正しいのかと不安になってしまう
先頭には盾を持った〈ユウキ〉、次は〈セイカ〉、〈サヤリ〉の後の俺が、しんがりを務めている。
最初の戦闘はただ見てもらうことにした。
張り切っている〈ユウキ〉が、小鬼の棍棒を盾で流し、俺が一撃で小鬼の喉をかき切った。
喉からドバッと血が流れ出し、戦闘は簡単に終わった。見せるためにもっと時間をかけるべきだったか。
〈セイカ〉と〈サヤリ〉を見ると、〈セイカ〉は真っ青な顔をして、吐きそうになっている。
〈サヤリ〉も動揺しているらしいが、火傷のため顔色はよく分からない。
「〈セイカ〉、〈サヤリ姉ちゃん〉、こっちへ来てよ。 魔石を取り出すから」
〈セイカ〉の様子を知っているくせに、〈ユウキ〉は容赦がないな。〈セイカ〉がおしっこを漏らさなかったのが、気にいらないのだろう。
〈ユウキ〉が小鬼の腹を開いたら、思った通り〈セイカ〉は、ゲーゲーと吐いてしまった。
涙も流している。精神的にかなり辛いのだろう。
〈サヤリ〉は口を押さえ何とか我慢しているようだ。
あんなに大きな火傷をしているんだ。かなりの修羅場を潜り抜け来たのだと思う。
「〈セイカ〉、水筒の水ですすいだら良いよ」
「ふぅー、ありがとう。 思っていた以上にキツイな」
「〈サヤリ〉も水を飲んでおけ。 少しここで休憩するぞ」
「はぁ・あ・り・が・と・う」
〈サヤリ〉も精神的な疲労があるようだ。初めての迷宮だから当然だよな。
一日目は慣れさせることが優先だと思い、何回も同じことを繰り返した。
〈セイカ〉は、三回目で吐かなくなった。吐く物が無くなったのだろう。
〈サヤリ〉はよく我慢していたけど、五回目で吐いてしまった。
溜まっていたのかな。溜まっていたから、盛大に吐いていたな。
〈セイカ〉に背中をさすられて、無事な方の目から、涙が零れていたよ。
〈セイカ〉も、また涙を流している。
俺が二人に悪い事をしているようで、心が痛んでくる。でもこれが迷宮なんだ。
もし仲間が死んだら、こんなもんじゃ済まないんだぞ。心が引き裂かれてしまうんだ。
こんな風に小鬼を十匹狩って、今日は終わりにした。
あまり精神的な負荷をかけ続けるのは、良くないからな。
「〈セイカ〉、フラフラだな。 ほら、おぶってやるよ」
「えっ、良いんですか。 甘えちゃおうかな」
〈セイカ〉の話しぶりは〈ユウキ〉より大人だけど、体は幼い子供だ。それに痩せている。
もりもり食べている〈ユウキ〉とは、比べものにならない。
ガリガリで骨が背中に当たっているじゃないか。
良くこんなんで生きていられたな。ギリギリだったんじゃないか。これも運命なのかも知れないな。
「〈セイカ〉、〈おうさん〉の背中は大きいだろう」
「はい。 すごく大きくて安心出来るよ。 汗の匂いもするんだ」
「おいおい、変な匂いを嗅ぐんじゃない。 おっさんがバレるじゃないか」
「ふふっ、おっさんじゃないです。 〈おうさん〉なんです。 ずっとこうしてたいな」
〈セイカ〉は疲れ切っていたのだろう。俺の背中で眠ってしまった。
寝ることは良い事だ。頭を新鮮にして心の傷も軽くしてくれるはずだ。俺はそうして生きてきた。
「う・ら・や・ま・し」
〈サヤリ〉がボッソと呟いた。聞こえないほどの声だ。何がうらやましいのだろう。
父親におぶってもらった思い出があるのかな。
俺にはそんな思い出は無い、俺の方がうらやましいよ。
