第二話
屋敷に戻った途端、ラナートは目を輝かせて舞に詰め寄った。サスペンドは少し離れたところに立って様子を見守っている。
「ねえねえ、舞ちゃん! あの時の動きってさ、どっかで習ったの? それとも天然? いや~、あの魔法束の使い方はまさに伝説の舞踊魔法そのものでさぁ!」
ラナートの質問攻めに舞は少し戸惑いながらも微笑んだ。
「えっと、実はチアダンスをやってたことがあって……」
「チアダンス⁉ それって書物に載ってる異世界の文化のやつじゃん! もしかして、異世界から来たってこと? どうやって? 誰かが召喚したの?」
「うーん……」
ラナートの質問攻めに舞は言葉に詰まった。自分の記憶があいまいで、自分がなぜここにいるのかさえわからないのだ。
「ごめんなさい、私もよくわからないんです。気がついたら森の近くにいて……」
その答えにラナートは少し考え込むような仕草を見せ、机の引き出しから一枚の古い羊皮紙を取り出した。
「実はね、昔から異世界から人がやってくるっていう噂があるの。だから、もしかしたら舞ちゃんもそんなひとりかもしれないよね。でも不思議だなぁ。もしも、誰かに呼ばれてきたのなら、普通はもっと別の場所に出てくるはずだしなぁ……。まあ、今はそれよりも魔法について話そうよ!」
ラナートは再び好奇心いっぱいの顔つきで捲し立てるように言葉を続ける
「舞ちゃんが使った魔法束での踊り、あれはやっぱり特別だったよ。普通の人じゃあんな風にはできないもん」
「そうですか……なんか、うまく言えないんですけど、踊りながら魔法を使うってすごく自然だったんです。普段のチアダンスと同じように身体が動いてくれて。でも、魔力を使うときだけちょっと意識を集中させなきゃいけなくて」
「なるほどね~。でもそれって逆に凄いことなんだよ。普通の人は魔力を集中させることだけに一生懸命になっちゃって踊ることを忘れちゃうんだから」
ラナートは感心した様子で何度もうなずく。
「それでね! もっと舞ちゃんのこと知りたくなっちゃった。舞ちゃんが住んでた世界のこととか! どんな風景でどんな服着てたとか! そういうのをいっぱい教えてほしいの!」
興奮した様子のラナートを見て舞は少し困惑する。
「私の……世界?」
「そう! チアダンスだけじゃなくてね。他にもあるでしょ? 例えばさ、服とか食べ物とかいろいろと!」
「はい……ありますけど」
舞は自分の故郷である日本について思い出してみるがやはり断片的にしか思い出せない。
「ふむふむ。なるほどねぇ……よしっ! 私、決めた! これからは舞ちゃんがいた世界についての研究をする!」
「えぇ⁉」
あまりにも突拍子もない提案だったので思わず素っ頓狂な声が出てしまった。そしてそれはサスペンドも同じだったようでぽかんとしている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いきなり何を言い出すんだお前は」
サスペンドの制止に対してもラナートは全く怯むことなく続ける。
「だって気になるじゃん! もしかしたらその世界に行ける方法が見つかるかもしれないしさぁ。それにね? これは私たちにとってもいいことだと思うんだよねぇ〜」
そこで一旦言葉を区切ると人差し指を立ててくるくる回しながら続ける。
「例えばだけどね? もし本当に異世界に行ける手段を見つけたらそれはすごく価値のある情報になるわけじゃん? そこでさ! この国の冒険者ギルドに登録して仕事を受けて報酬金を得るの! それを資金源にして研究するって計画なんだよ」
ラナートの意見を聞いて納得する部分もある。しかし問題点も多々あったためすぐに賛同することはできなかった。
「それは確かに魅力的だと思いますが……」
舞は反論しようとするがその前にラナートが遮った。
「大丈夫! ちゃんと協力してくれるって信じてるからさ。だから安心して!」
自信満々といった様子の笑顔で言われてしまうとこれ以上何も言えなくなってしまう。
「分かりました……協力させていただきます」
ラナートに半ば無理やり決められてから数日が経ち、装備を整えた二人はギルドへ向かおうとしていた
「ところでラナートさんは来ないのですか?」
「もちろん私は行かないよ。だって私が行ったところで役に立たないでしょうし、それに何より研究材料を盗まれたり壊されたりするわけにはいかないからね。それに研究施設を空にするのも危ないからね! 誰かが忍び込んで大事な資料を盗んでいくかもだしね」
