お人よしは身を亡ぼす
エリーゼになったエリック視点
「何をするんだっ!?」
男に襲われた恐怖で声が出なかった僕にも突然の出来事に声が出た。
暴漢が手首をアイスピックで掻き切ったのだ。
「女を殺すくらいなら俺は死を選ぶっ!」
何を言っているかよくわからないが内面の性別が男であるか女であるかに異常にこだわりを持っている人間のようだ。
心の性別なんてそんな単純なものじゃないのになあと僕は思った。
だが、そんなことは今はどうでもよく、血がどくどくと湧き出る。
このままでは目の前の男は死んでしまう。
僕は、幼き日に、声変わりを迎える前に戦場で覚えた女声魔法を使うことにした。
僕は、女たちに混じって戦場の後方支援の仕事をこなしていたのだ。
その中にはナース、看護師の補助の仕事も含まれていた。
そんな中で覚えた魔法が止血魔法だ。
アルトボイスで手早く魔法を詠唱する。
傷が深くて血が止まらない。
一刻も早く、救急車を呼ばねば。
救急魔法を詠唱し、今、男が死にかけていることを伝えた。
医者がこちらに向かうことを告げる。
止血魔法を引き続き唱え続け、余裕があれば、消毒魔法も唱える。
さらに血小板の動きを活性化する魔法も僕は覚えている。
とにかく、救急に必要と思われるありとあらゆる魔法を男に向けて詠唱した。
助けたらまた襲われるのではないかとも思ったが、目の前の苦しんでいる人間を助けたいという思いがそれに打ち勝つ。
しばらくすると、医者たちは魔法馬車に乗ってやってきて、男を担架に乗せる。
僕も馬車に同乗し、行く末を見守る。
男は一命をとりとめたのだ。
僕の懸命の応急処置がなければ死んでいたということだった。
男の名前はワグナーといい、エリーゼとは幼馴染だったらしい。
親が死に家庭に不幸が降りかかったことで闇の組織に取り込まれてしまったらしい。
貧困が彼を苦しめていた。
その事実に僕は悲しくなった。
僕は一人の命しか救えないちっぽけな存在でしかない。
結局は、エリーゼの実家に一度も立ち寄ることなく、僕は彼の看病のために連休を潰すことになった。
「……」
ワグナーは喋れるところまで回復したが、目を合わせてくれなかった。
「なぜ、俺を助けた。お人よしは身を亡ぼすぞ」
「僕は、人の善性というものを信じてみたいんです。裏切られるかもしれないけど、人に尽くして生きてみたい」
「すっかり、大人の女になったんだな。俺の負けだ……」
彼と勝負したつもりはなかったが、どうやら僕の勝ちのようだった。
「困ったことがあれば言ってくれよ。力になってやる」
力か……。
誰が僕を襲うよう指示したのか聞きたかったがどうやら、彼は答えたくないか、あるいは本当に知らないようだった。
次回の声楽学園日記は
「演劇文化祭!歌がつなぐ愛の旋律編」
をお送りしますのでお楽しみください!
この物語の前半のクライマックスといいますか集大成と言いますか、声楽で魔法を唱える世界観の真髄が見れます。
どうかお楽しみに!




