第三話
あれから数日が経ち、舞たちの日常に変化が訪れた。ある朝、サスペンドが玄関先で一通の手紙を受け取った。差出人はギルドからだった。
「おい、皆集まってくれ」
リビングへ戻ったサスペンドの声は、普段よりも低く、重みを帯びていた。仲間たちの視線が一斉に彼へと注がれる。彼は無言のまま封を切り、硬い紙の擦れる音が室内に響いた。
「……本日付けで『魔王より宣戦布告あり。ギルド所属者は城へ向かい討伐すべし』とのことだ」
その場の空気が一気に緊張感に包まれ、誰もが息を飲んだ。突然の事態にラナートさえも言葉を失っている様子だった。
「魔王からの宣戦布告……」
舞は覚悟を決めたような表情を見せ、魔法束を握りしめた。
ラナートはしばらく沈黙していたが徐々に落ち着きを取り戻すと口を開いた。
「とりあえず準備を始めましょう。武器も食料も必要だし……何より作戦を立てないとね……
みんな怪我しないように気を付けてね」
そう言って彼女は資料集めのために自室へ戻って行った。残された二人はしばし無言だったがやがて舞が静かに口を開いた。
「行きましょう、サスペンドさん。私たちの使命ですから……」
サスペンドも同意し二人はそれぞれ準備を整え、魔王城へと向かうことになった。
森は静寂に包まれていた。風もなく、鳥の声すら途絶えたその空気は、まるで世界が息を潜めているかのようだった。だが、その静けさの奥底に、確かに何かが蠢いている。目に見えぬ不穏な気配が、じわじわと二人の背筋を這い上がってくる。
「待て」
サスペンドが低く呟き、足を止めた。剣を抜き放つ音が森に響き、張り詰めた空気をさらに鋭くする。彼の眼差しは闇を裂くように前方を射抜き、獣のような警戒心が全身を覆っていた。
「何か来るぞ」
その声に応じるように、舞も魔法束を握りしめる。指先に集まる魔力が微かに震え、緊張が彼女の呼吸を速める。
やがて、木々の影が揺れた。黒い影が森の奥からゆっくりと歩み出る。姿を現したのは、一人の男。細身でありながら異様に長身のその体躯は、闇に溶け込む黒い外套に包まれている。肩には常人では扱えぬほど巨大な鎌が担がれていた。
「貴様ら、主様の城に近づくとは愚かなり」
男は低い声で言い放つ。その態度から漂う威圧感に舞は一瞬たじろぐがすぐに気を持ち直す。
「我が名はタブラ。新たな魔王に仕える者だ」
タブラはゆっくりと鎌を構え、戦闘態勢に入る。
「ここから先へは進めさせぬ。覚悟しろ」
サスペンドは冷静に状況を判断しつつ剣を握り直す。
「行くぞ舞!」
「はい!」
二人は息を合わせてタブラに向かっていく。
「ふん……人間ごときが……!」
タブラが冷笑を浮かべながら鎌を振り上げる。鋭い刃が太陽を反射し煌めく。
同時に風を切る音が聞こえたかと思うと目の前に迫ってきていた。
「舞!右だ!」
サスペンドの声に従って慌てて回避するが髪の毛が僅かに切られる感触があった。
そのまま背後からの攻撃をかわすために前方へ飛び込み転がりながら距離を取る。
「はぁっ!」
舞は体勢を立て直すと再び舞踏を開始する。魔法束が柔らかく光を放ち始め、彼女を中心に空気が震える。
サスペンドは素早くタブラとの間合いを詰め剣を振るう。鋼鉄同士がぶつかり合う激しい音が響き渡る。
タブラの鎌捌きは流れるように滑らかで、サスペンドの剣戟をいとも簡単に受け流していく。
一進一退の攻防が続く中、舞の魔力が徐々に高まっていくのが感じられた。
「サスペンドさん! 下がって!」
舞の声に反応しサスペンドは瞬時に後方へ跳躍する。それと同時に舞の全身から金色の光が放射される。
「雷よ! 轟け!!」
彼女の叫びと共に上空に巨大な雷雲が発生し瞬時に稲妻が走る。
タブラは咄嵯に身を捻って回避しようとしたが間に合わず閃光と共に身体を貫かれてしまう。一瞬怯んだ隙を突いてサスペンドが攻め込む。
「はぁぁぁっ‼」
雄叫びと共に放たれた斬撃がタブラの左腕を捉えた。鮮血が飛び散り苦悶の表情を浮かべる。
タブラの表情には初めて焦りの色が浮かんだ。彼は一歩後退すると、左手を押さえながら苦々しく呟く。
「面白い……主様のための力試しとしては十分すぎる結果だ」
サスペンドが追撃しようとするが、タブラは懐から黒い結晶体を取り出し地面に叩きつけた。瞬間、周囲に黒い霧が立ち込め視界が遮られる。
「次会う時は本気で行かせてもらうぞ……小娘」
霧の中から声だけが響き渡り、やがて完全に静寂が訪れる。霧が晴れるとタブラの姿は跡形もなく消えていた。
「逃げたか……」
サスペンドが安堵の溜息を漏らす。舞はまだ興奮冷めやらぬ様子で胸を押さえている。
「大丈夫か?」
サスペンドが舞の様子を伺うように声をかけると彼女は小さく首肯した。呼吸を整えるように深く息を吸ってから答えた。
「なんとか……でもあの人本当に強かったです」
サスペンドも同意見だったようで黙って頷いている。
今回の戦闘で得た情報は多い。特に相手が使う特殊な魔法について注意深く観察できた点は収穫と言えるだろう。
「とにかく急ごう。時間が惜しい」
サスペンドの提案に従い二人は再び足早に進み始める。




