剣の才能があるらしい
「心配するなよ、〈ユウキ〉。 俺がいるじゃないか」
俺はお母さんじゃないから、母性も愛情も持ってはいない。
だけど腹一杯食べさせてやるよ。
眠らせてもやるよ。
それで良いだろう。
〈お前なんかに分からない〉とは、決して言わないよ。
それで十分だろう。
だから眠れよ。
そして食べるんだ。
ペコペコじゃ元気が出ないだろう。
俺は男で体もゴツゴツしている。
お母さんみたいに柔らかくは無いと思うけど、抱きしめてやるよ。
俺のお母さんも、一度くらいは、こうしてくれたかも知れないからな。
「おはよう。よく眠れたか? 」
「うん、夢を見たような気がするけど、ぐっすり眠れたよ」
「おぅ、それは良かったな。 昨日の〈煮込み〉が残っているから、食べよう」
「うん、分かった」
一日の始まりは、まず顔を洗い頭をシャキッとさせてから、モリモリと食べることだ。
そうしないと活力が出てこない。
二日酔いで朝食を抜いた、とパーティーメンバーが言っていたが、その日は迷宮の中でフラフラだったな。
特に午前中は精彩を欠いていた。
寝不足もあったらしい。
迷宮探索者は、次の日まで残るほど飲んではいけない仕事だと思う。
ふとした事で死んでしまうんだからな。
それと俺はいつも自炊をしている。
金を払えば宿の食堂で料理を食べることも出来るが、それは良くないと考えているんだ。
安い宿には、どこでも共同の調理場がある。
魔石を使う簡単なコンロしかないが、〈煮込み〉ならそれで十分だ。
宿の食堂は高いうえに量が少ない。
そしてあまり美味しくもない。
俺が泊まっているのは、安宿だからな。
〈煮込み〉を温めるのは、雑用で雇った〈ユウキ〉の仕事だ。
だから俺は一階にある共同の調理場に〈ユウキ〉を連れていった。
「〈ユウキ〉、この小鬼の魔石をコンロに入れて、鍋ごと〈煮込み〉を温めるんだぞ」
「うん、ここに魔石を入れるんだね」
「おはよう。 迷宮探索者なのに自炊なのね」
「おはよう。 ははっ、自炊が一番ですよ」
「ふふっ、作るのは大変だけどね」
たぶん、夫婦で行商をしているんだろう。
中年のおばさんが挨拶をしてくれた。
共同の調理場を使う迷宮探索者は、少ないから珍しいのだろう。
命がけの商売である迷宮探索者は、危険と引き換えに稼ぎはかなり良い。
そのため宿か外の食堂で食べるのが普通だ。
気も荒くて金遣いも荒い人種だから、手っ取り早い食事が良いのだろう。
朝から酒を飲むヤツもいる。
迷宮に潜る不安を紛らわせるため、と聞いたことがある。
小鬼の魔石一つでは、それほど温かくならなかったが、これで十分だ。
この〈煮込み〉で金をとる訳じゃない。
自分達が食べるのだからな。
「おぅ、俺は腹ごなしに剣の素振りをするわ。 〈ユウキ〉はどうする? 」
雑用の仕事は洗濯とか、武器や防具の手入れとか、一杯あるのだけど、俺は試しに聞いてみた。
雑用で雇われている時に、剣の練習が出来たら、俺はもっと早く中級探索者になれたはずだ。
領主が抱えている騎士団を見てそう思ったんだ。
子供の頃から¥鍛えている人には、敵わないと。
基本となる体の動きや剣さばきに差がありすぎると感じた。
俺のマネじゃ全くの我流になってしまうが、俺もそれなりに場数を踏んでいるんだ。
マネしないよりはした方が良いと思う。
雑用なんかが、まともな師匠に教えてもらえる機会なんて、逆立ちしても無いのだからな。
「へへっ、剣か。 初めてだ。 楽しみだよ」
おっ、思ったよりも食いつきが良いな。
嬉しそうに笑ってやがる。
「洗濯や防具の手入れは、後でやろう。 迷宮探索者は自分の身を守ってナンボだからな」
剣に縁がないのは孤児院じゃ当然だけど、〈勇者〉のクセに剣を持つのが初めてなのか、それのどこが〈勇者〉なんだよ。
ふふっ、笑わせてくれるよ。
「ははっ、剣は剣でも木剣だからな。 でも気をつけろよ。 思い切り頭を叩けば、死んじゃうこともあるんだぞ」
「うん、分かったよ」
〈ユウキ〉は少し不満な顔をしているな。鉄の剣を想像してたんだろう。
「両手で柄を握り、体の中心で構えるんだ。 剣の先を敵の重心に向けて構えるんだぞ」
これは俺の考えた構え方なんだ。
敵の重心を探して、そこへ剣の切っ先を常に向けるんだ。
普通の構えより下に向くことが多いけど、俺が編み出したこの構えで今まで生き残ってきたんだ。
実績は俺一人だけどあるんだ。
理屈を捏ねると、常に重心を探しているから、敵の次の動きを素早く察知出来るってことだ。
〈ユウキ〉と俺は相対して剣を構えている。
俺は〈ユウキ〉の体の重心に剣を向けているが、〈ユウキ〉も俺の重心に向けている。
俺が動いても、ずっと重心をさしているな。
んー、初めて剣を持ったんだぞ。
どうして重心が直ぐに分かるんだ。
それにブレもなく剣でさし続けられるんだ。
十歳の時の俺じゃ出来なかった。
そもそも剣を持ったことも無かったか。
十五歳の成人の後でも、あやしいもんだ。
初級探索者になって五年後に編み出した構えだからな。
どう見ても、何回見ても、〈ユウキ〉の構えがもう様になっている。
〈勇者〉は論外だとしても、こいつには剣の才能があるらしい。
だから自分で〈勇者〉なんて言うのか。
才能は認めるが、自信過剰にならないようにしなくちゃいけないな。
自信は慢心と紙一重だからな。
迷宮ではそれが命取りになってしまう。
俺と〈ユウキ〉は木剣を構え、打ち合いはせずに、動きながらお互いの重心を木剣でさし示す練習を続けた。
子供だから、〈こんなの面白くない〉と〈ユウキ〉が嫌がると思ったが、真剣な目をして木剣を構えていたな。
キリっとした表情をしていても、まだ幼い子供だから、それがすごく微笑ましい。
頑張っている子供を見ると、元気さが移ってくるな。
ふふっ、俺も負けちゃいられないぞ。




