第132話 物件
ビオダスダールに戻ってきてから、約一ヵ月が経過した。
王都では常にバタバタとしていたため、この期間は一日一つの依頼をこなすゆっくりしたペースで過ごしており、楽しい冒険者ライフを送ることができている。
リア、トリシア、モードの三人についても変わらず良好で、今は俺と同じ宿の部屋を取って、酒場の店主のカイラに話をつけて働かせてもらっている。
ちなみに三人も雇せてしまったら酒場の経営が立ち行かなくなってしまうため、給料は三人で一人分。
宿泊費と食費は俺が出してあげ、その他でかかる費用を稼いだお金でやりくりさせている。
このビオダスダールでの新しい生活にも慣れてきたようで、もはや元奴隷とは思えないほど肌艶も良くなっている三人。
もう少し時間がかかるかと思っていたが、三人とももう孤児院で働くことができるように見える。
既にアポは取ってあるし、今日にでもギルド長に話をしに行ってもいいかもしれない。
「いえーい! 今日も楽勝! ビオダスダール近辺は平和でいいね!」
「グレアムさんが平和にした――みたいなところがありますけどね。オーガにベルセルクベア、それからゴールドゴーレム。ビオダスダール近辺にいた危険な魔物は全てグレアムさんが倒していますから! デッドプリーストのベインさんもグレアムさんのお陰で改心したみたいなところがありますから、本この街の近くが平和なのはグレアムさんのお陰ですね!」
「そう考えると、グレアム様様なのか! 王都は荒れに荒れていたもんね! もう王都での疲れも完全に取れたし……私的にはそろそろ大きな問題が起こってもいいけど!」
「そんなことを願うな。絶対に平和の方がいいからな」
アホなことを言いだしたアオイに、俺は少し強めに注意を行う。
王都も大騒ぎだったとはいえ魔物自体が弱く、魔王軍に早く気づくことができたこともあって大事には至らなかった。
ただ……フーロ村で魔王軍とやりあっていた俺としては、魔王軍を舐めてはいけないことを身をもってよく知っている。
大きな問題が起こっていい等とは、口が裂けても言うことはできない。
「ただの軽い冗談だって! それよりもさっさとギルドに依頼達成の報告に行こうよ! 終わったら酒場で飲み会!」
「そのことだが……今日は少しギルド長に用があるから俺一人で報告に行く。二人は先に酒場に行っていてくれ」
「なになに!? ギルド長からの呼び出しって本当に何かあったの?」
「呼び出されたとは一言も言っていないだろ。俺が時間を作ってもらったんだ」
一人で勝手に興奮しているアオイ。
この興奮具合からも、さっきの発言が全く冗談ではなかったのも分かるな。
「孤児院関連のお話ですか?」
「ああ、そうだ。リア、トリシア、モードの三人もここ一ヶ月でビオダスダールに慣れてきたからな。王都遠征でお金もかなり貰ったし、そろそろ本格的に進めようと思っている」
「グレアムさんが掲げている善行の大きな一歩ですね! 私も本当に楽しみですし、全力でお手伝いします!」
「ジーニア、ありがとう。ということだから、二人は先に酒場へ行っていてくれ」
「分かった! 先に楽しんでいるから、受付嬢さんによろしくね!」
こうして俺は二人と別れ、一人で冒険者ギルドに向かった。
ギルド職員にギルド長室まで案内してもらい、ノックをしてから部屋の中に入る。
部屋の中には前と何ら変わらず、書類だらけの部屋で作業をしているギルド長の姿があった。
「おお、グレアムさん。もう来たのか」
「依頼が思いの外早く済んだから、依頼終わりにそのまま来させて貰った。……仕事中だったか?」
「いやいや、軽い確認作業をしていただけだから大丈夫だ。そこのソファーに座ってくれ」
ギルド長に促されるままソファーに腰掛ける。
それからお湯を注ぐだけで作れるコーヒーを入れ、俺の前に置いてくれたことで話を行う準備が整った。
「さて早速だが、孤児院の件はかなり進んでいるぞ。土地探しから始まり、どんな建物を建てるのかって話から始まると思っていたんだが……。タイミングよく良い物件が売りに出されてな。まずはグレアムさんにその物件についてを話したいと思っている」
「良い物件? ギルド長はその売りに出された物件を孤児院にしようと考えているのか?」
「ああ。ビオダスダールで三本の指に入る貴族。グレイテスト家が家を売りたいという話が上がってな。値はそれなりに張ってしまうが、建物の大きさはもちろんのこと、大きな庭に別館まである。新築で孤児院を建てるよりも良いと俺は思った」
貴族が売りに出した家を孤児院にするってことか。
確かに一から建てるよりもコストは抑えられるのかもしれない。
「ギルド長がそう言うのなら異論はないが、貴族の家なんて、金銭的に俺が支払える額なのか?」
「そこはギルド長として全力で交渉するつもりだ。グレアムさんには散々世話になったし、グレイテスト家に安く売って貰えるようにお願いする。それに……金銭的に住めなくなって手放すのではなく、王都への栄転だから早く売りたいって気持ちの方が強いはず。こちらと向こうとの目的は合致しているから安く買えると思う」
「そういうことなら、貴族の家を孤児院にするという方向でギルド長に任せる。お金の用意は具体的な話を聞いてからで大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。それに金銭の管理も俺が行っているしな。上手いことやるから信用してほしい。……ということで、早速グレイテスト家を見に行こう。実際に見てみないと分からないことも多いだろう」
もっと前段階の話し合いになると思っていたのだが、俺が思っているよりもトントン拍子で進んでいっている。
この物件で決まるかはまだ分からないが、俺は年甲斐もなくワクワクしながら、ギルド長の案内でグレイテスト家へと向かった。
私の別作品の『勇者殺しの元暗殺者』のコミック第一巻が本日発売となっております。
本当に面白いので、是非お手に取って頂けたら幸いです!
↓の画像をタップして頂ければ、Amazonの購入ページに飛びます!