初めて盃を交わした日
私は二十歳を超えておりますが、お酒は未だに未経験なので、全て想像書いております。
ご了承ください。
「詩乃、20歳のお誕生日おめでとう!!」
「颯真、電話でお祝いありがとう!! まさか生まれた1時23分ジャストに掛けてくれるだなんて感激したよ。颯真が1番最初に祝ってくれて嬉しいな」
こんな深夜に電話でやり取りをしているのは、その瞬間に20歳の誕生日を迎えた詩乃と、その瞬間を祝っている彼氏の颯真である。
2人は付き合い始めてもう少しで4年を迎えるが、彼が彼女の生まれた時間帯を聞いたのは、今年で初めてだったので、勿論この時間帯に祝うのも初めてであった。
彼は時間帯が遅く、彼女に電話をするのにかなり躊躇いがあったものの、どうしても気になって普段の就寝時間である0時を過ぎても寝ることが出来ずに、とうとう1時20分を迎えてしまったので、あと3分ならもうこのまましてしまおうと、思いのまま電話をしてしまったのである。
「良かった……もし寝ていたら申し訳なかったから」
「全然大丈夫。普段は2時ぐらいまでは起きているから。まあ昨日は疲れていて、9時に寝ていたけど」
「いや寝るの遅いだろ。まあ、こんな時間帯に電話しているのは俺が言えることじゃねえけど。そして昨日は早過ぎだ。 それ小学生が寝る時間だろう。昨日疲れていたのか?」
「そんなんじゃないから安心して。ただ単純に数学の課題がわけ分からなくて考え込んだらいつの間にか寝ていただけだから」
「それはそれで別の意味で心配だけどな。提出日は明日だけど出来ているのか?」
「大丈夫だよ。明日の深夜に急いでやるから」
「いや今日しろよ」
彼は電話を掛けた時こそ興奮してお祝いしたものの、すぐにやっぱり不味かったかもと心配したが、彼女の盛大に喜ぶ声を聞いて安堵した。
しかし、彼は彼女がいつも遅い時間帯に寝ていることや課題が終わっていないことを聞き、口調では忠告しているものの、直ぐ様心配の気持ちがまた再発してしまうのだった。
「でも今日誕生日だからしたくない……」
「なら俺が教えるから30分で終わらせよう」
「ええ〜鬼畜!!」
「いやそこは優しいの間違いだろう」
「うぅ〜、でも颯真と一緒に課題出来るならいっか。なら颯真先生、手短にお願いします」
「了解。ちゃんと明日課題を持ってくること」
「はーい」
結局苦手な数学を彼と一緒にやることになってしまった彼女は、悲しくも思いつつ嬉しくも思うという2つの感情を同時に抱えることになった。
その一方で彼は呆れながらも、彼女の課題を一緒に終わらすことが出来ると、また再び安堵の気持ちが復活していたのだった。
彼はもう遅いからと、お休みと電話を切ろうとすると、彼女が待ってと慌てて引き止める。彼は何事だろうと、離そうとした耳をそのままにして、彼女の言葉に耳を傾けることにした。
「ねえ颯真、今日の夕方って空いている?」
「ああ勿論。そもそも昼は一緒に出かけるし、予定なんか入れてないよ」
「なら、一緒にお酒飲まない? 今日でようやく飲める時になったから颯真と一緒に飲みたくて」
「お酒? 実は俺まだ飲んだことないんだよな」
「え? 3ヶ月も前に二十歳を迎えたのにお酒飲んでなかったの!?」
そう彼はもう3ヶ月前に20歳を迎えており、同じ年ではあるがほんの少しだけ年上であった。勿論、彼の誕生日の時も、彼女はしっかりと彼を祝い、2人で楽しんでいたのだ。
しかし、彼女はお酒を飲むことが出来る彼のことを、この3ヶ月ずっと羨んでいたので、未経験であるということは、彼女にとってかなりショッキングなニュースだったのである。
「まあな。飲みたい気持ちはあるけど、なんか飲む機会がなかったし、自分で飲もうと思わなかったから。父さんも母さんも少しは飲めるけど、俺はどれぐらい飲めるのか知らないしな」
「そうなんだ。私の両親もお酒はそこそこ飲んでいるかな。でも、勿論私はどれぐらい飲めるか分からないわ。だからこそ一緒に少しだけ飲んで、大丈夫か確認しない? もし颯真が全然駄目ですぐにダウンしても私が介抱するよ」
「俺が介抱される前提か〜い〜。いやそれは申し訳ないからやめておくよ」
「うぅ、今日は私の誕生日だけど駄目?」
「あぁ、そんなこと言われたら断れないだろう。じゃあ一緒に飲もう。だけど、取り敢えず様子見で1杯だけな」
「颯真、本当にありがとう。もう今から楽しみだわ。では数時間後に会おうね」
「詩乃、お休み」
「お休み、颯真」
