閑話 兵士長ウスマン その二
この男が吹聴しているわけではない。
心の底から信じている上での発言だと理解した上で、私は信じきれてはいない。
それは長年の経験や知識から来る絶対的なもの。
あれだけの魔物を前にして、全滅させて戻ってくるなどあり得ないと、俺の中の常識が叫んでいるのだ。
「はずって、なんだそりゃ。で、グレアム。ドウェインの言う通り、本当にやっつけることができたのか?」
「ああ。襲ってこようとしてきた魔物は全て倒してきた。十数体には逃げられたけどな」
俺が一人、心の中で葛藤している中、飄々とそう言ってのけたグレアムさん。
実際に魔法を見たし、この飄々とした態度を見ても嘘ではないことは分かる。
――が、流石に全ての魔物を倒したというのは信じられない。
それが俺の常識であり、この目で見ないことには常識をひっくり返すことはできない。
「信じられん! 信じられんが……実際にグレアムさんの魔法をこの目で見ているから疑うことができない! ――が、流石に全て倒したとは信じることができない!」
「わっはっは! 信じられないその気持ち、よく分かるぞ。ただ、グレアムさんなら可能なんだ。常識から逸脱している男だからな」
「本当に全て倒したっていうなら、とんでもねぇな。オーガとトロールの群れを一人で倒すなんて、英雄譚でも聞いたことがねぇぞ」
「だから言っただろ。グレアムさんは凄いってな」
「凄いってレベルすら逸脱してるだろ」
スペンサーギルド長と謎の男が会話をしているが、俺は今すぐにでもこの目で確認したくてたまらなくなっていた。
どちらかが見に行くことを提案しないか、今か今かと待っていると……。
「疑いが晴れないようなら、確認してきてほしい。死体はそのまま放置しているからな」
まさかのグレアムさん本人が提案してくれた。
全ての行動が、魔物の軍勢を殲滅してきた者そのもの。
「いや、魔物の群れが迫っているという情報があって、これだけ静かな時点で疑ってはいねぇが……戦いの跡は単純に気になるなァ」
「私も気になっています。ギルド長、部隊を引き連れて見に行きませんか?」
「ああ、そうさせてもらおうかァ。グレアム目線じゃ疑っているように見えるかもしれねぇが……悪いな。単純に気になっちまう」
「別に謝る必要はないぞ。俺も確認してもらったほうがありがたい」
ということで、スペンサーギルド長が先導し、冒険者と兵士を集めてから実際に見に行くこととなった。
ちなみに謎の男は残ると言っており、グレアムさんと謎の男を残して出発した。
「……ぷっ、あっはっは! あのほら吹き共、やっぱり残るって言ったな。俺たちが確認している間に、逃げ出すんじゃねぇか?」
「言動の全てがおかしかったっすもんね。ギルド長、本当に無策で行っても大丈夫なんすか? あのグレアムって男が魔物のスパイで、俺たちを嵌めるための策略だったりして」
少し離れてから、そう馬鹿にするように言い出したのはバルキュラと、バルキュラのパーティメンバーだった。
「バルキュラ、よく笑っていられるな。本当に魔物の軍勢を殲滅していなかったら、俺たちは今から魔物と戦うことになるんだぞ」
「おい、さっきからなんなんだ? 俺たちよりも、知らねぇおっさんを擁護すんのか?」
「こらこら、やめろ。ウスマンの言う通り、警戒を怠る余裕はねぇぞ。ましてや身内で口論なんて以ての外だ。それに、グレアムが言っていたことの真偽は、あと数分で分かることだろう」
「スペンサーギルド長、申し訳ありません」
「はっ! どこまでも忠犬だな」
つまらなそうに捨てセリフを吐いてから、隊列の後方へと下がっていったバルキュラ。
元々気性が良い奴ではないが、今日は特に荒れているように思える。
前代未聞の魔物の軍勢が攻めてきているから、当たり前といえば当たり前ではあるんだが……荒れている理由は、なんとなく違う気がしている。
薄々ではあるが、バルキュラもグレアムさんの異様さに気づいているはずだ。
俺の目には、信じたくないものから目を背けるために馬鹿にしているようにさえ映る。
まぁそうだとしても、一人で戦った御仁を馬鹿にするのはムカつくがな。
そんなことを考えながら、スペンサーギルド長を守るように、俺は隊列の最前列を進んでいく。
俺たちは先ほど目の前で見せてもらった氷魔法の跡を進んでおり、そのあまりにも異様な光景に、先ほどまで騒がしかった声が徐々に静かになっていった。
静かになった要因は氷魔法の跡だけでなく、魔物の姿が一切見えないことも含まれている。
もし魔物の軍勢がいるのであれば、既に視界に捉えてもおかしくない距離を進んできている。
仮に視界に捉えられなくても、何かしらの音は聞こえてくるはずなのだが、何の生物も感じないほど静か。
俺以外のみんなも、薄々とグレアムさんが殲滅したという事実を嫌でも理解してきたところで――うっすらと前方に、氷魔法によって氷漬けにされているオーガとトロールの姿が見えてきた。
「オーガとトロールが氷漬けにされている……! あ、あのグレアムって野郎がやったのか?」
「俺は目の前で見ていたから間違いない! ……あ、あの距離から、一気にこれだけの魔物を倒したというのか?」
この光景を見てしまったら、グレアムさんが「魔道士ではない」と否定した理由も分かる。
英雄譚に出てくるような力を持っており、魔道士という括りに収めるにはあまりにも失礼だ。
「ちょっと待てやァ。……後ろにも魔物の死体が転がっているぞ」
全員が真正面に広がる氷漬けのオーガとトロールに目がいっていたところ、静かにそう呟いたのはスペンサーギルド長だった。
視線を氷漬けにされた魔物の後ろに向けると、確かに斬り殺されたであろう数多の魔物が転がっている。
そして驚くべきは……魔物がオーガとトロールだけではないこと。
少し離れた位置にもう一軍存在していたようで、見たこともないような魔物の数々が叩き斬られた姿があった。
「な、なんだこれは……。ゆ、夢を見ているってわけじゃねえよなぁ!?」
「こんな夢があってたまるか。全ての魔物が斬り殺されている」
「見りゃ分かる! 見りゃ分かるが……斬り殺されているんだぞ!? グレアムは魔道士だったんじゃなかったのか!」
困惑してパニックを起こしたバルキュラがそう叫んだが、俺だって困惑して脳がフリーズしている。
魔道士の域を超える英雄の魔法使いが、剣でも英雄の域に達しているという事実。
あまりにも受け入れがたい。
受け入れがたいが……俺はこの目で見てしまっている。
兵士長とか関係なく、一人の男、いや一人の人間として……。
抑えきれぬ心から沸き立つ感情によって、俺は全身の震えが止まらなくなっていたのだった。
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