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中編

 以前従姉のジゼルが婚約破棄することになった後に、私には新しい友人ができた。アイビー・ルージュモント男爵令嬢、ジゼルの婚約者が惚れ込んだ女性である。私よりふたつ年上であり、ジゼルのひとつ年下にあたる。ジゼルは学園を卒業していったが彼女は学園に残っていた。学園の昼休み中に廊下でアイビーを見かけた私は歩み寄って声をかけた。


「アイビーさま、ご機嫌よう」

「シャルリーさま! ご機嫌よう。会いたかったです」


 年下の私に敬語を使う彼女は、ふわふわと柔らかく広がるピンクブロンドの髪に、紅葉のように綺麗な色合いの瞳をしている。誰にでも優しく腰が低くて小動物めいた可愛らしさがある。顔立ちも非常に愛らしく、乙女ゲームの主人公だと言われても納得がいく。前世でこういう外見と名前の乙女ゲームは見たことがなかったが私は彼女がこの世界の主人公である可能性もあると思っている。


「私も会いたかったですわ。あれからどうですか?」

「えっと、相変わらずです……」

「そうですか……」

「でも仕方ないですよ。あたしだって魅了魔法を使ったなんて聞いたら警戒しちゃいますもの。あたしも自分が魅了魔法を使えるなんて知らなかったんですけど……信じられないですよね」


 アイビーの側には誰もおらず、廊下で話していると複数の奇異の目がひそやかに向けられるのを感じる。

 彼女はジゼルの婚約破棄騒動の際に色々と調査を受け、魅了魔法の使い手であることが判明したらしい。しかし発動条件がかなり限られていて、その条件が第三者から見てもわかりやすいものであるため、特に拘束されたりはせず、保護観察処分のような扱いを受けていて学園へ引き続き通うことも許可された。その扱いには、彼女の魅了魔法を受けたと思われる男たちと、そしてジゼルが彼女の罰を求めなかったことも影響している。


「私は信じますよ、アイビーさま」

「シャルリーさまあ!」


 私が微笑んで伝えるとアイビーはひっしと抱きついてきた。甘い香りがしてきて砂糖菓子に抱きしめられているかのようだ。この気安い距離感、身分差を気にしない度胸とそれが許される愛嬌。魅了魔法なんて使わなくても彼女はモテるであろう。

 アイビーと親しくなったのはジゼルが彼女に怒ってなどいないということを、身内の私が代行となって周囲に示すためだった。ジゼルは学園を卒業している上に、アイビーとは身分差があって関わる機会がすくないため私にお鉢がまわってきたのだ。いろいろと気になるところもあったので私としても丁度いい役割だった。


 アイビーは婚約破棄騒動のあと女友達がいなくなり、男友達も少なくなったという。家族とも疎遠になりつつあり、寂しい思いをしているようだ。唯一の女友達となった私のことを実に大事にしてくれる。


「あの、アイビーさまに相談があるのです」

「え! あたしでお力になれることでしたらなんなりと! どうしたんですか?」

「ここでは話せないことなのです」


 私はうすく微笑んだまま、アイビーにとある場所への招待状を差し出した。


 ***


 数ヶ月後、我がルナール家が主宰する夜会でちょっとした騒動が起きた。


「ソフィア嬢! アイビーに嫌がらせをするのはもうやめていただきたい!」


 隣国の王子が高らかな声でそうソフィアに詰め寄り出したのである。

 そのとき王子の横にはアイビーと王子の友人がいた。この数ヶ月でアイビーと王子は仲を深めていた。きっかけは王子の友人である、我が国の侯爵子息だった。侯爵子息とアイビーは元から友人であったが、侯爵子息が高熱を出してそのお見舞いにアイビーが足繁く通ったことをきっかけに仲が深まり、学園で四六時中行動を共にするようになった結果、王子とも顔を合わせる機会が増えたという。そして王子はアイビーの「悩み」を知ることになった。

 アイビーは光魔法を習得すべく勉学に励み、教会にも通っているのだが、嫌がらせを受けているようなのだ。教科書が盗まれたり、誰かに突き飛ばされたり……、今回は夜会用のドレスを新調しようとしたところ、ルージュモント家からの予約は断るように言われていると言われたという。

 嫌がらせをしてきた者の心当たりを王子がアイビーに尋ねてもアイビーはけっしてその名を告げなかった。彼女いわく証拠もないのに悪口みたいなことは言いたくないという。しかし王子には心当たりがいた――ソフィアだ。


 一度は求婚までした相手である。王子もそんなことを信じたくはなかった。しかしソフィアがアイビーに冷たくするのを目撃したり、教会でも厳しく指導しているという噂を聞いたり、そして特定の家にドレスを作らせないようにするなどという横暴が許されるほどの権力があるという状況から、だんだんと疑わざるを得なくなっていった。なによりアイビーがソフィアを怯えているのである。王子からソフィアへの求婚もすげなく断られた経験から、ソフィアは実は「心優しく清らかな聖女さま」ではないのではないかと王子は思い、その考えが頭にこびりついたようだった。


 夜会に現れたソフィアは実に美しかった。白銀の髪やドレスにはたくさんの翡翠の宝石が贅沢に、しかし品よく飾り立てられ、ソフィアそのものが宝なのだと示していた。

 一方アイビーはドレスを新調することができず、流行遅れのものを着ていた。そんなアイビーを見てソフィアは口の端で笑った。それが嘲りにしか見えなかった王子は正義感に駆られ「嫌がらせはやめていただきたい!」と糾弾したのだった。


「貴殿こそ言いがかりはやめていただこう!」


 そこに間髪入れず怒ったのは、ソフィアの婚約者であるアルベールだった。


「ここ数ヶ月ソフィアは私との公務のため非常に多忙だった! つまらない嫌がらせをする時間などない! ソフィアには王家からの護衛も四六時中ついているし、なにかあればその報告は私も受けている。王家の名にかけて潔白を証明する!」

「なっ……」

「待ってください! あたしもソフィアさまがやったとは思っていません」

「アイビー!?」


 アイビーまでもソフィアを擁護したので隣国の王子はおおいに戸惑った。そこに助け舟を出したのは私の兄、ルナール家の次男ロラミアだった。なぜ彼が出てくるのかは後述する。


「これ以上は別室で話しましょう。ちょっとした誤解があったようですね。みなさま夜会を続けてください」


 この夜会には限られた者しか招待されていなかったため、大きな問題にならずに事態を収束することができた。しかしアルベールがソフィアを全力で庇ったという話は貴族の間で瞬く間に広まることになった。意図的に。


『アルベール殿下はすごく怒っていらっしゃったんですって』

『ソフィアさまのことを愛していらっしゃるんだわ』

『不仲という噂はウソでしたのね』

『私は最初から信じておりませんでしたわ、最近ソフィアさまが身につけている飾りってアルベール殿下の瞳の色ですもの』

『私だって信じておりませんでしたわ』

『私だって……』


 大体こんな具合に噂が広まっていき、ソフィアとアルベールの関係は雨降って地固まった絆があるのだともてはやされることになるのだった。


 一方、夜会に私は自分の婚約者であるルーカスと参加していた。兄が王子たちを別室へと連れて行ったあとはダンスの時間となり、主宰であるルナール家の一員である私はホールの中央でルーカスとファーストダンスを踊り始めた。

 みな口々にソフィアとアルベールの噂をしておりいつもより騒がしい。ルーカスと密着する際に私は背伸びをして、ルーカスの耳元で囁いた。


「やっと確信が持てました。私に魅了魔法を使ったんですね、ルーカス……」

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