音楽の神話
エリーゼになったエリック視点
文化祭の会場の準備は僕たちキリンクラスの1年生が行う。
シートを敷き、椅子を並べる。
こんな雑用をしている間にも、他のクラスの生徒は授業を受け、魔法の知見を深めている。
歯がゆくて悔しいと思い、焦りながらもアキラの言葉を思い出す。
「音楽は争いの道具ではない……か」
そんなきれいごとを言われても、生まれたときから、競争の道具として音楽は使われていた。
いや、生まれたときからではなく、それよりも前、有史始まって以来から。
神学の授業によれば、はるか昔、人類は神より2つの選択を迫られたという。
科学と魔法。
どちらを使って発展させたいかを神は人類に選ばせた。
人類は魔法を選び、声楽を選んだ。
社会の身分は声楽の能力で決まる社会が築かれた。
人類の歴史の必然として、時に革命が起き、政変が起き、下剋上も起きた。
だが、社会身分のヒエラルキーを決める存在としての声楽、魔法は絶対だという原則は変わらなかった。
生まれ持った身分だけで、人間の価値が決まるよりかは、努力によって向上するスキルによって決まる方がいくらか平等である。
そんな理屈により、音楽を立身出世の道具として使われることに人類は誰も何の疑問も持たなくなっていた。
音楽が生活に根差す一方で、音楽を奏でることに人類は疲れていた。
アキラによると、彼はそんな世界の外からやってきた。
外の世界では、音楽は純粋に芸術として、あるいは娯楽として消費されているらしい。
そんな世界では、きっと僕は、エリートではなく平凡な人間として埋もれていたことだろう。
だが、そんな世界も悪くないと思った。
単純に人の感情を揺さぶり、癒しを与える存在としてミュージシャンがいる。
アキラの暮らしていた世界にいつか行ってみたい!とすら考え始めていた。
ミラヴェニア魔法学園は、男子生徒こそが花形で女子は添え物でしかない。
そんな学校で女子が目立てる数少ないイベントの一つがこの文化祭の舞台である。
男子生徒は舞台装置をセットする裏方に回り、女子生徒が役者として舞台にあがることが慣習となっていた。
文化祭のヒロインはとても名誉なことだったが、プレッシャーも感じていた。
きっと、それは、誰にも負けたくないという気持ちが先走っているからに違いなかった。
もし、誰かと戦うことを意識せず、純粋に声楽を楽しむことができたら……。
アキラは僕に声楽の喜び楽しさを与えてくれた。
最近の夜のトレーニングのおかげで、音楽を立身出世の道具としてではなく、生きる楽しみとして見れるようになってきた。
僕は、自分で自分に魔法をかけ、みにくいあひるの子の姿になり、舞台裏にスタンバイした。
開演ブザーの音は鳴り、舞台の幕は徐々に上にあがっていった。