ようやく2人は会話を終えて、先に彼が電話を切って、その後に彼女が電話を切った。いつもなら、せーのと言う掛け声で同時に電話を切るのだが、普段もうとっくに夢の中にいる彼は、睡魔に耐えられずにそのまま眠ってしまったようだ。
彼は元々彼女と一緒にお酒を飲む予定は無かったが、彼女のお誕生日と睡魔でアッサリと許してしまったである。
彼女は、いつものように掛け声が無かったことに少し腹を立ててしまったが、それ以上に2人で初めて盃を交わすことが出来ることに喜びを覚えた。そのため中々興奮が収まらず、彼とは対照的に寝付くまでにいつもよりも時間が掛かってしまった。
◇◇◇◇◇
2人は朝の10時半に集合し、少し遠くにある大きな水族館に向かって、お昼のデートを満喫した。今年の誕生日はゆったりとして過ごしたいという彼女の要望によるものであり、実際に2人は心穏やかに水族館内を巡っていた。
そんな楽しい時間はあっという間に終わり、その後に約束通り30分で数学の課題をし終えて、夕方を迎えたのだ。元々はここで惜しみながらお別れのはずだったが、今から一緒にお酒を嗜むのため、まだ一緒にいられる。2人はそのことが嬉しくて、先程の穏やかな心は薄れていき、興奮が強まってくる。
「颯真、私の部屋に来ない? 2人っきりで飲みたいわ。良いよね?」
彼は突如の彼女の家へご招待されてしまい、少し戸惑いを覚えるも、今日は彼女に付き合うと決めたので素直に付いて行くことになった。
勿論彼はというか、彼女もそうなのだが、恋人の家には何度も上がっているので、そこでの抵抗感は一切なく、ただスーパーでお酒を2本買って、そのまま彼女の家に到着した。
「おじゃまします」
彼は家の人に挨拶をしたが、誰から返事が来なかったので、今は誰もいないのだと分かり、彼女が夕方にお酒で誘って来た理由は、本当に2人きりになれるからだと理解した。実際に彼の推測通り、彼女はわざわざこの時間帯で誘ったのである。
「めっちゃ綺麗に片付いているな。最初から誘う気だった?」
「うん。颯真が心配しないぐらい徹底的にやった」
彼女は部屋はいつ来ても綺麗だが、今日はこれでもかと思うほどにピカピカだったので、彼は少しその輝きに目が眩みそうになる。そんな様子を彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「じゃあもう早速だけど、お酒飲もうよ」
「どんだけ飲みたいんだよ」
「いや、こういうシチュエーションってよくあるじゃない。恋人と初めて盃を交わすって憧れない?」
「俺にはよく分からないけど……でも詩乃と初めて飲めるのは嬉しいかな」
「ふふ、ありがとう」
2人はプルタブに指をかけて、プシューという音が同時に弾けた。ここは合わせてもいないのに、同じタイミングで音が重なるものだから、思わず笑いが吹き出してしまう。しかし、その笑いも全く同じであったため、更に笑いが大きくなってしまった。
暫く笑い合った後、ようやく2人はグラスにお酒を注ぎ、祝杯を上げた。
「詩乃、20歳おめでとう」
「颯真、ありがとう」
「「では……乾杯〜!!」」
小さくカンという音が鳴り響き、初めての杯を交わす。
買ったお酒は、3%のアルコールを含むチューハイと、普通のお酒よりも少しアルコール度数が低く、初心者でも飲みやすいと評判のもの。お互いに慎重にまずは一口付けて様子を見ることにした。
「噂通り甘くて美味しいね。苦いのは苦手だからビールは避けたけど、これを選んで正解だったかも」
「飲みやすくて良いな。調子に乗ってこのまますぐに飲み干してしまいそうになるけど」
お互いに飲んですぐに体や気分が悪くなることはなかった。そのため、少しずつお互いに飲み進めていく。先程2人が言った通り、飲みやすいお酒だったので、何の苦もなく飲み続けることが出来た。
2人はべらべらと他愛のない話で盛り上がりながら、会話はいつも以上に弾んでいる。普段から誰もが羨む仲良しカップル、もといバカップルとして町では知れ渡っているほど仲良しなのに、お酒のおかげかいつもに増して楽しんでいた。
まあここまでは多めに見てもいつもの光景と言えばそうなのだが、約30分後……つまりお酒の回り始めて酔い始めた頃、いつもではあまり見られない状況になっていた。
「颯真……1週間前に由紀とずっと話していたけど何話してたの?」
「1週間前? あぁ、あの時は佐々木と立ち位置の確認をしていただけだ。」
「由紀と凄い会話が弾んでいたけど……由紀と話している方が楽しいの? 私がいるのにひどぉいよぉ〜」
「たかが7分ぐらい話していただけだろう。弾んでなぇよ。それを言うならさ〜詩乃だっていつも男達でも可愛い笑顔を振りまいて……ひどいだろが〜」
