1-6 ディア・マイ・フレンド
「――そうか」
よみふぃの森。
ピンク、ライトブルー、アップルグリーンと、カラバリ様々なよみふぃが、ふよふよと暮らす人気スポット。
他のプレイヤー達に紛れ、切り株のベンチに腰掛けながら、ソシラと銀色のよみふぃ――レインは他に聞こえないように会話する。
「グドリーさんのアカウント、凍結できませんか?」
「会話ログは残してなかっただろ?」
「は、はい」
運営の監視は、パブリック外の会話までは及ばない。
ユーザー間でログを保存する場合、お互いの合意が必要。
「一方の言い分だけで処分は下せぬ」
「でも、RMTしようとしてるのは本当で」
「……仮に会話ログがあったとて、実際に売るまで運営は手を出しにくい」
「どうして」
「法律的に問題がある」
現実世界においては、犯罪の計画をたてる行為は処罰対象になりうる。
しかし、ゲームの世界においては、それが難しい。
「運営が相手を訴える事が出来るのは、現実で不利益を被ってからで、手間も金もかかる」
「……そうですか」
「――だが、近々その法律が、改正される"噂"がある」
「え?」
「あくまで噂だが、RMT業者は焦って、この世界を売り抜けしようとしている」
「……20周年を迎えるのもあやしいって、まさか」
「そうだ」
レインは、三つ目を全て閉じた。
「1番古く1番ユーザーが居て、そして、1番付けいる隙があるこの世界が、業者共の標的になっている」
20周年を迎えようとしている世界最初の一般向けVRMMO、アイズフォーアイズ。
翻せばそれは、最新のに比べ、システムも規約も時代遅れ。
「法という抑止力が出来る前に、イナゴにこの世界は食い荒らされる」
「法律がもう出来てたら、グドリーさんもRMTをしなかった?」
「……法は魔法じゃなくて、人間社会のルール」
レインは三つの目を開く、そして同時に、
「――するかしないかは結局はモラルの問題だが」
――アバターチェンジ
「罪に問われないのならと、してしまう人達は多く居る」
くノ一の姿になって、立ち上がり、座るシソラの前へと移動した。
「……グドリーさん、お金が要るって言ってました」
「そうか」
「"欲しい"んじゃなくて、"要る"みたいです」
「――そうか」
「僕」
「怪盗シソラ」
人の姿になったのは、より真摯に乞う為に。
「友達を止めたいなら、現実にアイテムを売られる前に盗むしかない」
強く、
「私達運営だって、ユーザーの思い出を、自らの手で汚して欲しくない」
願う為に。
だが、
「……もう少しだけ、考えさせてください」
その言葉残して、シソラはログアウトする。
戻ってくるのは、12時48分の、自分の部屋。
――心にもやを残しつつつ
「学校、戻らなきゃ」
テープPCを剥がし、ゴミ箱に捨てた後、二階の窓から外へ出て再び林を駆けていった。
◇
――午後7時の食卓
窓から飛び降りた事を、教師とAI教師にこっぴどく叱られて、その後も、普段と違う様子をリクとウミに心配されたまま帰宅し、客用の内風呂に入った後、彼の膳に用意されてたは、昨日の誕生日のお礼にとばかりに母が作ってくれた、大好物の生姜焼きだった。
地元産の醤油と、大量の生姜で漬け込んだ豚バラを、玉葱とともに炒めた絶品。
だけどそれを前にしても、箸を一つも動かさないものだから、
「どうしたのソラ?」
「調子悪いのか?」
彼の母親、白金カナと、父親である白金テツとは心配する。
母はポニーテルでメガネをかけててスマートで、テツはガタイが良い顔つきも厳つい、
あまり似ていない両親に、ソラは、口を開く。
「なんでもない、訳じゃないんだけど」
両親との関係は良好で、悩みがあれば相談する。
「友達が、お金の為に、悪い事したいって言ってるんだ」
だけどこの時ソラは、少し、遠回しに話した。
「あら」
「そいつはまぁ」
父母、顔を見合わせた後、
「本当は止めたいんだ、だけど」
「相手にも事情があるって感じか?」
「そ、そうかも」
「だとしたら――下手に首を突っ込まない方がいいかしら」
「え?」
母の言葉は、ソラにとって意外だった。
「更正させようとして、逆ギレされるかもしれんしな」
「悪い人とは距離を置くのが当然だもの」
「と、父さん、母さん」
「まぁソラの気持ちは解るが」
「友達は選ばなきゃいけないし」
