頭が上手く働いていない
俺は急いで宿に戻って、部屋に干してあった服や布を背負い鞄に全部放り込んだ。少しだけある調理器具や雑貨もだ。
全部合わせても量はしれている。ずっと宿で暮らしているんだ、俺も〈ユウキ〉も最低限の物しか持っていない。
宿を出る時に大量の毛布が目についた。もう直ぐ冬になるから、寝具を代えるのだろう。
ふと思いつく、井戸で体を洗えと言ったよな。洗った後は相当寒いはずだ。
〈ユウキ〉も寒いと震えていたぞ。
「すごい量の毛布だね」
「そうなんだ。 部屋の数だけあるからな。 それに新しい物もあるんだよ」
「ふーん、古いのはどうするんだ? 」
「古くて汚いのは、処分するんだ。 お客さんも、汚いのは嫌だろう」
「それはそうだな。 処分ってどうするんだ。 捨ててしまうのか? 」
「ははっ、捨てたりしないよ。 中古品の業者に売るんだ。 古い毛布でも買う人はいるんだよ」
「へぇー、俺にも売ってくれないか? 」
背中には背負い鞄、両手には十枚の毛布を抱え、俺はふぅふぅと歩いている。
それほど重くは無いのだが、毛布がとにかくかさばるんだ。前が見えやしない。
すれ違う人が、がなんだアレはと見ているはずだが、その視線さえ見えやしない。
やっと倉庫につき毛布を床へ降ろして、入り口を振り返ったら、若い女性の裸が目に飛び込んできた。
水に濡れた、なまめかしい肢体だ。水滴が玉になり白い肌を滑っていく。
えっ、どうして、ここに裸の若い女性がいるんだ。
「み・な・い・で」
「あっ、すみません」
裸の若い女性は母親だったんだ。大火傷は右半身だけで、左半身は綺麗なままなんだな。
どうしても見てしまう。みにくい火傷の跡が体の半分覆っている。太ももにまで達していた。
「おじさん、見てないで、布を貸してください」
女の子も裸だ。裸のまま歩いてきて、俺に布を貸せと言ってきた。
幼いからまだ羞恥心が無いのだろう、やけに堂々としている。
俺は混乱しながらも、鞄の中から布を取り出して、女の子へ手渡した。ガリガリに痩せた小さな体だ。
母親は俺に見られないためだろう、しゃがみこんで、裸の〈ユウキ〉の後ろに隠れている。
俺以外は三人とも裸になっている状況って、少し異常なんじゃないかな。母親の裸を見たせいか頭が上手く働いていないぞ。
「あははっ、〈おうさん〉、間抜けな顔になっているよ。 でも毛布はバッチリだ。 分かっていたんだけど、もう水浴びは寒すぎるんだよ」
水浴びをしていた三人は、布でふいた後、体に毛布を巻き着けている。唇が紫色になってしまっているな。どれだけ水浴びをしたんだ。
〈ユウキ〉と女の子は「温かいね」と笑っているが、母親は笑ってはいない。俺を睨んでいる感じだ。
わざと見た訳じゃないのに、ひどい話だと思う。
〈ユウキ〉の話によると、親子が井戸で体を洗っている時に帰ってきたんだそうだ。
そして、なぜか水浴びをしたくなって、したそうだ。女の子と母親も混ざって楽しかったと言っている。
感想は、寒いのに良くやるな、しかない。
「だって、最後に体を洗ったのは、思い出せないくらい昔なんだもん」
女の子の言い方じゃ、百年前みたいだけど、一年くらいは洗っていなかったのか。
「き・も・ち・よ・か・た」
俺を睨むのを止めた母親も、目をトロンとさせて話してくる。この二人はどんな生活をしてたんだろう。
簡易コンロで〈煮込み〉を作る間、親子にまともな服を買いに行ってもらった。
市場にある中古品の店だ。着ていた服はボロ過ぎるので捨てるしかない。
俺と〈ユウキ〉の服を借りて、いそいそと出かけて行った。もちろん、金は俺が出している。
「前の服はもう着られそうにないな。 これで服を買ってきなよ」
「えっ、良いんですか。 嬉しいです」
「す・み・ま・せ・ん」
母親はペコペコと俺に頭を下げていたけど、女の子は俺に満面の笑みを向けてくれた。
ははっ、幼い娘の方が女の武器を上手く使っているぞ。
母親は火傷の跡があるからな、無理だと悟っているのだろう。嬉しいような悲しい顔をしていたな。
親子が買ってきたのは、古くて安そうな服だった。色は茶色で地味と言うしかない。
だけど、ちゃんとお釣りは返してくれた。
物乞いなのに、ちゃんとしてたら、どうやって生きていくんだ。もっとズルくなれよ、と強く思ってしまう。
モモ肉を入れた〈煮込み〉は美味しかった。〈ユウキ〉も嬉しそうだ。親子は黙って食べていた。
ろくに食べていないはずだけど、ガツガツと食べたりしないんだな。物乞いになる前は、ちゃんとした家庭で育った可能性が高いと思う。
「うわぁ、肉が柔らかい。 噛まなくても良いくらいだ」
〈ユウキ〉は孤児院で育ったから、こんな良い肉は初めて食べたのに違いない。
俺も久しぶりのご馳走だ。
「ごちそう様です。 おじさん、ありがとうございます。 とても美味しかったです」
「あ・り・が・と・う」
「ははっ、ただ煮込んだだけの料理ですよ。 気にしないでください」
腹が膨れたから、いつもはもう寝るのだけど、どうしたもんかな。
肉を食べさせることしか、頭になかったな。
何も考えていなかったぞ。親子は物乞いだから、帰る家も宿も無いんだ。
当たり前のことじゃないか、チンピラの相手をしたからか、頭の悪いのがうつってしまったらしいな。
「め・い・きゅ・う・い・け・ま・す」
「えっ、どういう事です? 」
母親が思ってもいないことを、言ってきたぞ。ビックリしたな。
母親はどう見ても、迷宮探索者には見えない。ガリガリに痩せているし、身長も低い方だ。
何よりも迷宮探索者が持っている、殺気みたいなのがまるで無い。
迷宮探索者は本人も知らないうちに、殺気が体に溜まっていくようだ。それが特に目に出てしまうんだ。
俺は長いから、もうそうなっている。〈ユウキ〉にも良く見れば出てきている。毎日命のやり取りをして、魔物の命を刈っているせいだろう。
「私も行きたいと思います。 お礼をしなくては、いけないと思うのです」
娘の方も無謀な提案をしてきた。迷宮で働いて、それをお礼にしたいと考えたのだろう。
「はっ、迷宮を舐めるなよ。 簡単に命を落としてしまうぞ」
子供に怒ってはいけないが、俺は本気で腹が立ったんだ。出来もしない事を言っているのと、迷宮探索者をバカにされた気がしたんだ。
魔物を狩るなんて、誰にでも出来ると思っている甘ちゃんには、我慢しなくても良いよな。