「確かにそうですね」
舞は苦笑いしながら頷くとラナートは嬉しそうに笑った。
「というわけでよろしく! サスペンドくんもね! 舞ちゃんのことよろしくね!」
「はいはい。仕方ないな……」
サスペンドは溜息混じりに答え、荷物を背負う。
「行くぞ」
「はい!」
こうして舞とサスペンドの二人は屋敷を出発し、町の中央にある冒険者ギルドへと向かった。
石造りの建物が並ぶ大通りを抜け、大きな木製の扉を押し開けるとギルド内は活気に溢れていた。カウンター越しに受付嬢と話す冒険者たち、酒場のテーブルで盛り上がる一団。舞は少し緊張しながらも中へ進む。
「あそこに依頼書が張られている」
サスペンドが壁際を指差す。そこには木札や羊皮紙が掲示されており、冒険者たちが吟味している。
「どれが良いかな……」
舞が覗き込むと、『ゴブリン討伐』『薬草採取』など様々な依頼が目に飛び込んでくる。
「これなんてどうだ?」
サスペンドが一枚の依頼書を剥がす。そこには『氷龍の調査及び捕獲・討伐』と記されていた。
「氷龍? 強そうですね……」
「まあ、初心者向けではないが、お前の魔法なら通用するだろう。それに、報酬も悪くない」
サスペンドは腕を組んで考え込む。舞は魔法束をぎゅっと握り締めた。
「……やってみたいと思います!」
「決まりだな」
サスペンドはうなずき、舞と共に受付へと向かった。受付の人と手続きを済ませたサスペンドは舞の手を取り、ギルドを出て北へと向かった。
「氷龍の巣は北の山岳地帯にあるらしい。気温は低く、足場も悪い。慎重に行くぞ」
「は、はい!」
舞は大きく返事をしながらも内心では不安を隠せなかった。氷龍という名前だけで強さが想像できる。しかし同時に、自分の魔法がどこまで通用するのか試したい気持ちもあった。
数時間歩いた先、視界が開けると巨大な洞窟の入り口が現れた。冷たい風が吹き抜け、凍りつくような寒さが二人を襲う。
「ここか……」
サスペンドが低く呟く。
「い、行きましょう!」
舞は魔法束をしっかり握りしめ、一歩前に踏み出した。
洞窟の中は暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。壁に沿って灯された松明の光がゆらゆらと揺れ、時折水滴が落ちる音が響く。
「滑らないようにな」
サスペンドが先導する。舞は慎重に足元を確認しながら進む。
しばらく進むと、広間のような場所に出た。天井からは巨大な氷柱が垂れ下がり、床には薄氷が張っている。
「……いた」
サスペンドが低い声で呟く。前方の暗闇から、青白い鱗を持つ巨大な龍が姿を現した。鋭い牙と爪、冷気を纏う翼が威圧感を放っている。
「あれが……氷龍……」
舞の声がかすれる。サスペンドは剣を抜きながら冷静に指示を出す。
「準備はいいか?」
「はい! 魔法束を持って……深呼吸……」
舞は目を閉じ、精神を集中させる。魔法束が淡く光を放ち始めた。
「行きます!」
舞は魔法束を高く掲げ、踊り出す。優雅でありながら力強い動きに合わせて、光の粒が空中に舞い散る。まるで小さな妖精が踊っているかのようだ。
「ぐおおぉっ!」
氷龍が咆哮し、吐息に混じる冷気が刃のように空間を切り裂く。その双眸が鋭く舞を射抜いた。
「下がれ!」
サスペンドが警告を発するが、舞はすでに次のステップを踏み出していた。
「捕えよ!」
舞が魔法束を振り下ろすと、光の網が出現し氷龍に絡みつく。氷龍はもがくが、光の糸がその巨体をしっかりと拘束する。
「サスペンドさんっ!」
舞の声が響き、サスペンドが剣を構え、飛び掛かる。鋭い一撃が氷龍の胸元を貫き、氷龍の悲鳴が洞窟に響き渡る。サスペンドは素早く後退し態勢を整える。
断末魔の叫びをあげて氷龍は崩れ落ちる。冷気が急速に消え去り、洞窟内が少しずつ温かくなっていく。
「はぁ……はぁ……」
舞は荒い息を吐き、膝をつく。初めての実戦で魔法を解き放った疲労が全身を覆い、額から汗が滴り落ちる。
「よくやったな」
サスペンドが静かに舞の肩へ手を置いた。その掌の重みは、戦い抜いた者だけが分かち合える確かな温もりだった。二人の間に、張り詰めていた空気がほどけ、達成感と安堵がゆるやかに広がっていく。
「やったんですね……」
舞は息を切らしながらも、かすかな笑みを浮かべた。疲労に覆われた顔に、ほんの一瞬だけ光が差す。
「……君たち、すごいねぇ~」
