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棍棒の範囲に入る怖さ

 「ひぁ、すごいよ。 カッコ良いな」


 「ははっ、俺なんか、たいしたことは無いよ。 相手は最弱の小鬼(ゴブリン)だぞ」


 今度は〈ユウキ〉の股間は濡れてはいなかった。

 ははっ、おしっこを先にした甲斐(かい)があったな。

 それにしても乗せるのが上手いヤツだ。褒められた記憶がほとんどない俺は、簡単に良い気分になってしまう。


 ちょろいヤツだと自分でも思うよ。

 〈ユヒカ〉にケチをつけられて嫌な気分になっていたが、その感情がどこかに吹っ飛び、楽しくなってしまった。


 〈ユウキ〉は恐る恐る小鬼(ゴブリン)に近づき、魔石をほじくり出そうと短剣を腹に刺したが、(あふ)れ出した内蔵を見て、ゲーゲーとゲロを()き出している。

 匂いとウニュウニュとした内臓の見た目にやられたんだろう。朝食べた〈煮込み〉を全て吐き出そうとしている。


 もったいないと思うが、死体が怖くて(さわ)れなかった俺よりもマシか。

 そうでも無いか、俺は食べた物を吐いたりはしなかった。

 せっかくの栄養を吐き出す選択を俺の体は拒否したんだろう。命がかかっていたら吐いたりしないんだな。


 「〈ユウキ〉、大丈夫か。 苦しくはないか? 」


 「ふぅ、情ないよ。 思っているようには、出来ないんだね」


 「そうだな。 現実は厳しくて、汚いものだよな」


 「ほんと汚くて嫌になっちゃうよ」


 「〈ユウキ〉、ほら、水筒の水で口をすすげよ」


 「うん、ありがとう。 もう落ち着いたから、次の小鬼(ゴブリン)にいったら良いよ」


 強がりなんだろうか、〈ユウキ〉はもう自分は大丈夫だと言っている。

 帰った方が良いかと一瞬悩んだが、俺はそのまま迷宮の奥へ進むことにする。


 孤児だった〈ユウキ〉は、迷宮探索に命をかけて、ここで金を稼ぐしかないんだ。

 ゲロを吐いたり、おしっこを漏らしても、進むしかない。泣いたりしても誰も助けてはくれない。

 ゲロをすすいで、股間は濡れたまま、涙をぬぐって、小さな魔石をほじくり出すしかない。


 手やボロい服が、血や内臓の液で汚れても、それは一生懸命に生きる子供の生の(あかし)なんだ。

 濡れても良いじゃないか、汚れてもそれがどうした、俺もそうして生きてきたんだぞ。


 「おぅ、良く言ったな。 ドンドン進んで、小鬼(ゴブリン)を狩ろうな」


 「うん、魔石をとるのは任せてよ」


 任せて言ってたくせに、〈ユウキ〉は一日中空えずきを繰り返している。

 一日くらいでは慣れたりしないよな。


 これじゃとても昼食は食べられないと思い、昼食として用意しておいた固いパンは、俺も食べないでおこう。

 自分だけが食べるのは、違うと思うんだ。


 その代わりに一日中、小鬼(ゴブリン)を狩り、帰る頃にはその数は十匹に達していた。


 「おぅ、そろそろ帰ろうか。 十匹も狩ったから、まあまあの稼ぎになるぞ」


 前のパーティーじゃ散々な成果だけど、探索者一人と雑用なら、こんなもんだろう。中級冒険者ではちょっと情けない気もするけど。


 「ふぅ、疲れたよ。 早く帰って寝たいな」


 「ははっ、寝るのは良いけど、帰りだからと言って気を抜くなよ。 集中を切らしたら、負けてしまうぞ」


 「おぅ、分かったよ。 そうだよ、戦いは集中力だもん」


 〈ユウキ〉が口を真一文字に結んで(こぶし)を固く握っているのは、気合を入れ直しているらしいな、ははっ、素直なのが可愛いもんだ。


 「ははっ、注意しても、反抗しないのが良いぞ。 ウザいことでも、他人の忠告を聞けるヤツが生き残るんだ」


 「えっ、ウザくなんかないよ。 もっと色々教えてほしいんだ」


 〈ユウキ〉とは知り合ったばかりだが、俺を嬉しくさせやがる。前のパーティーの〈光の玉〉では、俺の忠告をまともに聞くヤツはいなかったな。


 みんな年を重ねた大人だったからだろう。同僚の意見に従うのは負けだと思うんだな。

 分かる気がする。みんな今まで生き残った自負心(じふしん)が強烈にあるんだ。俺もたぶんそうなんだと思う。

 でも忠告を聞く勇気って言うか、柔軟さが必要なんだ。俺も気をつけよう。


 ギルドの受付で魔石を換金してもらった。〈ユヒカ〉は黙って処理してくれたけど、その顔は思いに沈んでいる感じだった。

 俺が死んでしまうと思っているのか、けど絶対に死なないぞ。俺は生きてやる。


 迷宮の一、二階層を一月くらい巡回すると、〈ユウキ〉は魔石とりに慣れたようだ。

 今はもう昼食の固いパンを「こいつ、かてぇな」と言いながらも、全部食べられるようになった。

 このパンは本当に固いから、俺も「なんて、かてぇんだ」と声に出してしまう。


 〈ユウキ〉は消化が悪そうな物でも、もうゲロを吐いたりはしなくなった。


 「魔石とりには慣れたから、攻撃をしても良いかな? 」


 雑用の子供が魔物を攻撃したいなんて、初めて聞いたな。普通の子供は魔物が怖いものだ。

 俺もそうだった。体が大きくなった十五歳近くまで、雑用で良いと思っていた。


 前線で戦う初級探索者より、自分の方が強いんじゃないかと、うぬ(ぼれ)れるまではそう思っていたな。


 「驚いたな。 〈ユウキ〉は魔物が怖くないのか? 」


 「うーん、怖いのは怖いよ。 だけど、今も魔物の近くにいるじゃないか」


 〈ユウキ〉は小鬼(ゴブリン)が振り回す、棍棒の範囲に入る怖さを知らないのだろう。

 棍棒が届かない距離と、届く距離が雲泥(うんでい)の差だということを、分かっていないのだろう。


 「そう思うか。 だけどまだ早いな。 うーん、そうだ、朝の練習を変えてみようか。 明日からは少し打ち合ってみよう」


 「ふーん、早いのかな。 でも練習を変えるのは大賛成だよ。 えへへっ」


 〈ユウキ〉がニヤニヤと笑っているのは、俺をコテンパンにしている場面を想像しているのかな、自称勇者だからな。


 〈ユウキ〉は本当に元気な子供だよ。

 大汗をかいて、ぜぇぜぇと肩で大きく息をするまで、俺の木剣に挑んできた。

 今は余裕で交わせるけど、十年後は危ないかも知れないな、あははっ。

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