばれることが少なくなったな」

 そう呟いてレアルは積み上げられた本を抱えて元の本棚へと戻しに行った。

 ついでにメルティスも宥めて帰った。

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