〈ユウキ〉も俺も変なヤツだ
「もう、笑わないでよ。 僕は必死なんだからね」
宿にある共同の井戸で、俺はスルスルと水を汲み上げて、裸になった〈ユウキ〉の頭からザブンとかけてやった。
〈ユウキ〉が張り切り過ぎて、手が上げられないほど疲れていたからだ。
「ひゃぁ、冷たいよ。 でも気持ちが良いな」
「ははっ、もっとかけてやろうか? 」
「うん、もっともっとかけてよ」
また水を汲み上げて、頭からザブザブとかけてやった。
〈ユウキ〉はキャハハッと大きく笑い、すごくはしゃいでいる感じだ。
あははっ、まだまだ子供の心を残しているんだな。
俺もなんだか楽しくなったから、何回もかけてやった。〈ユウキ〉は裸でぴょんぴょん飛び跳ねて、二人の笑い声は太陽の日の中でいつまでも途切れない。
何が面白いんだろう。〈ユウキ〉も俺も変なヤツだよ。
「お父さん、僕にもアレをやってよ」
同じ宿に泊まっている親子が、井戸の横を通りかかった。
じっと子供が見ていたな。楽しそうに見えたんだろう。
「〈ユウキ〉、もう良いか。 共同の井戸だから、もう代わるぞ」
「うん、あははっ、楽しかったね」
代わってあげた父親の方は、俺を迷惑そうに見ている。こんなことを、やりたく無かったって顔をしているな。
でもそれはそっちの問題だ。こっちの知ったこっちゃじゃねぇ。
それからもしばらくは、朝の練習の後は、井戸で水浴びをするのが恒例となっていた。
たけど、〈ユウキ〉の訴えでもう止めることになった。
「うぅ、もう冬が来たよ。 もう寒くて凍えちゃうよ」
秋が終わって一段と寒くなった日の出来事だったな。
「ははっ、そりゃそうだ。 こんなに寒いのに水をかぶっているのは、修行中の聖職者しかいないよ。 どうして言わなかったんだ」
「それが不思議なんだけど、今日までは寒く無かったんだ。 楽しかったからかな」
「そうなのか。 まあ、寒いから止めよう。 これからは部屋で体を拭くことにしよう」
「うん、そうだね。 僕が背中を拭いてあげるよ」
受付嬢の〈ユヒカ〉は、前みたいに親しく話してくることは無くなったが、事務的だけど依頼はちゃんと教えてくれる。
俺と〈ユウキ〉は二階層を回って、毎日、小鬼を狩っている。
狩る数は日に日に増えていき、今では十五匹も狩っている。〈ユウキ〉の魔石をとる速度が早くなったのが大きな要因だ。
稼ぎはまあまあであるけど、小鬼を狩るのも飽きてきたな。
ただ三階層は豚鬼が出没するし、豚鬼と小鬼が同時に現れる場合もたまにはある。その場合は俺一人じゃ対応出来ないと思う。
だからと言って、パーティーメンバーを増やす当てはないしな。
普通は、若い初級冒険者をどこかのパーティーから引き抜くのだけど、俺は変わり者だと評判らしいので、誰も引き抜かれそうにないんだ。
飲み会にも参加しないで、寝る事を優先していたツケが回ってきた感じだ。パーティーを離れて個人的に親しい若者がいないんだ。
後でベテラン中級者に聞いたら、中級になれそうだったら、なる前に引き抜ける若者を作っておくそうだ。当たり前だろうと呆れていたな。
そう言えば、パーティーメンバー以外じゃ、同じくらいの年齢で固まって飲んでいたな。
愚痴を言い合う以外に、有益な情報を交換していたのかも知れないな。
だからと言って、今から若者を飲みに誘う気にもなれない。俺はそんなのが苦手なんだ。
しょうがない。次善の策を考えよう。
うーん、かなり危険だけど〈ユウキ〉に盾を持たせてみようか。
「おぉ、やるよ。 魔石とりばかりじゃ、嫌になっていたんだ」
〈ユウキ〉は目を輝かせてやる気に満々だ。こいつには怖いという感情はないのか。言い出したのは俺だけど、呆れてしまうよ。
「簡単に言うけど、とても危険なことなんだぞ。 三階層に降りれば、豚鬼と小鬼が同時に出るんだ。 〈ユウキ〉は小鬼の攻撃を盾で防ぐことになるんだぞ」
「聞いたから知っているよ。 僕の力じゃまだ攻撃が弱いから、守りだけをするんでしょう」
それは俺が言ったことだ。十歳の子供の力じゃ小鬼の皮膚を切れても、肉を切ることや、骨を叩き折ることは出来ない。
だから防御に徹して、俺が加勢に来るまで耐え抜くって作戦だ。
でも、かなり危険だと思う。なんとかなりそうとも思うが、あっさりやられるかも知れない。
「うーん、一度試してみよう。 ダメでも、気にするなよ。 ダメなら次の方策を考えれば良いんだ」
「うん、分かったよ」
俺はいい加減な男だよ。
確証もないことを思いつきで試そうとしている。それに次の方策は何も無いのだからな。
もっと人と話して、仲良くなっておくべきだったな。もう遅いけど大切なことだったんだ。
店で軽めの革の盾を買い、一階層へ潜っていく、もちろん盾は〈ユウキ〉が持っている。
盾を構えながら歩いている〈ユウキ〉は、ふん、と鼻を鳴らして張り切りっているのが、横を歩くだけ良く分かる。
この作戦が上手くいけば良いと、心の中で俺は何かに祈っている。〈ユウキ〉が怪我をしなければ良いなと。
「おぅ、小鬼が来たぞ。 盾で棍棒を受けてみろ」
「うん、やってみるよ」
本物の小鬼を見て、さすがに緊張しているな。少しビビッている気もする。
頭の中の想像と現実は、かなり違っているもんだ。
匂いもあるし、息づかいも聞こえてくる。空気がピーンと張り詰めて、これから命のやり取りが始まるんだ。日常じゃないことが幕を開ける。




