星に願いを 乙女の夜のお楽しみ
エリーゼになったエリック視点
「アドリブ?」
ハイトーンドリームの楽譜には自由に歌ってと書いてある場所があった。
「自由に歌ってと言ってもねぇ……」
魔法詠唱は決められた音階を確実に歌うことがルールとして定められている。
そうしないことには魔法は発動しない。
それが、自由に歌えなんていうのは前代未聞だ。
「スケールの中で自由な音階を歌えばいい。そのためのスケールトレーニングなんだから」
「なるほど?」
わかったようなわからないような。
「僕はさ。演劇を成功させることよりも、エリーゼに声楽の楽しさを知ってほしいんだ。この世界にやってきてから、生活のために、見栄のために、勝ち負けのために歌を歌うなんてつまらないことだと僕は思っていたんだ。もっと純粋に音楽というもののすばらしさを感じてほしい」
「音を楽しむ?」
考えたこともないことで虚を突かれた。
僕は、この身体になってから、元のエリーゼを見返してやる、女子寮のみんなをギャフンと言わせてやることばかり考えてきた。
歌を魔法を復讐や成り上がりのための手段とばかり見てきた。
今度の文化祭だってそうだ。
名声をあげて、自分とアキラのペアを認めさせることばかり考えてきた。
アキラを育て、上級クラスに行ってやることを企んできた。
それが当のアキラはどうだ。
勝ち負けではなく、自分の楽しみのために声楽を使えと言ってくる。
「勝つことこそが楽しいことだと思っていた」
僕はぽつりとつぶやいた。
「白鳥なんてなれなくていい。魔法の成否なんてどうでもいい。君の美しい歌を美しい声を会場中に轟かせてほしい。音楽には人の心を動かす力がある。感情を動かす力がある。それを音楽を争いの道具だと思っている会場のみんなに知らしめてやってほしいんだ。音楽の美しさを……君の美しさを……」
胸が高鳴った。
どきんとなった。
アキラは僕が考えていたよりもはるかに大人ではるかにロマンチストだった。
僕に……エリーゼにできるだろうか。
アキラの言うように魔法の威力によらず、会場のみんなの心に響く歌をこの声帯で奏でることが。
アキラといると星空がいつもよりきれいに感じられた。
流れ星に演劇の成功を祈る。
僕はアキラとのトレーニングを終えた後、一人部屋に戻った。
不思議な感情が沸き起こる。
今夜はいいよね。
「女の身体って男だった頃みたいに気持ちよくないんだよねぇ。誰だよ。女の方が100倍気持ちいいとか嘘ついたやつ」
お楽しみをはじめる。
「!?」
嘘だ。
アキラのことを考え始めた途端。
僕は男だ。
そんなことがあるはずが……。




