依頼
『・・・い・・・まで・・・・・・だ』
「・・・・ん?」
まどろみの中を彷徨っているレアルにどこからともなく声が掛けられる。けれどその声は霞が掛かっているように聞き取りづらいものだった。
『いい加減に、起きろ!』
今度は先ほどよりもはっきりと声を聞き取ることが出来た。
それを聞いてレアルはゆっくりと瞼を持ち上げた。
「あれ・・・ここは?」
目を覚ましたレアルはだるそうに体を起こして周りを確認する。
まず思ったことは自分の知っている場所ではないと言うことだった。
レアルの寝かされていたベッドは人ひとりが寝るには結構大きいもので壁紙や絨毯などを見るとこの部屋はかなり豪華な造りになっているらしい。そして、横の壁を見てみると天井の高さぐらいまである本棚に分厚い本がいくつも詰め込まれていた。その本棚は部屋の端から端まである。
『やっと起きたのか、この寝坊主め』
「ああ、悪い。俺、何で眠ってたんだっけ?」
『覚えていなのか?あの女に一服盛られたのだよ』
頭の中に響く声を聞いてレアルはそのときのことを思い出した。
「そうだ、部屋に入って早々に出された紅茶に睡眠薬が入ってて・・・」
『正確にはそれに酷似した毒だったがな』
「マジかよ!?あいつ、そんなもんいれやがったのか・・・」
『まぁ、毒であったから私の力で効力を緩和させることが出来た。その点は幸いしたな』
「いや、良くない。っていうか、この状況もしかして・・・・」
レアルは自分の荷物がどこにあるのか探す。レアルの持ってきた荷物はベッドの横に立てかけてあった。
それを見つけるとレアルはすぐさま荷袋の紐を解き、中身を確認する。そして、しばらくしてがっくりと肩を落とした。
『探し物は見つかったか?』
「・・・・ない」
『まぁ、そうだろうな』
レアルが探していたのは自らの所持金を入れていた財布である。けれど、財布はすでにタリアに奪われた後だった。
「くそっ!!またやられた!!」
『腕っ節だけの脳筋だと思っていたが、やつめだんだんと知恵をつけているな』
「気絶させてくるとばかり思ってたのか裏目に出た!!」
レアルがこうしてタリアに金を奪われるのは今回だけではないようだ。
「いや、待てよ。今からあいつを追いかければまだ間に合うかも知れない」
そう思ったレアルは早速行動を開始した。
掛け布団を剥ぎ取りベッドから降りて外套と荷物を掴む。そして、すぐさま正面にあったドアから部屋を出た。
ドアを開けて外に出るとお互いに向かい合うように客用のソファに座っているオズワルドとセルフィがいた。
二人はドアが開いた音を聞いてティーカップ片手にレアルを見た。
「おお、やっと目覚めたか。待ちわびたぞ」
「もう昼ですがおはようございます、レアル様」
「タリアはどこだ?」
レアルはどこかであったようなやり取りを無視してオズワルドたちに問いかけた。
「タリア君かね?彼女は随分前に学院を出てしもうたよ」
「じゃあ、向かった場所は?」
「何も聞いておらんよ」
「ちっ、やっぱり知らないか」
オズワルドの返答を聞いてレアルは悔しそうに顔を歪める。
「まぁ、座りなさい。それでお主にやってもらいたいことが・・・・」
「嫌だ。何で俺があんたの頼みを聞かなくちゃならないんだよ」
言い掛けだったオズワルドの申し出を即答で断りレアルはすぐに部屋を出ようとする。
「ど、どこへいくのじゃ・・・!?」
「今からタリアを追いかけるんだよ」
「じゃからタリア君はもう・・・」
「ここから走ればまだ間に合うはずだ!!今回は絶対捕まえてやるからな!!」
「前にも同じ目にあったのじゃな」
オズワルドでは止めるのは無理と判断したのかセルフィはドアの前に立ってレアルを引き止めた。
「レアル様、今からではタリア様に追いつくのは不可能かと思います」
「何で」
「タリア様が学院を発ったのが昨日の午後、そしてレアル様は丸一日寝ておられました。流石に行方の分からないタリア様に追いつくのは無理でしょう」
「それでも・・・・・って、丸一日っ!?俺そんなに寝てたの?」
「ええ、それはもうぐっすりと」
それを聞いてレアルはまたがっくりと肩を落とす。流石にタリアを追いかけるのは無理だと理解したのだろう。
「それにしても、本当にぐっすり眠られていたのでそのまま目覚めなければどうようかと思っておりました」
