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お母さんが恋しい

 今年は孤児院を出る子供が少なかったようだ。

 残っていたのは、おかしいヤツだけだった。


 そいつのおかしいところは、「僕は勇者」だと言っていることだ。

 それで充分だと思う。


 〈勇者〉って言うのはとんでもない力をふるい、魔王を退治する英雄だけど、それはおとぎ話の中でしかない。

 現実にいるはずのない者だから、自称〈勇者〉を雇う者などいるはずがない。

 どう考えてもやっかいを招き入れるだけだ。


 「おじさん、僕を雇ってよ。 一生懸命頑張るからさ。 〈勇者〉になったら楽をさせてあげるよ」


 うーん、最後の言葉が無ければ、雇っても良いのだけどな。


 「試しに(かが)んだり()ねたり、回ってみろよ」


 「うん、分かった」


 自称〈勇者〉の〈ユウキ〉の体さばきはかなり良い。

 かなりどころか、すごく優秀だ。

 俺が十歳だった頃には、あんなに高く()んだり素早く回ったり出来なかったと思う。


 だけど〈勇者〉か。

 そこには引っかかってしまうな。

 俺までおかしいヤツだと思われるのは絶対に嫌だ。


 「迷宮で雑用を出来る体は持っているが、(えん)が無かったと思ってくれ」


 「えっ、そんなこと言わないでよ。 もう何人も(こと)られているんだ。 僕は〈勇者〉だけど、もう人前では言わないようにするからさ」


 「うーん、本当にそう出来るのか?」


 「もちろんさ、〈勇者〉は嘘を()いたりしないよ」


 あぁ、また言いやがった。

 でも一人しかいないから、しょうがないんだ。でもすごく心配になってくる。




 「あの角に小鬼(ゴブリン)が一匹、潜んでいるんだ。 俺がサクッてやるからな。 素早く魔石を取り出すんだぞ。 小鬼(ゴブリン)は売れる部位が無いから、死体は放置だ。 迷宮に吸い込まれてしまうから、そのままで良いんだ」

 

 「分かったよ」


 俺は(かど)を回ったと同時に、剣の一撃で小鬼(ゴブリン)を倒した。 

 小鬼(ゴブリン)は最弱の魔物だから当然だ。

 その分極小の魔石も安いけどな。


 (うしろ)を振り返ったら、〈ユウキ〉がベソをかいて、おしっこを漏らしてやがった。


 十歳の雑用が迷宮の初日で、泣き出したりチビッたりするのは、珍しい事じゃない。

 それだけ魔物が怖いんだ。

 

 魔物は動物とまるで違っている。

 禍々(まがまが)しさにあふれているためだ。

 千年前に猛威(もうい)をふるった魔王の眷属(けんぞく)と言われているからな。


 恐怖を覚えるのは当たり前なんだ。


 〈ユウキ〉がビビッてしまい、動けないから、俺は自分で魔石を取り出した。

 自称〈勇者〉のくせに、見た目通り十歳の子供なんだ。

 可愛いところもあるじゃないか、ははっ、笑ってしまうよ。


 「うぅ、怖かったんだよ。 初めて魔物を見たんだ、しょうがないだろう。 次からは平気だからね」


 まだ衝撃で動けない〈ユウキ〉を見て、俺は次回もあやしいものだと思う。


 ただ魔物を怖がるのは、それほど悪いことではない。

 あまり怖がらなかった子供は、俺の経験では早くに死んでしまったように思う。

 恐がる子は、いつも後ろから襲われるじゃないか、とビクビク警戒しているせいだ。

 臆病だから生き残れるんだ。


 俺もそうだった。

 チビリはしなかったが、怖くて泣いていたと思う。

 小鬼(ゴブリン)の死体をさわれなくて、()られた思い出がある。



 「おぅ、〈煮込み〉が出来たぞ。 パンもあるからな、食べろよ」


 「いただきます」


 〈ユウキ〉は両手を合わせて静かに祈ってから、食べ始めている。

 孤児院の教えをちゃんと守っているな。

 素直なところもあるんだな。

 食べている姿も行儀が良い感じだし、俺よりもよほど上品じゃないか。


 「〈煮込み〉はまだあるからな。 お代わりをしても良いぞ」


 「えっ、まだ食べても良いの? 」


 「そうだよ。 育ち盛りじゃないか、ドンドン食えよ」


 子供の頃に、俺はお代わりなんか出来なかった。

 いつも腹を空かせていたな。

 孤児院でも雑用をしていた時も、ずっとそうだった。


 腹一杯食べられるようになったのは、初級探索者になってからだ。

 腹を満足させて寝れるなんて、こんなに素晴らしい事はないって、思ったもんだ。


 それは今も同じだ。

 満腹になりウトウトと眠気に襲われて、そのまま寝るのが最高なんだ。


 〈ユウキ〉も満腹になったから、(あらが)えない眠気に襲われているらしい。

 目が虚ろになり体がフラフラし出したぞ。

 初めての迷宮で、体も心も疲れ切ったせいもあるんだろうな。


 俺もそうだったのかな。

 子供って分かりやすいな。

 突然、動から静へ切り替わるんだ。


 「〈ユウキ〉、もう寝るか。 俺も眠たくなったよ」


 安い宿だからベッドは一つしかない。

 俺と〈ユウキ〉は同じベッドを使う。

 〈ユウキ〉はまだ小さいし、それほど邪魔にはならない。


 もう直ぐ冬がやってくるから、湯たんぽ代わりにもなりそうだ。

 子供の体ってこんなに熱いのか、知らなかったよ。


 「帰りたいよ、お母さん」


 〈ユウキ〉が夜中にうなされて涙を(こぼ)している。

 悪い夢を見たんだろう。


 孤児院の時に泣いた覚えが俺にもある。

 でもそれは母親の夢じゃない。

 俺は母親の顔を知らないんだ。


 孤児院の子が、「お母さんが恋しい」と言うのを聞いて、「どうして」と問いかけたら、その子に「お母さんの顔も知らない子なんかに分からない」と言われたんだ。


 それはそうなんだと思う。

 だけど、すごく悔しかったから、俺はその子を叩いてしまったんだ。


 教会のシスターにすごく怒られて、バツとして丸一日食事を抜かれたよ。

 俺はその夜、声を殺して泣いたんだ。


 声を立てて泣けば、もう一日食事を抜かれてしまうからな。

 食事をずっと抜かれて病気になった子もいるんだ。

 当然だけど長くは持たなかった。

 小さな骨だけになって終わりとなってしまう。


 お腹はペコペコだし、情なくて俺は泣いたんだと思う。

 それ以外にも理由はあったのかも知れないが、考えてもしょうがない事だ。

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