三日ほどしたら、〈サヤリ〉と〈セイカ〉も慣れてきたようだ。人間って、すごいものだと改めて思う。どんな環境にも適応するんだな。
「〈サヤリ〉、次は土魔法を使ってくれよ」
「は・い」
「今だ。 小鬼の右足の下に穴だ」
小鬼は急に出来た穴へ、ものの見事に足をとられて、こけてしまっている。
受け身も取れずに、ドッと倒れてもがいているぞ。
その上から〈ユウキ〉が盾で抑え込んだ。教えてもいないのに、〈ユウキ〉は勘が良いな。
戦闘ってものがよく分かっている。天性のものかも知れない。
天才っていうヤツか、ははっ、褒め過ぎだろう。
俺はジタバタとしている小鬼の後頭部に、剣を叩きつけた。小鬼はピクンと体を硬直させた後、もう動かない。
「〈サヤリ〉、〈ユウキ〉、良くやったな。 明日は三回層に行ってみるか。 豚鬼は小鬼より大きくて強いから、気が抜けないぞ」
「やったー、豚鬼なら、一杯稼げるね」
「はい。 魔石とりは任せてください」
「が・ん・ば・る」
後何回か、〈サヤリ〉の土魔法を絡めて、小鬼を狩ってみた。土魔法があれば小鬼ならいとも簡単に狩れてしまう。
魔法はズルいと思う。
戦闘では自分が立つ足場が重要なんだが、それが一瞬で崩れてしまうんだ。反則でしかない。こんなの対処出来るはずが無い。
逆なら俺でも、最弱の小鬼にも負けてしまうだろう。崩れた態勢では攻撃も守りも中途半端にしか出来ない。
四人そろって三階層へ下る。階段状の岩を降りていく。三階層も自然の洞窟を人工的に削って広げたように見える、ゴツゴツとした岩肌が曲線を描きながら続いていく。
削ったのは、太古の魔物らしいから、人工では無いか。
一、二階層よりも、分厚く繁茂したヒカリゴケが、びっしりとついているから、洞窟にくせにかなり明るくなっている。
パーティー入っていた頃は、毎回来た所でもある。懐かしさも少しあるぐらいだ。
魔物は何のためにいるのか、魔王が復活した時に迷宮から躍り出て、魔王の軍団に加わると言い伝えられているらしい。
俺がまだ十六くらいの時に、ギルド長に質問して得た答えだ。ギルド長はカカッと笑い、「あくまでも言い伝えだぞ」と教えてくれたな。
「こんな事を聞いてきたのは、〈カズン〉が始めてだよ。 〈カズン〉は他と違うな」
「えっ、迷宮が不思議だと、なぜ思わないのですか? 」
「ふん、迷宮はただ金を稼ぐ場所だ、と思い込んでいるんだよ」
それは俺も他の人となにも変わらない。金を稼ぐことしかやってこなかった。生きるためだから当然だよな。
今も金を稼ぐために、まるで迷宮に慣れていない雑用を、三人も連れて潜っている。
そのうち二人はまだ十歳だ。これが正しいのかと不安になってしまう。
「〈おう〉さん、いよいよだね。 ガンガンいこうね」
〈ユウキ〉は俺の弱気を感じとったのか、勘が良いヤツだ。
「おぅ、いくか。 集中を忘れるなよ」
「後ろに注意します」
「ま・ほ・う・い・つ・で・も」
洞窟の角を曲がったら、遠くから豚鬼の、ブヒブヒと鳴く声が聞こえてきた。
魔物は単独でしか行動をしない。凶暴過ぎて同族同士であっても、お構いなしに激しい戦闘をするんだと言われている。
俺もそんな場面を実際に見たこともあるが、繁殖の問題をどう解決しているんだろう。
んー、そんなことを今考えてどうするんだ。
それよりも前と後ろからの、偶発的な挟み撃ちに気をつけなくはいけない。パーティーが崩壊するのはその場合がほとんどだからな。