背後から響いた声に二人は反射的に身構える。洞窟の入り口から一人の女性が歩いてくる。背丈は180cmほどあり、筋肉質な体格。腰には巨大なハンマーを携えている。鋭く後ろへ撫でつけられた髪と鋭い眼光が威圧感を放っている。
「誰だ?」
サスペンドが警戒して問う。女性はハンマーを置いてニヤリと笑みを浮かべる。
「私はナガーラ~。魔王様の使いよ~」
『魔王』という言葉を聞いたサスペンドは混乱したが、ナガーラは構わず楽しそうに説明を続ける。
「その方がねぇ~、王都の人々を襲撃するように~、って私に命じたの~。だからねぇ~。あなたたち~、ここで死んでもらうよ~!」
彼女のハンマーが唸りを上げて振り下ろされる。舞は咄嗟に魔法束を構え、防御魔法を展開するが衝撃を完全には受け止めきれない。
「くっ……!」
舞の体が数メートル後方に弾き飛ばされる。サスペンドは素早く動いてナガーラの追撃を阻止する。
「舞、下がれ!」
サスペンドの剣とナガーラのハンマーが激しくぶつかり合い、金属音が洞窟内に響き渡る。
「あなたたち~なかなかやるわね~」
ナガーラが不敵に笑い、サスペンドに攻撃を続ける。その間に舞は立ち上がり、再び魔法束を握る。
「氷よ、舞え!」
舞の呪文と共に氷の結晶がナガーラの周りに現れる。
「甘いわよ~!」
放たれた氷をナガーラはハンマーで砕く。振り回されるハンマーの隙を二人で連携して攻撃を放つが、決定打は決まらない。
「私が……なんとかします! 目を閉じてください……!」
舞は覚悟を決めた表情で魔法束を高く掲げ、脚を大きく振り上げる。
「はぁっ‼」
舞の声と共に強烈な光が炸裂する。今まで以上の魔力が解放され周囲が眩しいほどの輝きに包まれる。
「なにっ⁉」
舞の目くらましが彼女を襲い、動揺してしまう。その反応を見た舞はサスペンドに合図を送る。
「サスペンドさん、今です!」
「あぁ!」
サスペンドは跳躍して斬りかかる。だがナガーラもただでは済まさない。ハンマーを盾にして防ごうとする。
「まだまだぁ!」
舞はさらに力を込めて踊り続ける。彼女の足元には複雑な模様が描かれた魔法陣が浮かび上がり回転している。
「くぅ、油断したわ。今日はここまでにしておくわ……でも、次は必ず殺すから、覚悟しておくことね……」
彼女は一瞬にして姿を消した。煙幕のようなものを残して去っていったようだ。後に残されたのは静寂のみであった。
「なんとか……退けたみたいですね……」
舞は膝から崩れ落ちるように座り込む。肩で息をしている状態だ。
「ああ……だがまだ油断できないな……」
サスペンドもまた疲労困憊といった様子である。二人共無傷では済んでいないようだ。体中の痛みを感じつつも生き延びたことに安堵する気持ちの方が大きいかもしれない。
「とりあえず、帰りましょうか……」
「そうだな、それがいいだろう。」
舞が疲れきった表情で言うと、サスペンドも同意し二人はその場を後にするのだった。
ギルドで氷龍の依頼を報告すると、舞とサスペンドは疲れた体を引きずりながら、ラナートの屋敷へと戻った。
「戻ってきたぞ」
玄関のドアを開けるなり、ラナートの元気な声が二人を迎えた。
「おかえり~! どう? どのくらいもらえた?」
目を輝かせながらラナートが尋ねると、舞はニコッと笑って革袋を取り出した。中からは数枚の銀貨が出てくる。ラナートはそれを見て目を丸くした。
「わぁ~すごいじゃない! これなら十分研究費用として使えるわね!」
「……一つ報告したいことがある」
「えっ? なになに?」
彼は鋭い目をラナートに向ける。ラナートは革袋を机に置き、興味津々に身を乗り出す。
「氷龍の討伐中、魔王の使いと名乗る女に遭遇した。いわく魔王が新しく即位したらしい……」
ラナートは一瞬言葉を失ったが、すぐに立ち上がって本棚の方へ向かった。彼女は分厚い本を引っ張り出し、ページをめくり始める。
「えっ⁉ うそだ……そんなはずない‼ ……あっ、舞ちゃんには言ってなかったっけ。魔王というのは数百年単位で復活することが確認されているの。前回の魔王は数年前に勇者様に討伐されたばかりで……こんな短期間で復活するのはありえないんだけど。……もしかしたら何か別の要因があるのかもしれないわね……」
彼女は深く考え込んだ後、笑顔を繕い 二人に向き直った。
「この件については私が詳しく調べておくわ! 二人はひとまず休んでちょうだい」
ラナートは力強く宣言すると部屋の奥へ消えていった。




