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第三話 雪乃とユシ

「ユシはテン・シー星人のユシくま。ユシと契約して正義の魔法少女になれくま」


「正義の魔法少女、ですか」


 目の前に現れたモッフモフの生き物だかぬいぐるみだかな何かを前に雪乃は小首を傾げた。

 雪乃の顔くらいの大きさで、顔くらいの高さをふよふよと浮かんでいる。

 見たことのない生き物だかぬいぐるみだかは強いて言うなら熊かテディベアのような姿をしていた。


 学校の帰り道、夕焼け空の下で謎の生き物に遭遇したらぎょっとしそうなものだが雪乃は平然と、にっこりと微笑んでいる。


「そう、正義の魔法少女くま。ア・クーマ星人と契約して地球を破壊しようとしている悪の魔法少女から地球を守るらしいくま」


「地球を守る、ですか」


「そうらしいくま。別に断ってくれてもいいくま」


「ずいぶんとやる気のない勧誘ですわね」


「正義の魔法少女的には地球を破壊されるかもってのに真面目にやれってご立腹しちゃうくまか?」


「いいえ、そんなことは。魔法少女の勧誘なんてきっと大変なお仕事ですもの。適度に手を抜くことは大切だと思いますわ」


「アンタ、わかってるくま! 正義の魔法少女なんて融通の利かないイイ子ちゃんかと思ってたけどアンタとなら上手くやっていけそうくまー!」


 ケラケラと笑うユシを見つめて雪乃はにっこりと微笑み続けている。


「私が正義の魔法少女になるのをお断りするとどうなるのでしょう?」


「別にどうもならないくま。宇宙の意志だかで決まった今回の正義の魔法少女とその契約者は一組、アンタとユシだけくま。アンタが正義の魔法少女にならなければ悪の魔法少女を止める者がいなくて地球が破壊されるだけのことくまよー」


「そうですか。ところでア・クーマ星人と悪の魔法少女はどうして地球を破壊しようとしているのでしょう?」


「地球が美しくて愛しいからだくま」


 そう言ってユシはニヤリと笑った。


「ア・クーマ星人は美しいとか愛しいとか思った対象を殺したり破壊したくなるんだそうくま。地球も美しくて愛しいから破壊したくなっちゃうらしいくま」


「あらあら、まあまあ」


「逆にお優しぃ~いテン・シー星人は美しくて愛しいなら守りたくなるんだそうくま。ア・クーマ星人が破壊しようとするのなら正義の魔法少女を使って美しくて愛しい地球を守るんだそうくま」


「そう言うあなたもテン・シー星人のはずなのに、なんだか言い方が他人事ですわね」


「ユシはテン・シー星人くまけどア・クーマ星人の気持ちの方がわかるくま。それにまわりのテン・シー星人連中……特に双子のテシにはちょーっとイライラしていたところくま」


「あらあら?」


「美しいもの、愛しいものを破壊するたびにお説教をして、最後には〝あなたの中にも美しくて愛しいと思う気持ちがあるはずてん。美しくて愛しいものを守りたいと思う気持ちがあるはずてん。テシは信じてるてん〟とかなんとか言って抱きしめるくま。抱きしめるとかぞわっとするくま! てんてんてんてん、うるさいくまー!」


「あらあら、あらあら」


 短い手足をジタバタさせるユシを見て雪乃は頬に手を当てて微笑んでいる。


「そんなわけで正義の魔法少女の勧誘もやる気はぜーんぜんないくま。こんなに美しい地球をア・クーマ星人と悪の魔法少女に破壊させちゃうなんてちょっともったいない気もするけど、くま」


「あらあら」


「やっぱり美しくて愛しいものは自分の手で破壊したくなるくまからねー」


「……」


 ニヤニヤと笑うユシを見つめて雪乃はあいかわらず微笑んでいる。

 正義の魔法少女を引き受けるとも言わず、ただ黙ーって雪乃は微笑んでいる。

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