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忘却のアルテミス  作者: 二四野 鏡
落ちこぼれの編入生
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精霊の同居人

「ここか」

 レアルは図書館から出たあと、もう一度学院長室に戻りこれから寝泊りする部屋を聞いてその部屋の扉の前まで来ていた。

 貸してくれたのは寮の一人部屋だそうだ。通常は何人かの生徒が共同で使うものなのだが、レアルは普通の生徒とは事情が違うので学院長が融通を聞かせてくれたのだろう。

 レアルは早速貰った鍵をドアノブに差し込み鍵を開ける。

 部屋の中は一人で使うには広すぎるものだった。元々何人かで使うものなのだから一人だと広く感じるのは仕方のないことだろう。

 部屋の中にあったのは勉強机と椅子と寝具であるベッド、それと衣服を入れる箪笥だけだった。床に絨毯が敷いてあるとか、壁紙がやたら豪華だとかは貴族のためだろう。

 部屋が広い割にものが少ないのでかなり質素に感じてしまう。

「確かに二人で使うには少々広すぎるな」

 そこでレアルは自分以外の誰かがいることに気づく。といってもレアルは声の正体が誰であるかせでに分かっていた。

「いや、お前はほとんど使わないだろ」

 レアルは呆れたように呟き、声の主がいるベッドに顔を向ける。

 ベッドに腰掛けていたのは見目麗しい少女だった。月光を思わせる煌びやかな銀髪に透き通った青い瞳。身長は先ほど会ったユーナより少し低いくらい。袖口が広い黒い法衣のようなものを着ていて少女はレアルの反応を見て微笑んでいた。実を言うとレアルの頭の中で話しかけてきたのは彼女である。

