side小夏
窓から暖かい太陽の光が入ってきて、自然とまぶたが重たくなってきた。
今日最後の授業である、数学。お昼を食べたあとの午後の授業は、やっぱりみんな眠くなる。隣の席でうつらうつらしている美弥を、小夏は優しくつついた。
雨宮先生の授業はわかりやすい。だからどうにか起きていられるが、先生は雑談をすることがないので退屈してしまう生徒もいる。ちゃんと授業を聞いているのは、小夏の他数名だけになっていた。
「華原さん、僕の何がいけないんだと思う?」
そう雨宮先生に聞かれたのは昨日のことだ。教員室に質問に言ったら、逆に質問されてしまった。
「先生の授業はおもしろいですよ」
小夏は正直に答えた。
「本当に?いつも、授業中みんな寝ていると思うんだけど……」
「わたしは起きていますよ。先生の授業がわかりやすいから、寝てる隙がないんです。けどあえて言うなら、もう少し雑談があってもいいかもしれません」
そこに、小夏を探しに来た美弥が現れて、言った。
「うん、先生の数学はわかりやすい。でも、あの悪魔的睡魔には誰も勝てないよ……」
「そう言ってもらえるなら心強いけど、睡魔には勝ってほしいなぁ」
雨宮先生の笑顔に、ちょっぴり心臓が音をたてた。
「先生も悩みとかあるんなら、はらこにいっぱい相談しなよー!はらこのカウンセリングは、よく効くんだから」
「そうだな。先生もなんだか肩が軽くなった気がするよ」
「よかったです。頑張りすぎないでくださいね」
おう、とうなずいた先生の夕日に透かされた髪の毛。黒髪が少し茶色がかっているんだなと気づき、触れたくなってしまった。
「──華原さんも寝ちゃったら、先生本当に病んじゃうよ?」
はっ。
顔を上げるとすぐ目の前に先生の顔があった。
わわわ───っ。
「照れてるぅ」
いつのまに目覚めたのか、美弥がからかうように言った。
「て、照れてなんかないよ。ちょっとびっくりしただけ」
言い訳して髪を撫で付ける。なにしてるのわたし。授業中に気を抜いちゃだめじゃない。
落ち着くと、先生の綺麗な目と甘酸っぱい香りを思い出す。あの香りは懐かしい。どこかで嗅いだことがあるような──
急な頭痛に顔をしかめる。
このような頭痛はよくあるので我慢するが……今日のわたしはなにかおかしい。
「華原さん、大丈夫?」
気がつくと授業は終わっていた。声の主は玉枝……菜奈芽さん。暗くておとなしいから、あまりかかわり合いはないのだが。
「あ……うん、ありがとう。大丈夫だよ、菜奈芽さん」
長い前髪で表情は見えなかったが、微かにうなずいたのがわかった。
「なにあいつ」
美弥が麗華たちに絡まれている菜奈芽を横目で見て、嫌そうに言った。
「心配してくれたのに悪く言うのはよそうよ。それにわたし、麗華ちゃんの態度も少しひどいと思うの」
「はらこは優しすぎるんだよ。あいつが暗いから悪いんじゃん」
小夏にやんわり注意されて、美弥はぷうっとむくれた。
姫野麗華はクラスの女王様的存在でほとんどの生徒が彼女に逆らえなかったが、小夏とは対等な関係だった。小夏が学年トップで奨学生だからか、はたまた小夏が分け隔てない性格だからかは、わからないが。
「はらこ、今日変だね」
またぼーっとしていた小夏に、美弥は心配そうに言う。
「恋の悩み?」
……心配してくれているわけではなかったのか。
「なんだか、ぼーっとしちゃってね。恋の悩みではないと思う」苦笑い。
「いい加減認めたら?雨宮先生を見る目付きったら、ハートマークそのまんまだし」
「そっ、そんなことないよ……っ」
ぽとん、と手から消しゴムが消え見えなくなった。
「どうだか。なにやってんの?このあと音楽室でしょうが。」
「あぁ……っ」
消しゴムを追いかける小夏。美弥は楽しそうな声で言ったのだった。
「やっぱ変」