祈ることしか出来なかった
「〈ユヒカ〉、なにか良い依頼はあるかな? 」
ギルドの受付嬢に依頼の有無を聞いてみる。迷宮探索者なら毎日行っていることだ。
〈ユヒカ〉は俺の二歳ほど年下で、一時的だけど同じ孤児院にいたことがある。
しかし、ギルド長の親友の娘だったらしくて、ギルド長に引き取られ、今はこうして働いている。
孤児院出身者としては、夢のような境遇だと思う、だからだろう〈ラニラ〉は嫌っているようだ。
孤児院では仲が良かったのに。
好きでもない男に、毎日抱かれている自分の運命と違い過ぎるからだろう。
「それが、あまり良いのは無いんだ。 中級探索者が一人で出来るのは、三階層のヒカリゴケの採集くらいね。 知っていると思うけど、三階層からは鬼豚が出るから危険だよ」
迷宮は十回層まであると言われている。
最下層には信じられない、お宝があると言われているが、まだ到達した人はいない。
もちろん、おとぎ話の〈勇者〉は楽々と制覇して、〈神の秘薬〉を持ち帰っている。
俺達には平凡なヒカリゴケでも難しいのが現実だ。世の中はままならないものだよ。
「うーん、どうするかな」
「〈カズン〉、あんた、探索者を引退しなさいよ。 あんたはお酒もあまり飲まないし、頭も悪い方じゃないんだから、〈ザイン〉さんに言ってあげるから、ギルドの職員になれば良いのよ」
〈ザイン〉とはギルドの長の名前だ。娘同然の〈ユヒカ〉が頼めば職員にはなれるのだろう。
だけど俺はそんな気には全くなれない。
ギルドの職員は安全で安定している、とは思うけど、それでは今までの俺の人生が意味を失くしてしまう。
悲惨な雑用から、苦労に苦労を重ねて、やっと中級になったんだぞ
雇ったばかりの〈ユウキ〉も路頭に迷ってしまうしな。
「はぁ、この間やっと中級になったんだぞ。 これから稼ぐんだよ。 何のために今まで死ぬような目にあったんだよ」
「そうよ、だから嫌なの。 探索者は直ぐに、死んじゃうから嫌いなのよ」
「えっ、それはギルドの受付が言う事じゃないぞ。 探索者がいるからギルドは成立しているんだぞ」
「そんな事、言われなくても知っています。 もういい。 〈カズン〉に、その気がない事がよーく分かりました」
〈ユヒカ〉は小柄で普段は可愛い顔をしているだが、今は鬼のような顔で俺を見ている。
俺がなにか悪いことをしたのか、おかしいだろう。
「なにか言った方が良いんじゃない? 」
「はっ、〈ユウキ〉、俺がなにを言うんだ。 俺は悪くない」
「…… 」
〈ユウキ〉は黙ってしまった。子供のくせに呆れているような顔がすごく不愉快になる。
十歳の子供に俺の何が分かるって言うんだ。
俺はそれでも気を落ち着かせてから、一、二階層の小鬼を狩ることにした。
気持ちが乱れているこんな日は、無理をしちゃいけないんだ。
三階層のヒカリゴケの採集は気持ちが充実している日にやろう。
小鬼じゃ少ない稼ぎにしかならないが、今はまだ金に困ってはいない。
俺は飲まないし、博打もしないから、蓄えはある方なんだ。
「朝から〈ユヒカ〉にケチをつけられたが、それはもう忘れて、小鬼を狩るぞ」
「うん、分かった。 戦いは集中だね」
「おぅ、その通りだ。 だから、先におしっこを済ませておけよ」
「ふん、もう漏らしたりしないよ。 けど、しておくね。 戦いは準備も大切だからね」
〈ユウキ〉は、子供のくせに偉そうなことを言っているな。
けど、それがおっしこだから、噴き出してしまいそうになる。
「ははっ、その通りだ。 一杯出しておけよ」
堪え切れずにちょっと笑ってしまった。
真剣な顔で迷宮の壁に向かい、おっしこをしているんだ、そんなの反則だよ。
真剣な顔なのは、これから始まる小鬼との戦闘を思い、緊張しているんだろうな。
恐怖を感じているんだろうな。
俺も雑用の頃はそうだったな。
子供の自分じゃ簡単に殺されてしまう魔物が、目の前にいるのだから、そう感じるのはしょうがない、人間の本能だと思う。
だけど恐怖を克服しなければ、初級探求者にはなれない、いいや、その前に雑用にもなれないんだ。
いつまでも怖がっていた子供が、探求者に見捨てられて、小鬼に食われた場面を見たことがある。
すごくおぞましいものだったな。俺はその子を助けられなかったんだ。
助ける力もその気すら無かったんだ。それは明日の自分だったからだ。
今日の自分が生き残るので精一杯だったんだ。全く余裕が無かったんだ。
手を合わせて祈ることしか出来なかったな。
「おぅ、〈ユウキ〉、小鬼のお出ましだ。 準備は出来ているか? 」
「うん、大丈夫だと思う」
俺は小鬼の腰辺りにある重心を剣で差しつつ、左横に回り込んだ。
小鬼が右手で持っている棍棒を避けるためだ。
俺の動きを追い小鬼がサッと動くが、俺はまた左に動く、それを三回繰り返した後、小鬼の重心が後ろへ移ったのを俺は見逃さなかった。
小鬼の体さばきが稚拙だったのか、足元に窪みがあったのかまでは、分からない。
両方だったのかも知れない。原因はどうあれ、重心が崩れた今が好機だ。
俺は小鬼との距離を素早く詰めて、棍棒を持っている手首に剣をザッと打ち下ろした。
「グギャギャ」
小鬼の甲高く耳ざわりな悲鳴が迷宮に鳴り響く、激痛なんだろうな。
安い剣のため手首は切断出来なかったが、小鬼は剣をとり落として、手首から先をダランとさせている。
手首の骨が折れているに違いない。
俺は悲鳴をあげている小鬼の喉へ、剣を突き立てた。
ゴボっと血をはき前のめりに倒れたのは、俺が喉から剣を引いたからだ。