「てか、何で出てきてんだよ、二クス」

「おや、お前はこの学院にいる間私を押し込めておくつもりだったのか?束縛する男は好かれんぞ」

「束縛って、んなことするわけないだろ」

 呆れあるレアルを見て二クスはまたクスクスと笑う。

「そうじゃなくて、実体化しても大丈夫なのかってことだよ」

「ああ、なんだそんなことか」

 目の前の少女はレアルの言ったことは全く気にしていないようだった。

 今、レアルの目の前にいる少女は人間ではない。二クスは精霊に分類される。

 人とともに行動する精霊は人と契約した精霊しかいない。人と契約した精霊は契約者が死ぬまで主従を誓うことになる。

 そうなった場合精霊は契約者から魔力を貰い生きていくことになる。

 それはなぜかと言うと、精霊の体はほとんどが魔力やマナといった自然界の気によって構成されている。その魔力やマナがなくなると精霊は消滅してしまう。

 なので多くの精霊はなくなってしまった分をすぐに補充するため魔力やマナが豊富な土地で一生を過ごす。

 けれども、人と契約した精霊はその土地を離れなければいけないので契約者からの魔力供給を受けなければならないのだ。

「別に心配はいらん」

「どうしてだ?」

 普通の精霊ならそこまで気に掛けることではないのだが、今の二クスには少し問題があったためレアルは疑り深く二クスに問いかけた。

「学院の中にいて分かったことだが、この中は他の場所と比べて魔力の密度が高い。それに微弱だがマナの気配も感じる」

「それは本当なのか?」

「ああ、この分ならお前から魔力を貰わなくとも私の方で集めることができる。だから、実体化しても消滅の心配はない」

「・・・そうか」

 レアルは微かに安堵した様子で呟く。

「にしても、魔力の密度が高いだけでなくてマナもあるってことは地脈でも通ってるのか?」

 地脈というのは自然界の気が溢れている所でマナの恩恵が受けられる場所だ。

「いや、この辺りの平野には地脈など通っておらんよ。土地がそれほど豊かとも言えんしな」

「じゃあ、何でここにはマナがあるんだ?」

「それは分からんが、ここでマナが発生しているのは確かだ」

「だとしたらこの学院にマナを発生させる魔導装置とかが置いてあるとかかな。いやでも、そんな装置今までにも聞いたことねぇし」

「どちらにせよ、何等かの細工が施されているのは間違いないな。現に外に張ってある結界は魔力を逃がさないようにするためのもののようだ」

「結界?ああ、入ってきたときのあれか?」

 レアルはこの学院の門をくぐった時のことを思い出す。

 あの時レアルが感じた違和感は学院に張られている結界だったようだ。

「しかも学院全体を囲っているようだぞ」

「そんな結界を丸一日ずっと維持してるのかよ」

「それも何十年もだ。ここにはかなり高度な魔導技術が揃っているようだ」

「この学院は国の研究機関も兼ねてんのかな」

「さあ、それは分からん。結界の事は伏せている様子だったからな。多分、生徒にも話していないのだろう」

「生徒に隠して実験とか?」

「それなら私たちもかなり危ないな」

「楽しそうに言うなよ」

 レアルは窓の外を見て一度だけため息をつく。

「ここはただの学院じゃないってことか」

「今のところ敵意はないようだが、警戒しておいた方がいい」

「分かってるよ」

「ま、あの老人が外道とも思えんがな」

「そうだよな。どっからどう見ても普通の爺さんだし」

 レアルはニコニコと笑うオズワルドの顔を思い出す。

「それはさておき、今後はどうするつもりなのだ?」

「そうだな。ここに滞在する期間は最高三か月くらいかな」

「三か月だと?噂の調査程度にそこまで時間を取ることもないだろう。一か月もあれば十分ではないか?」

 二クスは予想以上の期間を設けるレアルに対して異議を立てる。

「まぁ、調査自体はそれくらいで終わりそうなんだけどさ。学院にちょっと用が出来たんだよ」

「何の用だ?」

「さっき言った図書館あるだろ?本を返してる時に気づいたんだけど、あそこってエールトリス以外の蔵書も置いてあるらしい」

「確か、あの学院長は本の収集が趣味で様々な国の本を集めていると言っていたな」

「だから、探せば他の国の情報も出てくるはずだ。そしたらちょっとは手間も省けるだろ」

「ならば、図書館で情報を探すために長く期間を取っているということか」

 レアルは二クスの解釈に頷く。

「実際はどっちも一か月くらいで済ますつもりで、残りは長引いたときのちょっとした余裕みたいなもんだ」

「最低二か月は生徒のふりをするのか」

「面倒だけど、そうなるな」

 レアルは今後の予定を説明すると二クスの反対側からベッドの上に仰向けに寝転がった。

「だぁ~疲れた。タリアもまた面倒事押しつけやがって」

「だったら、断ればよかっただろう」

「今回はこっちにもかなりメリットがあったからな。そういうわけにはいかなかったんだよ」

「全く変なところでお人好しなのだから」

 二クスはレアルの方に振り向き、レアルの頭を撫でる。レアルは一瞬だけくすぐったそうにするが疲れていたので二クスの思うようにさせた。

「何かお前、嬉しそうだな」

「そうか、そう見えるか」

 レアルに指摘されて二クスはまた微笑む。

「今日出てきてからかなりご機嫌だな。何かあったのか?」

「さすがに一週間もほったらかしにされていたのでな。久々に気兼ねなく過ごせるというのが一つだな」

「ほったらかしって、ちゃんと話相手にはなっていただろうが」

「といっても数えるほどだ。私は退屈で仕方なかったのだ」

「そりゃ悪かったな」

 レアルは形だけ二クスに謝罪する。

 その謝罪に二クスは一瞬だけ不満を覚えるが特に気にした様子はなかった。

「もう一つは単純な理由だよ」

「何だよそれ?」

