眠りたい探索者
「俺は眠たくなったから、もう宿へ帰るよ」
「あぁん、〈カズン〉もう帰るのかよ。 今日はお前が中級探索者になった、お祝いなんだぞ」
パーティーリーダーの〈ブオノ〉が、不機嫌そうな顔で俺へ小言を言ってくる。
だけどな。
俺の祝いと言いながら、俺を祝っている感じじゃ無かったんだ。
「おめでとう」と一番最初の乾杯があっただけで、後は俺を無視してグダグダ飲んでいるだけだろう。
「そうだ。 〈カズン〉はいつも、つき合いが悪すぎるんだ」
「ほんとに悪いぞ。 お目出度なんだから、もっと飲めよ」
他のパーティーメンバーも、俺を引きとめようとしているけど、一応だけの気しかしない。
帰るろうと立ちあがっても、俺の側には誰も寄ってきてはくれない。
酒を飲みながら座ったままで、文句を垂れ流しているだけなんだ。
こいつらはまだ初級探索者だ。
俺が中級探索者になったのが、心の底では面白くないんだろうな。
〈ギルドも甘いな〉とか、〈運が良かったな〉とか、直接俺を褒めてもこなかった。
本心ではムカムカとしているのだろう。
俺がいない方が良い、と思っているの可能性すらあると感じてしまうんだ。
迷宮の階層を一段進めた時や、強敵をうちやぶった時に開催される飲み会でも、俺はいつもこうだったな。
飲むことよりも、寝ることを俺は優先させてきたと思う。
そこにあまり深い理由はなくて、ただ眠たくてしょうがないんだ。
つき合いの悪い俺は、変わり者って呼ばれるようになっているらしい。
それに飲み屋の払いは、俺のお祝いと言いながら、俺が持つことになっている。
中級探索者になったのだから、これくらい当然だよ、とみんなにそう言われた。
俺にこれ以上飲む理由は、まるで無いよな。
「もう眠くて限界なんだ。 お疲れ様。 今日は楽しかったよ」
かなりの代金を店に支払い、俺は飲み屋から月明かりの夜に出た。
お祝いをされて楽しかったか。正直に言うと何も楽しくは無かったな。
俺が祝いにもらったのは、酔っ払いがグチグチと話す愚痴や、9割が嘘の女にモテた話と、そして、いつかは上級探索者になるという夢物語だ。
聞かされている方は、なにも面白くはない。
上級探索者になるための努力は、なにもしていないくせに、夢でしかない話は笑うことさえ出来ないよ。
寝るのが早いから短い時間だけど、俺は剣の素振りを毎朝、欠かしたことはない。
それもあって、上級探索者は絶対に無理だけど、なんとか中級冒険者になれたと思っている。
中級冒険者は、迷宮である程度の実績を残して、ギルドの実技試験に合格する必要があるからな。
孤児だった俺は、10歳まで孤児院で育ったんだ。
10歳からは命がけで迷宮に潜っていた。
初めは迷宮探索者の雑用係だったな。
危険が少ない後ろをついて歩き、魔物から魔石や換金出来る部位をはぎ取るのが仕事だった。
迷宮探索者からはゴミのように扱われ、まともなお金はもらえなかったな。
後ろから急に現れた魔物に、殺されそうになったことは数え切れないくらいある。
気の荒い迷宮探索者にいつも乱暴をされて、あざや生傷が絶えなかったな。
運が良いのと、少しだけすばしっこかったのが、生き残れた原因だと思う。
15五歳の時に、やっと初級探索者になれた。嬉しかったな。
ようやく雑用じゃ無くなったんだ。
教会での成人の儀式では、スキルが存在している事を期待したんだけど、何も無かった。
でもこれはしょうがない。
9割の人が無いんだから、ある事の方が異常なんだよ。
あった人でも、〈体力微増〉や〈素早さ微増〉なんて、微妙なスキルがほとんどだからな。
パン屋の息子に〈体力微増〉があっても、パン屋じゃ強くなれないよな。
あっ、人よりもパンを多く焼ける可能性はあるか。
ただ一人だけ〈戦士〉のスキルがあった少年がいたんだけど、その子は王都へ連れて行かれたよ。
親も子も喜んでいたから、連れていかれたとは違うか。招かれたが正解だな。
きっと王の軍に入り、立身出世を果たすのだろう。
俺は初級探索者になれただけで、満足だった。
迷宮探索者として魔物を蹴散らせ、お金をがっぽり儲けるつもりだったんだ。
だけど、探索者になっても命懸けなのは一緒だ。
魔物の正面に立つだけに、ずっと危険が増えている。
小さな怪我はいつもだ。大きな怪我をしたこともある。
25歳まで自分でも良く生き長らえたと思う。
本当に奇跡的なことだよ。
俺と同時に孤児院を出た者で、生き残っているのは、もう一人しかいない。
他の人みたいに、夜遅くまで飲みに行かなかったのが、きっと良かったんだと思う。
俺は飲むより寝る方が好きなんだ。
変わっていると言われるけど、寝る事はとても楽しいじゃないか。
「〈カズン〉、あんた、やったね。 この間、中級探索者になったんだよね。 おめでとう」
「へへっ、〈ラニラ〉、ありがとうな。 俺もようやく一人前になれたよ」
〈ラニラ〉は孤児院を一緒に出た女の子だ。俺以外じゃ唯一の生き残りでもある。
当時はやせっぽち女の子だったけど、もうそうじゃない。
魅力あふれる女性になっているんだ。
俺は秘かに好きだったんだけど、〈ラニラ〉は〈鉄腕トオザ〉と二つ名で呼ばれる上級探索者の女になっている。
恋人なのか、愛人なのかは知らない。
〈ラニラ〉の話が出た時には、俺は席を外すようにしているんだ。
本人に聞いた訳じゃないけど、生き残るために、女の武器を最大限に活用したのだろう。
生きていくために、他の選択肢は無かったんだと思う。
俺がどうこう言う話じゃない。
「これからどうするの? 〈光の玉〉を抜けて独立するんでしょう。 人使いだけが荒くて、賃金が少ないって評判だもの」
〈ラニラ〉の言う通り、〈光の玉〉はロクなパーティーじゃない。
中級探索者の〈ブオノ〉をリーダーに、五人の初級探索者で構成された弱小パーティーなんだ。
中級探索者の〈ブオノ〉はそれほど悪い男じゃないが、それは迷宮探索者の中の話であって、普通に考えたらかなり悪い男だと思う。
迷宮で稼いだ金の半分を一人でとってしまうからな。
後半分を5人の初級探索者で割る事になるが、それではカツカツの生活しか出来ない。
「もちろん、抜けるよ。 中級になったのに、初級と同じじゃすまないだろう。 ケチな〈ブオノ〉ともめる前に抜けた方が良い。 〈ブオノ〉も引き留めたりはしないと思う。 パーティーがぐちゃぐちゃになってしまうからな」
迷宮探索者の常識では、初級から中級に上がった時点で、加入していたパーティーを抜けるのは当然のことである。
中級探索者がパーティーに二人いると、派閥争いや賃金の支払いでいざこざが起きやすいためだ。
初めは上手くいっていたパーティーが、崩壊した過去の事例は数多くある。
〈光の玉〉は今も上手くいってると言えないしな。
「そうだよね。 孤児院の子を雑用に雇うのか。 〈カズン〉のことは信じているけど、死なないようにしてあげてよ」
「分かっているよ。 ただ運しだいだな」
「ふぅ、運しかないか。 はかない希望だけなんだね」