「――やだよ!」
思わず立ち上がって、そう叫べば、
――二人は優しい顔を浮かべていた
「え……?」
そうそれは両親が、
「それがソラの本当の気持ちだろ?」
「だったら、なんとかしてあげたいわね」
息子の本心を引き出す為の芝居。
「もう一度話しあったらどうだい?」
「もしかしたら、助けを求めてるかもしれないもの」
「――助けを」
その言葉に――グドリーの後ろ姿を思い出す。
少し黙った後、ソラは、
両手を目の前で、パァンっと音鳴るほどに合わせた。
「――いただきます!」
そして勢い良く着席すると、ご飯と生姜焼きをかっこみ始めた。香ばしい豚肉を箸でもちあげガブリとやれば、甘さ控えめ辛味濃い味付け、白飯がすすむ。タレが染みたキャベツも一緒に咀嚼し、合間にあげとワカメの出汁香る味噌汁を供にしながら、”にくとめし”がもたらす幸せを、喉にぐいぐい飲み込んでいった。
そして、完食。
「ごちそうさまでした!」
手を合わせて2秒、調理者に食べ物に生産者にしっかり感謝をした後、リビングを出て行くソラ、それに、
「ああは言ったが、本当に危ないと思ったら父さん達に頼れよ!」
そう言ってくれた父に、ソラは笑顔で返した。
「大丈夫、ゲームの話だから!」
◇
――10分後
「やってくれるか」
昨日のPVPの戦場、誰も居ない瓦礫の廃墟で、最初からくノ一姿のレインが、シソラの申し出に笑顔を浮かべた。
「それで、今も見えているのか」
「――はい」
自分の力について説明を受けてから、意識すると解るようになった。
――すり抜けグリッチ
「淡い金色が、すり抜けられそうな所に浮かびます」
抉れた地面、下れた看板、ひび割れた壁など、
生物以外の物体にそれが見える。
けれど、他人には見えてない。
「特定の操作を行う、アイテムを指定された順に並べる、グリッチのやり方は様々だ」
「すり抜けバグって、やり方さえ解れば、僕以外にも出来るんですよね」
「それはそうだが、君の場合再現性があるものの、複雑過ぎる工程の最適解を一瞬で見抜く力がある」
「――デバッグ」
「誰でも出来るが誰にも出来ない、理論上可能の体現者」
シソラの力を、レインはこうまとめた。
「|奇跡の乱造者《人力TASによる乱数支配》といっていい」
そこまで言ってレインは、胸元から何かを取り出す。
――それは真っ白なベネチアンマスク
「これって」
「かっこいいのが好きなのだろう? ただのオシャレだが、お前の見る景色に相応しいと思い持って来た」
差し出されたそれを、シソラは受け取る。
マスクはただ白いだけでなく、
優しい金色を、エフェクトのように帯びていた。
――その淡い輝きが
白を帯びた金色が、ソラの思い出を蘇らせる。
小学校の夏休み、湖水浴場で、"怪盗好きの幼馴染み"と一緒に見た、
湖を輝かせる優しい朝焼け。
「さぁ、どう動く怪盗シソラ」
「――その名は今、改めるよ」
口調が、ゲームの時と戻る。
「これより我等が歩むのは、正道じゃなく外道だろ?」
「悪を以て悪を制す――そうだな、けして誇れるようなものじゃない」
「だが例えそうでも我は、この優しい輝きを、胸に灯して戦いたい」
「ならば響かせてくれ、この世界に新たな名を」
受け取ったマスクを、顔に付けて、
シソラは名乗る。
「我の名は――」
◇
――それより1時間後の事
グドリーの屋敷、その応接間にて。
「――くくっ」
この館の主は、沈痛の表情を浮かべていたメンバーが、
「ははは」
呆気に取られる程の勢いで、
「あーはっはっはっは!」
哄笑する――グドリーの手には、ハガキサイズのカードが握られていた。
――それは予告状だった
今夜12時、貴殿のクラマフランマを貰い受ける
怪盗スカイゴールド
シソラの勝利条件、クラマフランマの奪取。
グドリーの勝利条件、それの阻止。
リミットはPVP開始から30分、100vs1、その他の細かいレギュレーションも、グドリー側に有利なもの。
「さぁ皆さん、愚か者がこの館にやって来ますよ! 手はず通り動きなさい!」
「ハ、ハーイ!」
慌てて動き出すPTメン、だが、その顔には少し生気が戻る。
それは、グドリーも同じだった。
「怪盗シソラ、いや、スカイゴールド」
予告状を握りつぶしながら、吼える。
「止めてみるがいい、この"小悪党グドリー"を!」
それが真の願いのように。