「なに、いつの時代も女というのは自分のために頑張る男を見ると不思議と笑みが浮かぶものさ」

「そうかい」

 二クスの言葉を聞いてレアルは素っ気なさそうに返す。

「何だ、照れているのか?」

「今更そんなこと言われたって照れたりしねぇよ」

「はぁ、昔はもう少し可愛げがあったのにな」

「余計なお世話だ」

 レアルは相変わらずからかってくる二クスにため息をつく。

「もういいや。俺は疲れたから寝るわ」

「それなら、添い寝でもしてやろうか?」

「いらねぇ」

「全くつれないな」

 二クスはつまらなそうな表情になり、姿を消した。

 それを見るとレアルはベッドから立ち上がり部屋の明かりを消した。

 そして、眠るためにもう一度ベッドに倒れこんだ。

 昨日から丸一日眠っていたにも関わらず、思いのほか体が疲れていたようでレアルは数分もしないうちに眠りについていた。



  ◇◆◇◆◇◆



「う~ん、何かなぁ」

「さっきから何を唸っているのだ」

 レアルが学院に来て数日が経過した。今日はレアルが生徒として学院に編入する日だ。

 なのだが、朝起きて学院長から渡された制服に着替えてからレアルは落ち着きなく着心地を確かめていた。

「いい加減、落ち着いたらどうだ」

「いやいや、こういう服ってさぁ、何か違和感あるっていうか」

「だから何だというのだ。どの道、それを着て生活しなければならないのだ。慣れるまで我慢しろ」

 先ほどから様子を見ていた二クスがきっぱりと言い放った。

 二クスの言っていることはごもっともなことなのでレアルも言われた通りにするしかなかった。

「それで編入する教室には行かなくていいのか?」

「それがさぁ、俺何も聞かされてないんだよね」

 レアルが学院長と話したのは二日目のその日だけで、それ以降は会ってない。その他の連絡や報告も聞いてはいなかったのだ。

「ならば、どうすのだ?」

「まぁ、向こうが何も言ってこないわけだし、今日はもうサボってもいいかなぁとか思ったりしてる」

「それは名案だ。学内の散歩も少し飽きていたところだ。今日は王都にでも行こう」

「え、お前そんなことしてたの?」

 レアルはここ数日の二クスの行動を聞いて驚く。

「静かだと持ってたらそういうわけだったのか」

 ちなみに二クスが学内を自由に散策している間、レアルはというと図書館にずっと入り浸っていた。

「案ずるな、誰かに見つかるような真似はしていない」

「いや、まぁ、いいんだけどさ」

 思いのほか自由に生活していた二クスに対してどこか納得いかないというふうにレアルは思った。

 そんなことを考えていると、コンコンとドアがノックされた。

 二クスはその音を聞くと瞬時に実体化を解いて虚空に消える。

 レアルを二クスが姿を消したのを見てドアに向かい、来客と対面した。

「あれ、セルフィさんなんか用?」

「おはようございます、レアル様。お迎えに上がりました」

「迎え?」

「はい、私がレアル様を教室まで案内するように学院長から言われております。少々、時間が押しているのですぐに向かいますがよろしいでしょうか?」

「ああ、構わないけど」

「では、参ります」



  ◇◆◇◆◇◆



 セルフィに連れ出されてレアルは部屋を出る。

 もうすでに寮の中にいた生徒はすべて登校しているようで廊下はがらんとした雰囲気となっていた。

「てか、何でセルフィさんが案内するんだ?」

「私では何か不満でも?」

「いやいや、そういうんじゃなくてさぁ。普通教師とかが案内するもんじゃないのかなぁって」

 レアルは率直に疑問に思ったことを口にする。

「一応、私のこの学院の立場は学院長代理なのですが」

「え、マジで?」

「ええ、マジです」

 学院長代理ということはこの学院の№2ということになる。

 レアルはオズワルドの付き人くらいにしか思っていなかったのでかなり驚いたようだ。

「とは言っても、代理を務めたことはありませんので肩書きだけですが」

 セルフィの言葉から察するに彼女に与えられた名誉職みたいなものだろうとレアルは推測した。

「少し話が逸れましたね。私が何故、案内役に選ばれたかというと、こちらに目を通しておいてほしかったからです」

 セルフィはレアルに折りたたまれた紙を差し出す。

 何の紙か分からなかったレアルは不思議そうに紙を眺め中身を見た。

「これって・・・」

「はい、この学院におけるレアル様のプロフィールです」

 紙に書かれていたのはレアルの偽の個人情報だった。

 偽といっても名前や身長などは同じで出身地など分からなかった部分を埋めているといった感じだった。

「昨日までこれ作ってたのか」

「期間限定といはいえ、学院の生徒になるのですから書類の申請はきっちりとしないといけないので」

 レアルがここで過ごしている間、オズワルドたちは入学に必要な書類手続きをしていたらしい。

「それで他には何かあるのか?」

「はい。実を言うとレアル様が正式な生徒でないことと、学院長から依頼を受けていることはほとんどの教師たちには話していません」

「え、何で?」

 レアルの頭の中にまた疑問が広がる。

 学院関係者に事情が知れていた方がレアルとしても動きやすい。逆に教師たちがレアルの事情を知らないとなるとレアルの行動が制限されてしまうかもしれないからだ。

「少し前に教師の集会で学院の警備の強化について議論しました。そこで、学院の護衛をしている兵士を増やそうという案が出たのですが、却下されました」

「そのころには貴族狩りの噂は広まっていたんじゃないのか?」

「正確にはほぼ沈静化していると思われていました。犯人は捕まっていませんでしたが、事件が起こったのは数か月前なので誰もが終わったことと思っていたのでしょう。教師たちの反論は噂程度のために態々護衛を増やす必要はないとのことです」

