モモ肉が腐ってしまいそうだ
小鬼が振り下ろした棍棒を、〈ユウキ〉は盾の角度を上手く調整して、受け流すことに成功した。
ブルブルと手を震わせながら盾を構えていたけど、衝撃が来る瞬間は、目を見開いて小鬼の動きを見てやがった。
子供なのに見事なものだ。やっぱり才能があると思う。
ただ見事過ぎると言うべきか、体がかなり遠くまで飛んでしまっている。
自分で後ろへ跳んだのかもしれないが、どっちにしても空中にいる時間が長いのは、良い事じゃない。
その間は逃げることも、攻撃するとこも叶わないからな。
相手の小鬼が呆けたように、ただ見ていてから良かったが、賢い敵ならこうはいかない。
俺は賢くてズルいと自認しているから、後ろからそっと忍び込んで、首をガっと刺してやった。
お人好しと言われたこともあるけどな。
「へへっ、作戦がバッチリ決まったね」
「おぅ、そうだったかな。 そうしておくか」
〈ユウキ〉は二人の連携がはまったと言いたいのだろう。見た感じはそうだけど、かなり違うと思うな。
「そうだよ。 僕は盾を上手く使えただろう」
「〈ユウキ〉は頑張ったよ。 今日は良い肉を食べるとするか? 」
「おぉ、良いね。 柔らかい肉が食べたいな」
俺が作る〈煮込み〉には、いつも硬い筋肉を使っている。安いし良い味が出るからだ。
〈ユウキ〉が恐怖を克服出来た、記念すべき日なんだから、ちょっと贅沢をしてみよう。
日常に変化を、たまにつけるのは良い事だと思う。攻撃でも何でも単調は良くないんだ。
市場で塊のモモ肉を買い、宿へ帰る途中で、親子の物乞を見かけた。
大火傷で顔半分が焼けただれている母親と、まだ幼い女の子みたいだ。
物乞はそれほど珍しい存在じゃないが、俺と〈ユウキ〉は、その親子から目が離せなくなった。
理由はなんだろう。
大きな火傷が目を引いたのか、女の子が汚いくせに真直ぐ立っていたからか。
母親は顔だけじゃなく、体の方まで焼けただれているようだ。皮膚がゴツゴツといびつになっている。色も気持ち悪い赤黒い色へ変わっている。
女の子は母親と同じく薄汚れた体で、服はボロボロなんだが、まだ目が死んでいない。
下を見ないで、前を向いている感じがする。
ただし今の状況は最悪に近いものだ。町のチンピラに絡まれているぞ。五人はいるようだ。
道行人は足早に通り過ぎていく。
関わりになりたくないのだろう。
物乞いの親子がどうなろうとどうでも良いのだろう。
ごく普通の反応だと思う。だけど俺は昔の記憶を思い出してしまった。
このチンピラ達は、女の子を攫おうとしているんじゃないか。同じ孤児院にいた女の子が悪いヤツに連れ去られたことがあったんだ。
子供だった俺は大人になってから、その目的が分かってしまった。きっと変態の金持ちに売られたんだ。幼い女の子はおもちゃにされてしまうんだ。
反吐を吐きそうになる。
胸糞が悪い話だ。ごちそうのモモ肉が腐ってしまうよ。
「〈おうさん〉助けてあげてよ。 お願いだ」
〈ユウキ〉が俺にねだってきた。
〈ユウキ〉が俺にねだった事があったかな、あったかも知れないが、こんな必死にねだった事はないはずだ。
嬉しくなってしまうな。ごちそうのモモ肉が腐らなくて良かった。
この親子を見捨ててしまったら、ごちそうは砂の味しかしない。ジャリジャリといつまでも口の中に残ってしまう。そうなるに決まっている。
「へへっ、言うまでもないさ。 今、どうしてやろうかと作戦を練っていたんだ」
「あははっ、〈おうさん〉良いね。 サクッとやっちゃおう」
「こら、チンピラだけど、サクッってなんか言ったらダメだぞ。 戦いは集中だろう」
「あっ、ごめん。 油断大敵だよね」
「分かったのなら、さあ、行くぞ」
「わ・た・し・た・ち・は・い・き・ま・せ・ん」
物乞の親子に近づくと、たどたどしい言葉が聞こえてきた。母親の口は火傷のために上手く動かせないらしい。
それでも不快感は俺にまで伝わってくる。母親は心の底から怒りを覚えているようだ。
連れて行かれれば、娘の人生が地獄になってしまうのを理解しているんだな。
たどたどしい言葉なんだけど、一歩も引いかない、全てをかける決意が伝わってきた。
そうだ頑張れ、と応援したくなる。今直ぐ行くから待っていろよ。
「絶対に行きません。 ここを離れません」
薄汚れた女の子もハッキリと拒絶しているぞ。一緒にくれば、美味しい物を食べさせて、綺麗な服を買ってやるとでも、チンピラは言ったのだろう。
「こら、お前ら、何をしているんだ」
「ひどい事をするつもりだな。 僕は許さないぞ」
俺と〈ユウキ〉は、カッコ良く登場したつもりだったが、物乞の親子とチンピラ達はなんだコイツらって顔で俺達を見てくる。
チンピラ達は良いとして、物乞の親子の反応がとても辛い。助けに来たのが信じられなくて吃驚仰天していると思いたい。
「なんだ、てめぇらぁは。 俺達は仲良くお話をしているんだ。 邪魔をするな」
チンピラ達の兄貴分なんだろう。俺と同じくらいの年の男が、定番のセリフを吐いてくれる。
「違います。 仲良しじゃありません」
薄汚れた女の子がピシャリと反論しているな。すごくしっかりした子だけど、勇気があると言うより怖いもの知らずじゃないかな。
「あー、なんだと、このメスガキが、黙っていろ」
チンピラの一人が、薄汚れた女の子を殴ろうと拳をとばしたところを、〈ユウキ〉が盾で防いでいる。
飛ばされもしないで、両足でグッと地面に立ち、女の子を守っている。
「おぅ、〈ユウキ〉、やるな」
「へへっ、小鬼に比べれば、こんなの朝飯前だよ」
そうだよな。魔物は人間とは違う生物だ。異物なんだ。
化け物だからな。まがまがしさが全然違っている。
チンピラでも人間だから、異物だとまでは言えない。
チンピラは根源的な恐怖じゃないんだ。それに物理的な筋力も違っている。
小鬼の半分以下だな。
んー、このチンピラ達なら四分の一かも知れない。