「毒を盛ったのはあんたか!?」
「いえ、私は薬を用意しただけで私にレアル様がもう帰らぬ人になってしまったのではないかと思わせるくらいにドバドバと薬を紅茶の中に入れたのはタリア様です」
「やっぱりあいつの所為か!!てか、俺一歩間違えれば死ぬところだったの!?」
セルフィは淡々と真顔で経緯を説明する。その所為か冗談が冗談に聞こえない。
「はぁ、もうなんか疲れた」
レアルはのろのろとソファの方へと向かっていき、どっかりと腰を下ろす。
そして、しばらくだらけきった姿勢で天井を見上げていたが突然口を開いた。
「それで、用件って?」
「怒ってはおらんのか?」
「別に、タリアもどっかいったし、帰る路銀もないし、正直あんたぶん殴ってもいいよねとか思ったりしてるんだけど、一応小賢しい手まで使って俺を呼び出した用件ぐらいは聞いてやろうとか考えてたりする」
「かなり根に持っておるの・・・」
「いや、ならいいけど」
「では、話を聞いてもらおうか」
オズワルドはレアルの前のソファに腰掛ける。セルフィはオズワルドの後ろに控えるように移動した。
「さて、まずお主を呼び出した理由から説明するぞい。最近この国ではある噂が流れ始めたのじゃ」
「噂?」
「流れた噂はかなり物騒な名前での。貴族狩り、と言うのじゃが・・・」
「確かに物騒だ」
「貴族の間ではこの国に恨みを持つものの仕業やら、他国の侵略やら騒がれておるよ」
「貴族の間では?」
「ああ、このことは一応緘口令が敷かれておっての。国民がパニックを起こさないようにする措置じゃ」
オズワルドは少し目を細めながら噂の内容を話し始めた。
「ことの発端は数ヶ月前、国の政に関わる貴族が惨殺されたことが始まりじゃ」
「どんな殺され方したんだ?」
「・・・その貴族が自らの領地に帰ったとき、屋敷にいた全てのものが殺されたらしい」
オズワルドの表情は苦虫を噛み潰したように歪んだ。
「話を戻すぞい。その時は国中が大騒ぎになりかなり大事になっておったの。けれど、犯人は見つからず、次の事件が起こった」
「また、誰か殺されたのか?」
「そうじゃ、殺されたのは商業を営む貴族でな、他国との商談の後、この国に帰ってくる最中に襲われたようじゃ」
「その商家の一族は?」
「そのときは商談に出ていた当主だけじゃった」
「それで次は?」
「次に襲われたのは名家の娘じゃ。場所は王都で行われていた貴族たちの会合が行われていた場所でな。幸い、警戒を強めていたこともあってかそのときは怪我をする程度ですんだのじゃ」
「他には?」
「この他には襲われたという報告は上がってきておらん。貴族たちの会合を最後にそれ以上貴族狩りはぱったりと止まっておる。」
「だったら、もうその事件は終わってるんじゃないのか?」
レアルは怪訝そうにオズワルドに聞き返した。
「じゃが、まだ犯人は捕まっておらんのでな。もしかすると、また貴族狩りが再開するやもしれん」
「じゃあ、あんたが俺に依頼したかったのはその犯人を見つけろってことか?」
「いや、依頼したいのは主に調査じゃ」
レアルは予想していた内容よりも簡単そうだったので拍子抜けしてしまった。
「お主には貴族狩りについて調べてもらい、本当に貴族狩りが終わったかどうか報告してほしい」
「調べるだけでいいのか?」
「そうじゃ、流石にお主一人では犯人まで辿りつくのは難しいじゃろ。どうじゃ、この依頼受けてくれるか?」
「その前に聞きたい事がある」
レアルは依頼を承諾するかしないかの答えを出す前に頭に浮かんでいた疑問を聞くことした。
「何でこの学院の長をやっているあんたが貴族狩りについて調べている。それに緘口令がしかれていたわりに事件に詳しいのは何でだ?」
「学院長が貴族狩りについて調べているのは学院を思ってのことです」
レアルの質問に答えたのはセルフィだった。
「この学院は十二歳から十五歳が通う中等部と十五歳から十八歳までが通う高等部に分けられます。さらにその中に魔導学科と一般学科の二つの学科があります。一般学科は平民や商家の子弟が多いですが、魔導学科の大半は貴族のご子息やご令嬢です。貴族狩りの犯人が学院を襲えば多大な被害が出るでしょう」
「貴族狩りの犯人もわざわざ大量の魔導師がいるところにはこないんじゃないの?」