 教師たちの言い分も何となく理解できるとレアルは思った。

 人は結構楽観的な思考を持っている。直接自分の身に関わらないことであればなおさらだ。

「じゃあ、そん時みたいに反発されるのが面倒だから今回は俺の正体を隠したのか」

「ええ、その通りです。ですが、その所為で今度は別の問題が生まれました」

「え、まだあるの?」

「はい、レアル様は今回入学する際に学院長の推薦を受けています。それにより教師たちから不満の声が上がっているのです」

 セルフィはどこか疲れたような感じで小さなため息を漏らした。

 珍しい仕草を見せるセルフィを見てレアルは表情も変わるんだなと本人に聞かれたらかなり失礼なことを考えていた。

「私だって人の子なのですから表情くらい変わります」

「・・・・何で分かったんだ」

「淑女の嗜みとでも思ってください」

 読心術は絶対に淑女の嗜みの中には含まれないだろう。

「それで教師たちの不満の声は何で上がったんだ?」

「レアル様は書類上・・・では普通の平民と変わりありませんので、どうしてそのような人物を、しかも魔導学科に推薦するのか不審に思っているのでしょう」

「もしかして俺が賄賂でもしたとか思われてる?」

「そうかもしれません」

 それを聞いてレアルは面倒臭そうなため息をつく。

 普通に考えれば平民が賄賂をするような大金を持っているはずがないのだが、ここの教師は変な感を働かせているらしい。

「じゃあ、残りの事情を話した教師は?」

「そちらも同様にレアル様を不審に思っています」

「・・・この学院の教師は人を信用することを知らないのか」

「不審とは言ってもその方たちは決めかねているという感じですがね」

 少しばかり期待していたためか、予想に反する返事が返ってきたのでレアルはがっくりと項垂れある。

「事情を話した教師たちもレアル様を書類上・・・でしか見ていないため判断に困っているだけです」

 そこまで聞いてレアルはあることに気づいた。

「なるほど、そういうことだったのか」

「なるほど、とはどういうことですか?」

 セルフィは立ち止まってレアルの方を振り返る。

「てか、あんたらこうなるって気づいてただろ」

「理由を聞かせてもらっても?」

 セルフィに催促されてレアルは気づいたことについて説明を始めた。

「まず、事情を知らない教師だが、中途半端な時期に入ってきた編入生ってだけで普通に怪しいよな。入学式とか終わってそうだし、編入させるなら普通その時期だ。それに学院長のお墨付きとなれば何かの誰かの思惑が絡んでることは誰かが気づく。次に事情を話した教師だが、この教師たちはあんたと学院長が信頼を寄せている何人かで間違いないか?」

「ええ、そうです」

 セルフィは即座に肯定した。

「その何人かには本当に書類だけしか見せてないんだろうな。俺がタリアの弟子ってことも言ってないんだろ?それだったら俺の実力を疑うのも頷ける」

「はい、その通りです」

 またも即座に肯定した。

「そこで、今度行われる武の大会が出てくる。俺がそれに出て活躍すれば、事情を知らない奴らの不満と俺の実力を測りかねている奴らの不審を一気に取り払えるってわけだ」

 自分の推測を述べたレアルはセルフィの返答を待った。

 すると、セルフィは少しだけ微笑んだ。

「お見事です。よく分かりましたね」

「たくっ、手の込んだことするなよ。事情を知ってる方ならタリアのこと話せば何とかなったんじゃねぇか?」

「それでもある程度だけですよ。どっちにしろ実力を見るまでは今と変わらなかったでしょう」

「結局、自分で対処しろってことか」

 レアルは大きなため息をつく。

 新しい面倒事を抱えてしまったレアルの表情はどこか暗かった。

「なぁ、もしかして俺が大会で活躍できなかったらこの仕事降ろされるとかあるの?」

「ええ、その可能性もありますね」

 レアルはまたも大きなため息をつく。必然的にレアルが大会で頑張ることが決まってしまったようだ。

 すると、どこからか鐘の音が聞こえてきた。

「立ち話が過ぎましたね。残念ですかレアル様の遅刻が決定してしまいました」

 どうやら今鳴り響いている鐘の音は始業開始の合図のようだった。

「急ぎますので遅れないでくださいね」

「これって、セルフィさんの所為じゃ・・・・」

「私語は慎んでください」

 無表情の剣幕に押されてレアルは黙り込む。

 小走りで廊下を進みながらレアルは初日から遅刻などして大丈夫なのだろうかと呑気に考えていたのであった。

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