プロローグ
「・・・・・んぁ?」
ガタガタと音を立てて揺れる荷車の中で間抜けな声が上がる。
寝ていたのは黒目黒髪の男で旅人がよく着る外套に包まっている姿は蓑虫のようにも見える。
声を上げた男は寝転んだ体勢から体を起こし周りを確認する。そして、自分がなぜ馬車の荷車に乗っているのかを思い出す。
男は包まっている外套を脱いで大きく上に腕を伸ばし、その状態から数秒すると力なく腕を下ろした。
「あ~なんか、すっげぇ背中いてぇ」
多くの荷物が詰まれた中の狭い隙間に体を入れて寝ていたためか体が固まってしまったらしい。
男は荷物の隙間を四つん這いの状態で進み、荷車に被せてある布の間から御者の席に顔を出す。
「おっちゃん、おはよう」
「おはよう、レアル君やっと起きたんだ。おはようって言ったけど、もう昼だよ?」
「あれ?俺そんなに寝てた?」
レアルと呼ばれた青年の問いかけに御者は「寝てた、寝てた」と頷きながら答える。
「ハハハ、俺が寝てる間何もなくてよかった」
「いや、良くないよ。何かあったとき起きてくれてなきゃ困るからね」
御者はレアルのことをジト目で見つめるが男は飄々とした様子で受け流す。
「それで、もう着いたのか?」
「もうすぐだよ。ほら、見えてきた」
御者は迫ってきた目的地を見る。レアルもさらに顔を出して見る。
その先に見えるのは大きな城だ。
山形になった地形の頂点辺りに城が建っており、その周りには石造りの町並みが広がっている。
石造りの町を囲うようにして強固な壁が立って、その壁の外側には木造の建物が立ち並んでいた。
「あれがエールトリス王国の王都、ラフェードだ」
御者はレアルに対して少し自慢げに説明した。
レアルの方も別に首都の名前を知らないわけではなかったのだが、気にすることもなかったので何も言わないで置くことにした。
「ん、なんか門のところに集まってるみたいだけど、何やってんの?」
「いや、それこの前説明したでしょ」
「え、そうだっけ?」
「はぁ、いいかい。毎年この時期はどこの村も収穫祭が終わって、ある程度蓄えが増えるんだ。国に収める分の税を引いてもね」
「うんうん」
「蓄えをそのまま保存しておくこともできるけど、稼ぎの少ない人とかは余った分を王都とかで高く買ってもらって生活費を稼いでいるんだ」
「なるほど」
「それに他の国からの貿易品も多いから市場では一種のお祭り騒ぎみたいになってるんだよ」
「へぇ、おっちゃん物知りだな」
レアルは御者にわざとらしく相槌を打ちながら話を聞いた。
御者はレアルに褒められて少し照れくさそうにする。
「これでも毎年出稼ぎに来てるからね。去年、娘が一人生まれたからいっぱい稼がないといけないんだ」
「そりゃ、大変だねぇ」
そういいながら男は近くにあった木箱から林檎を取り出して齧り付く。
「レアル君、それ僕のところの商品だよね。何で勝手に食べてるの?」
「いや、だって腹減ったし。一個くらいいいじゃん」
「良くないよ!そうやって昨日も食べてたじゃないか!!」
「じゃあ、後で金払うからさぁ」
男は悪びれる様子もなくどんどん林檎を食べていく。
その様子を見て諦めたのか御者は何も言わなくなった。
林檎を全て食べ終えるとレアルは一息ついた。
「それじゃ、王都に着いたらまた起こしてくれ」
「まだ、寝るの!?」
◇◆◇◆◇◆
「おっちゃん、ありがとな」
「こっちも一応護衛してもらってありがとうね」
門をくぐったところでレアルは御者に起こされた。
「今更だけど、君って荷車で寝て商品の林檎食べてただけだよね?」
「いやいや、そんなことないって。ちゃんと襲ってくるやつがいないか気を配りながら寝てたよ?」
「また、そんな・・・まぁいいや。ところでレアル君はなんで王都に来たの?」
御者は途中で文句を言うのをやめて別の質問を投げかけてきた。
「あれ、言ってなかったけ?人に呼ばれたんだよ」
「王都に知り合いがいたんだ」
「いや、王都につうか呼ばれたのがたまたま王都だったてだけで一年中どこにいるのかも分からないやつだしな」
「その人は商人なのかい?」
「いや、全然そんなんじゃないから」
御者は商人ではないと言われて頭に疑問符を浮かべる。レアル本人もその知り合いのことについては良く分かっていなかったりするのだ。
「まぁ、早く会えるといいね」
「正直俺は全然会いたくないんだけどな」
「じゃ、何でここに来たのさ!?」
「来なかったら来なかったらで面倒だったから仕方なくだよ」
レアルは来なかったときのことを思い浮かべて少し顔が青ざめた。どうやら、過去にその人物と何かあったらしい。
「そ、そうなの?それじゃあ、もう僕は行くよ」
「おう、商売がんばってな~」
レアルは気の抜けた返事で御者を見送る。
御者は軽く手を振った後馬車を進めて人ごみの奥へと消えていった。
馬車を見送ったあとレアルは外套を着込む。
よく見ると外套は埃一つついておらず、かなり上質な素材で作られたものだった。
「本当にお祭り騒ぎだな」
レアルは賑やかな大通りを見渡す。
多くの商店や露天が顔を出して活気強く声を上げている。王都に来たものもそれに混じって観光を楽しんでいるようだ。
『何を呆けているのだ』
すると突然頭の中に声が響く。艶のあるどこか幼さが残る声。
「別に呆けてなんかねぇよ」
俺は響いてきた声に対してすぐさま反論した。
『そうか。なら、この風景を見て懐かしむところでもあったのか?』
「違うっていってるだろ。ここに懐かしむ景色なんてあるわけないって」
話を聞かれるのが厄介だったのでレアルは小声で言ったが、普通の声でしゃべっても周りの喧騒にかき消されてしまうだろう。
「とりあえず、とっとと用件済ませて俺も観光でもしてみようかなぁ」
『そうだな。私も流石に一週間何もしなかったのは退屈で仕方がなかった』
「そりゃ、悪かったな」
会話が途切れるとレアルはゆっくりを大通りの道を進み始めた。