side小夏
コンビニのバイトが終わった小夏は、夜のバイトまで時間があったので、秘密の場所へと足を運んだ。
「ファンドー?」
小夏の声に反応して、子犬が現れる。
「ごめんね、遅くなって。」
バイトでもらったおにぎりをやる。子犬は嬉しそうに頬張った。
この子犬は捨て犬だ。2週間前にこのマンション裏の空き家に棲み着いているを知って、それ以来ちょくちょく様子を見にきている。最初は飼おうか考えたが、小夏以外にも餌付けしている人がいるようなので、様子を見るだけにしていた。
「おいしい?ファンド」
ファンドという呼び名は、英語のfoundlingからとった。いずれ飼い主ができたときに困らないように、あまり呼ばないようにしているが。
小夏は笑いながら、子犬を撫でた。子犬もしっぽを振って甘える。
「──お姉ちゃん、クロの飼い主?」
突然の声に顔を上げると、小さな女の子が立っていた。まだ幼稚園生ぐらいで、人懐っこそうな目に警戒の色を浮かべている。
「こんにちは。お姉ちゃんは、クロのお友達だよ。華原小夏っていうの。あなたは?」
「ひまり!」
名乗ったことで警戒が溶けたのだろう。女の子もしゃがんで子犬を撫で始めた。
「ひまりちゃん、ママは?」
「いなーい!」
きゃっきゃっと笑っていて、こちらを見ない。会話もままならない……。
それにしても、こんな小さな女の子が空き家で一人きりなんて危なすぎる。母親は何をしているのだろう?
「パパは?」
「お仕事!」
でしょうね。
「おうち、どこにあるの?帰ったほうがいいんじゃない?」
「きゃははっ、クロぉ~」
──聞いてない。
「ひまりちゃん……お姉ちゃんこれからお仕事だし……」
「これからぁ?」
「そうそう、行かなきゃならないの。暗いし誰もいなくて危ないから、ひまりちゃんも帰ったほうがいいよ?」
ぷーっ。膨れっ面。
「ね?」
「わかったー。お姉ちゃん、また会おうね」
嫌々そうだったがうなずいた。いや、うなずいてくれなきゃ困る。
こうして、小夏はもう一度確認して、子犬を撫でてから、バイト先に向かったのだった。そしてこれが、小夏とひまりの最初の出会いだった。