第172話 ドラゴンゾンビ
ドラゴンゾンビは大口を開けて咆哮しており、酷い臭いが辺りに充満する。
腐っていることもあり、俺はこの腐敗臭が何より一番嫌かもしれない。
「くっさーい! うるさいとか怖いとかよりも、臭いから咆哮するのやめてほしい!」
「アオイちゃん、口呼吸でいきましょう。気にしたら集中できませんよ」
「そうだけど……口呼吸でもちょっと気持ち悪いもん!」
臭いは感じないけど、臭い空気を吸っていることには変わりないからな。
アオイの嘆きに共感しつつも、俺も口呼吸へと切り替える。
「――あっ! 来ます!」
「おっけー! まずは私が行く!」
体当たりする勢いで突っ込んできたドラゴンゾンビに対し、まずはアオイが飛び出していった。
ステップを踏みながらの軽い足取りであり、巨体のドラゴンゾンビ相手にも余裕を感じられる。
表情も柔らかいし、本当にこの状況を楽しんでいるようだ。
成長が見られて、俺としてはこれだけで嬉しくなっているのだが、アオイはポカも結構するからな。
すぐに助けられるように魔力を練り、いつでも魔法を発動できる準備をしておく。
「うーん、グレアムに比べたら遅いね! 体も大きいけど、隙も大きい!」
アオイはドラゴンゾンビをおちょくるように動きながら、ギリギリのところで攻撃を躱して斬り続けている。
傷自体は浅くはあるけど、一方的に攻撃できている点は素晴らしい。
次第に動きにも慣れ始めるだろうから、時間が経過する毎にアオイが有利になっていくだろう。
後は、待機しているジーニアをどう生かすかが楽しみな点。
「当ったらないよーっだ! ジーニア、行けると思った時に合図してね!」
「うん。もう少しだけ見させてくれる?」
「もちろん! いつも理不尽な強さのグレアム相手だから、程よい強さのドラゴンゾンビが楽しい!」
ジーニアは何かの準備をしているらしく、アオイはそれまでの時間稼ぎをしているような会話。
前線で戦っているアオイよりもジーニアの方が集中力が高く、ドラゴンゾンビしか見えていないその目は怖さを感じるほど。
そこから約三分間の間、アオイが一人でドラゴンゾンビを相手し続け、ようやくジーニアの準備が整った様子。
ここまで一発も受けておらず、攻撃も大分深くまで斬れるようになっていたが、アオイは生きておりドラゴンゾンビは死体。
アオイの方がスタミナ切れを起こしかけていたため、このタイミングで準備が整って良かった。
「アオイちゃん、お待たせいたしました。――決めます」
「はぁ、はぁ……ぜ、全然余裕だったよ! 私がこのまま倒せたぐらいだったけど……美味しいところを譲ってあげる! ジーニア、決めちゃって!」
アオイとジーニアは軽いハイタッチをしてから、前衛と後衛を入れ変えた。
ドラゴンゾンビは至るところから出血をしているものの、最初と勢いは変わらない。
前衛に出てきたジーニアに対し、一つ大きく吠えた後、アオイの時と同じように突っ込んできた。
ジーニアは依然として高い集中力を保っているが、剣の柄を握ったまま少しも動かず、見ているこっちが心配になってくる。
距離はすぐに縮まっていき、もうドラゴンゾンビの間合いに入ったというのにまだ動かない。
緊張で固まっているのかと思うほどだが、体は脱力できていて、今までジーニアを見てきた中で最高の構え。
俺は練っていた魔力を解き、安心してジーニアを見守ることに決めた。
ドラゴンゾンビの口がジーニアがいた場所を、地面ごと削り取るように噛みついたが――ジーニアはそんな噛みつき攻撃に合わせて剣を振っていた。
攻撃を躱しながらの一閃はお見事としか言い様がなく、斬られたドラゴンゾンビはまだ自分が斬られたということに気づいていない。
そして、ワンテンポ遅れてから赤黒い血飛沫が空を舞った。
ドラゴンゾンビの首どころの騒ぎではなく、体を真横に両断したようで、ドラゴンゾンビは地面を噛みついたまま、体半分を残して前のめりに倒れた。
「何それ、すっごー! ジーニアが食べられたと思ったら、ドラゴンゾンビが両断されてたんだけど!」
「今のは確かに凄かった。ジーニアが得意のカウンター攻撃ではあるんだが、ドラゴンゾンビの勢いを利用せずとも両断できていた威力だったと思う」
「グレアムさんも、アオイちゃんも褒めてくださりありがとうございます。動きをじっくりと見ることができたからこその会心の一撃でした」
刃の入れ方も完璧で、龍鱗が剥がれた箇所から斬ることができている。
二人ならドラゴンゾンビを倒せると思っていたけど、まさかここまで圧勝するとは思っていなかった。
「一瞬だけならグレアムの攻撃みたいだったもん! ていうか、グレアムの攻撃を参考にしたでしょ!」
「アオイちゃん、よく分かりましたね! グレアムさんから緩急についての話を聞いた時から、ずっとグレアムさんの攻撃を再現できないか練習していたんです。速度を同じにすることは無理でも、敵に与える一瞬の体感速度を同じにすることはできるんじゃないかと思って練習していました。……今回に限っていっても、まだまだ練度が足らないんですけど」
「相手の威力を使いながら、踏み込みと回転力、それから緩急を駆使して、弱点部分にクリーンヒットさせる。素直に素晴らしかったと思う。あと、ジーニアの一撃で完全に隠れてしまったが、アオイの動きと攻撃も良かった。二人共、この短期間で本当に成長したな」
「グレアムさん、本当にありがとうございます!」
「私も褒めてくれてありがと! でも、ジーニアには負けてられないから、まだまだ上を目指すからね!」
「私も負けません!」
ドラゴンゾンビを圧倒しながらも、まだまだ向上心を持っている二人。
これはまだまだ伸びるかもしれない。
ポテンシャルはフーロ村に残してきた姉妹の方が圧倒的に上だと思っていたけど、ジーニアとアオイも匹敵するポテンシャルを秘めている。
そう確信することのできた一戦だったな。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
本作の書籍版の第一巻が発売しております!!!
加筆もしており、web版を読んでくださっている方でも面白く読めると思いますので、是非お手に取って頂ください!
どうか何卒、ご購入お願い致します!!!!!
↓の画像をタップorクリックして頂くと、購入サイトに飛びます!