「そんなことしてないよ〜。普通に接しているだけだもん!!」
普段はお互いに嫌な思いをして欲しくないからと、こういうことは口にしないのだが、酔っているせいかいつの間にか本音を言い合うことになっていた。ちょっとだけではあるが、彼らにとっては喧嘩みたいになってしまう。
しかし、言い合った後は、こんな風に相手を不快にさせてしまったと落ち込み、お互いにショボーンとしている。
そんな中で彼の方から口を開いた。
「颯真……ごめんね。言い過ぎちゃった。親友の由紀が颯真のことを誘うわけないし、颯真がそんなことをするわけないのに……」
「詩乃、こっちこそごめん。それが詩乃の良いところなのに、つい嫉妬しちゃって……詩乃のことが好きだから、つい羨んでしまってさ」
「私も颯真のこと大好き〜。こっちも単に嫉妬してただけだから」
このまますれ違うのかと思いきや、すぐ様に和解し元通り、いやお互いに愛を囁きあっていつもに増して甘い雰囲気に包まれていた。
それだけでなく、2人はそのまま自然に口唇を重ね合わせて行く。そして、やがてそれはより深く2人が体験したことのない濃厚なキスまでに発展していた。
「お酒よりも全然甘いね。こんなに甘く感じたの初めてかも」
「ああ、それもいつもでも感じれる甘さな気がする」
ただでさえ血色が良くなって赤くなった頬が、更に赤くなり高揚感が高まった。そのため、2人はまた同じ動作を数回繰り返していたのだ。
もしかしたら更に喧嘩でもするのかと思わなくない状況であったが、寧ろそれが着火剤となり、2人の交際が更に進んだ。2人の前だと、お酒は媚薬に近いものだったようである。
間近に居たらそもそもその甘さに耐えきれなくなるであろう頃、2人は疲れたのかそのままカーペットの上でそれぞれ眠っていた。そんないつの間にか眠っていた2人だが、彼女の左手と彼の右手が恋人繋ぎのまま寝ているのだから、こんなところでも仲良しっぷりを相変わらず発揮している。
そのまま2人は1時間ほど眠り、夜の7時過ぎた頃にようやく彼の目が覚めた。彼は彼女を起こさないようにそっと手を離そうとしたが、その振動で彼女は目覚めてしまい、急に離されそうになった手を少し力が入り、しっかりと再び掴んだ。どうして手を離そうとしたのと悲しそうに口にすると、彼も悲しそうな顔を浮かべながら口を開いた。
「詩乃、俺……もうそろそろ帰らないと」
「ねぇ……どうせなら一緒にご飯食べない? 颯真とも一緒に食べたいな〜」
「駄目だよ。これからは家族の時間だ。部外者の俺は帰らないと……両親に祝わせてあげろよ。折角の二十歳の誕生日なんだから」
「そっか……そうだね。颯真には十分祝ってもらったもの。本当にありがとう。ねぇ……最後に1つだけお願いしても良い?」
「何だい?」
「もう1回だけキスして」
「……………………分かった」
1時間ほど前に何回もしたというのに、最後にもするという……それも今回は今までのよりも1番長くてゆっくりとキスをしており、再び一気にその甘さが増してしまった。
ただし終わると、少しだけ悲しげな雰囲気が漂っていしまう。
「詩乃、改めてお誕生日おめでとう。じゃあこの後も楽しんでな。お休み」
「本当に楽しい1日をありがとう。颯真、お休み」
こうして、彼は最後までの彼女の見送りありで彼女の家を出て、自宅まで歩いて帰ることになった。
彼が家に着いたのは、7時半過ぎ。いつもなら休みの日は、7時前ぐらいまでには帰って来ているし、連絡もしなかったので心配させたかも思ったが、そんなことは無かった。
寧ろ家族からは、彼女とどのように過ごしたのか興味津々で、彼は満面の笑みを浮かべながら、今日の出来事を伝える羽目になってしまったのだった。オブラートには包んだものの、彼らは楽しんだのかとニヤニヤしながら、話を嬉しそうに聞いていた。
本日の主役である彼女はというと、こちらもそれはそれはとても盛大に誕生日を祝われた。
本来はもう少し早く帰ってきたかったらしいが、中々仕事が終わらずやはり遅くなってしまったことを詫びられる。そんなことは理解しているし、何よりも彼女はちゃんと祝ってくれたことが嬉しかったため、彼女は寧ろ祝ってくれてありがとうと、優しい表情でお礼を述べる。
また彼女は両親に、彼との今日の出来事を話して、2人ともニコニコして、彼女の話を聞いていた。
こうして素敵な日を過ごした2人とその家族に、特大の笑顔の華が咲き乱れたのであった。
そんな微笑ましい両家族を、下弦の月もとても光り輝いて見守っていたそうだ。