しぶとく二人で生き残ろうぜ
少しの時間、小鬼と〈ユウキ〉は見詰め合っていた。
そして、ニヤリと口を歪ませた小鬼が、跳び上がりながら〈ユウキ〉を目がけて、棍棒を上段から振り下ろす。
〈ユウキ〉はガッと盾で受けたのだが、力に負けて、吹っ飛ばされてしまった。
ドッと仰向けに背中を迷宮の床に叩きつけられたんだ。
盾は手を離れ、遠くに飛ばされている。
体重が軽すぎたし、筋力も足りていなかったんだ。
小鬼は、叩きつけられた〈ユウキ〉を目がけて、再度、棍棒を上段から振り下ろそうとしている。
「うわぁぁ、死にたくないよ。 〈おうさん〉、助けて」
「ちっ、待ってろ。 今直ぐ行くぞ」
俺は最初から何かあれば助けるつもりの態勢でいたから、一瞬のうちに背後から小鬼を突き刺し、剣を腹まで貫通してやった。
俺の方が断然強いのに、それを無視して弱い〈ユウキ〉にかかっていった報いだ。
小鬼の知能はお粗末だな。
ただ〈ユウキ〉を危険な目に遭わせた、俺も同じくらいお粗末だと思う。
「ふぅ、助かったよ。 もうダメかと思った」
「大丈夫か、〈ユウキ〉。 痛いところは無いか? 」
「うん、平気だ。 少し背中が痛いだけだ。 でもまた漏らしちゃった。 はぁー、恥ずかしいな」
「そうか。 でも怪我ない方が百倍良い事だ」
「まぁ、そうかもね」
「よし、今日はもう帰ろう。 おぶってやるよ」
「えっ、背中がおっしっこで濡れちゃうよ」
「ははっ、気にするなって、そんなの洗えば良いんだ。 自慢じゃないけど、雑用だった五年間は毎日洗濯をしてたんだぞ。 洗濯の達人と呼んでくれても良いぞ」
「あはは、達人はすごいね。 僕もなれるかな」
遠慮している〈ユウキ〉を俺は強引に背負ってやった。背中はじんわりと濡れてくるが、それはお粗末な俺へのバツだと思う。とても軽いバツだ。
「うーん、洗濯の達人か。 それは厳しい道なんだぞ。 これからの冬が一番大変なんだ。 手が痛くて泣けてくる悲惨な道なんだぞ。 それでもお前はそれを選ぶのだな」
「えぇー、脅かさないでよ。 〈おうさん〉は、僕をからかっているんだね」
「ははっ、少しはな。 ただ冬が辛いのは本当のことだ。 んー、〈おうさん〉って、俺のことなのか? 」
「へへへっ、そうだよ。 〈おうさん〉はいつも〈おぅ〉って言うから、〈おうさん〉なんだ」
「ふーん、そうかな。 まあ、良いか」
「あははっ、良いんだよ。 〈おうさん〉の背中はすごく大きいから、良いんだよ」
「なんだよ、それは。 意味が分からんな」
「ふふっ、意味なんて、どうでも良いんだ」
〈ユウキ〉は激しい緊張の後、今は安心出来たせいだろう、俺の背中で寝てしまいやがった。
軽いな。
〈ユウキ〉は信じられないほど軽い。
これじゃ小鬼の棍棒を受けられるはずなんか無い。
まだ子供なんだと思う。当たり前だよな。まだ十年しか生きていないんだ。
ふぅー、死なせなくて良かった。十五の成人までは、俺が守ってやらなくちゃならない。
宿に帰った後、俺は共同の井戸で〈ユウキ〉の服を洗濯してやった。〈ユウキ〉はベッドで寝ていると思う。
部屋に帰ると〈ユウキ〉は部屋の中で、色々な角度で盾を構えていた。今日の反省をしているようだ。
今日の出来事で魔物が怖くなり、迷宮へ潜れなくなる可能性も大いにあったから、俺は正直ほっとした。
迷宮に潜れなくなった〈ユウキ〉を、俺はどうにも出来ない。迷宮を探索するしか能がない男だからだ。俺は。
「へへっ、ありがとう」
「良いってことよ。 それより、盾の練習をしてたのか? 」
「うん、僕は軽いから、まともに受けちゃいけないんだと思う」
「へぇー、〈ユウキ〉は賢いな」
「そうかな、へへっ。 夕食まで時間があるから、背中を拭いてあげるよ。 僕のおっしっこで濡れたでしょう」
「そうだな。 頼むよ」
〈ユウキ〉は濡らした布を絞って、俺の背中をゴシゴシと拭いてくれる。
だけど、布の絞り方が甘くてドボドボになっている。拭き方も弱いから、くすぐったくなってしまう。
まだ握力が弱いんだ。それなのに今日は命をかけたんだな。
「おぅ、もうそれぐらいで良いぞ。 今度は俺が拭いてやるよ」
「うん、だけどね。 〈おうさん〉は力が強いから、痛いんだよ。 優しくしてよね」
「そんなに力は込めていないよ。 ほら、これくらいなら良いだろう」
「うわぁ、まだ痛いよ。 もう、バカ力なんだから」
「そうかな」
「そうだよ。 僕も〈おうさん〉みたいに力が強くなりたいな」
「ははっ、十年後にはなれるさ」
「えぇー、十年もかかるのか。 間に合わないよ」
「ははっ、どんな計算をしているんだ。 十年経ってもまだ二十歳だろう」
「そうなんだけど、待ってくれるかな」
「俺は待てるから心配するな」
「へへへっ、〈おうさん〉が待ってくれるなら、まあ、良いか」
俺と〈ユウキ〉は、いつもの〈煮込み〉を食べた後、直ぐに眠った。
二人とも今日はすごく疲れていたからだ。体よりも心が疲れていたと思う。
「怖いよ。 勇者なんか嫌だ。 〈おうさん〉助けて」
〈ユウキ〉がまたうなされている、小鬼に殺されそうになったんだ、怖いのは当たり前だ。
俺は他に思いつかなったから、〈ユウキ〉を抱きしめて、こう言ってやった。
「助けるに決まっているだろう。 ずっと〈ユウキ〉を助けるよ。 だから安心しろ」
明日はどう風が吹くか知らないけど、しぶとく二人で生き残ろうぜ。
それが人生に勝つってヤツだ。
次の日も〈ユウキ〉は革の盾を持つといって聞かなかった。
「体がもう少し、大きくなったからの方が良いぞ」
「それは良くないんだ。 今直ぐにもう一度しなくちゃならないんだよ」
「でもな」
「嫌な気分を、そのままにしちゃいけないんだよ。 〈おうさん〉も知っているだろう」
「そうか。 やるなら、そのまま受けちゃいけないぞ」
〈ユウキ〉の言っていることは、俺にも良く分かる、負け犬のままじゃいけないって事だ。
このままじゃ負け癖がついてしまうし、恐れを克服出来ない弱い心になってしまう。
小鬼につけられた恐怖は、小鬼でしか上塗りが出来ないと言いたいのだろう。
ただし、小鬼は最弱の魔物のだから、豚鬼でも出来そうな気もするが、それは野暮だから言わないでおこう。