「そうかもしれません。けれど、貴族の一家を皆殺しにする輩です。来ないともいえません。そのところの真偽も確かめるためにこの依頼を提示したのです。それから学院長が事件について詳しいのは国から事件についての詳細が届いたからです」
「何でそんなもんが届くんだよ」
「事情を説明して生徒を守るように警戒を促すためでしょう」
セルフィの説明を聞いてレアルはとりあえず納得した。
「さて、疑問も解けたところで答えを聞かせてくれるかの」
「調査期間はどれくらいだ?」
「それはお主に任せる。お主が調査をし、噂の真偽を得られたと思ったとき報告に来てくれれば良い。ただし、いい加減な報告は却下させてもらうがの。それと報酬は期間に拘らず毎月一定額を支払おう。依頼が冠水できた場合にも追加として用意する」
レアルはまた黙り込む。
しばらくの間考えた後、レアルは少し俯いていた顔をゆっくりと上げた。
「この依頼受けせてもらう」
「おお、そうか。承諾してくれてありがとう」
「まぁ、金がないと王都を出られないからな」
「では、早速この学院に入学してもらおうかの」
「は?」
オズワルドの言葉を聞いてレアルは間抜けな声を出す。
「ちょっと待て。なんで貴族狩りの調査をするのにこの学院に入学する必要がある?」
「主に調査をしてくれといったが仕事が調査だけとは言っておらんぞ」
オズワルドは自らの髭をなでながら満足げに言う。
「いや、だからって俺が学院に入ってもメリットなんてないだろ?それに平民だし」
「先ほども言ったようにこの学院に平民がいないわけではありません。一般学科の方には平民の方々も多く通われています。レアル様が通われるのは魔導学科ですが、そちらにも魔法の素質がある平民の生徒がいます。なので、問題はありません。そして、レアル様が学院に入ってもらう理由は有事の際に学院の生徒を守ってほしいのです」
「それって、もし俺が調査している間に貴族狩りの標的にこの学院が選ばれたら撃退しろってことか」
セルフィはレアルの解釈に無言で頷く。
「だったら、こう、特別講師とかそんなんは・・・」
「タリア君の時はそう考えていたのじゃがの。それにお主は生徒に教えられるほどの頭を持っておらんじゃろ」
「これでもタリアよりは頭いいんだぞ」
「タリア様の座学の成績はいつも赤点ギリギリでした」
セルフィの補足を聞いてレアルは顔を背けて黙り込む。
「それにお主は金がないのに宿はどうするのじゃ?」
「うっ・・・それは、野宿とか・・・・」
「それでも食料などに限界があるじゃろ」
「いや、だから・・・・」
「それに王都周辺でそんなことをしていれば不審人物として軍につれていかれるじゃろうな」
「・・・・分かったよ。入学でもなんでもしてくれ」
レアルは深く頭を垂れて疲れたように了承した。
もともと依頼を承諾した時点でレアルに拒否権などなかったようだ。
「一応、申しておくが試験も用意するからの」
「はぁ?なんでだよ!それはそっちで何とかしろよ!!」
項垂れていたレアルは勢いよく顔を上げて理不尽な要求をしてくるオズワルドを怒鳴りつける。
オズワルドはそれを見てどうどうと手で宥める仕草をする。
「試験といっても生徒が入学の際にしたようなものではなく、お主の実力を見せてもらうものじゃ。タリア君には聞いておるがやはり自分の目でも見ておかなくてはならんと思っての」
「学院の教師とでも戦えばいいのか?」
レアルは不機嫌そうな顔で物騒なことを言う。
「これこれ、そうではなくての。しばらくするとこの学院で生徒同士の武の大会がある。それに参加してもらいたい」
「はぁ・・・それで何をしたら合格なんだ?」
「じゃから言ったじゃろ。実力を見ててくれればいい。それに生徒たちも強い相手と切磋琢磨することでより自らの実力に磨きをかけることもできるじゃろ」
「はいはい、生徒思いな学院長さまだこと・・・」
レアルは呆れたように聞き流す。
オズワルドはこの学院の生徒にえらくご執心なようだ。
「それで、他にはもうないよな?」
「あとは学院の施設の案内があるがそれはまた今度でもよいじゃろ。お主からは何かあるかの?」
「う~ん、そうだな」
レアルはもう正直どこかで休みたかったのだが、あることを思い出す。
「あ、そうだ。爺さんこの学院って図書館とかあったりする?」