side小夏
「ねねっ、はらこも聞いたっ?」
おしゃべりな須藤美弥に話しかけられて、華原小夏は黒板を消す手を止めた。
「何をー?」
美弥は小夏が知らないのを見てにこっと笑い、嬉しそうに答える。
「うちの副担任、ずっと休んでたでしょ?どうやら病気らしくて」
「え、そうなの?」
小夏たちのクラスの副担任は、数学科の教師なのだが運動部の顧問をしていて、一見体育科の教師に思える風貌をしていた。病気とかそんなイメージからはかけはなれている。
だから、少し驚いた。
「うん……でねっ、ちょっと休むらしいの、」
一瞬トーンを落としたものの、すぐに上げる。新ネタを披露する美弥の目は輝いていた。
「うん」
言葉を切るのも、演出のようだ。先を促すのを期待しているところが、少しじれったい。
「で、新しい副担任がくるんだって!」
……おおよそこんなところかと。
なんて、おくびにも出さず、小夏は目を見開いてみせた。
「そうなんだ!どんな先生がくるのかな?」
「若い男の先生だって!」
どこからそこまで情報を仕入れてくるのか、まったく謎だ。男の先生、だけならまだしも、若い男の先生だなんて、いったいこの美弥という情報屋は……あなどれない。
そして、女子の話題となれば、ここに行き着く──「その先生、かっこいいかな?」
──夏休み前の美弥との会話を思い出して、小夏は確信した。……あなどれない。
始業式では舞台のはしっこにいただけだったからあまりわからなかったが、こう教室の前に立たれればよく見える。若くてひょろっとした、男の教師だった。
「今日から2組の副担任をしてくださる、雨宮先生です。」
鈴木先生の言葉で、彼は自己紹介を始めた。
「あまみやゆうせいといいます、今日からよろしくお願いします。」
美弥が隣でにやにやして小夏をつついた。「ちょっとかっこよくない!?」
背が高くて少し寝癖がついていて、黒いメガネもなんだか知的。確かにかっこいいかもしれない。
あまみや、ゆうせい──。
「ん?なんか言った?」
「いや、ちょっとかっこいいかもって」
「でしょー!」
嬉しそうだ。
はいはーい!と、何名かの男子がふざけた調子で手を挙げる。「質問とかいいですかー?」
「彼女とかいるんですか?」早速。「──結婚してます。」
左手薬指の指輪。本当だ。美弥が隣でうなだれている。
「先生、名前の漢字、教えてください」
ふざけた男子とは違い、堂々と聞いたのはクラスの女王的存在の姫野麗華。ツインテールの髪を揺らし、立っている。
“雨宮遊星”
雨宮先生はすらすらと書くと、「よろしくお願いします」と頭をさげてから、鈴木先生と教室を出て行った。
「姫野……早速目ぇつけたね、あれは」
美弥が横目で麗華を見ながらつぶやいた。
「結婚してるのに?」
「そんなの、あいつには関係ないよ。ちやほやされたいだけだもん、特に若い先生とかに」
うちの学校は年配の先生ばかりで、若い先生が少ない。だから、目をつけるのは当たり前ともいえた。
クラス中のあちこちから雨宮先生に対する評価の声が聞こえる。地味や暗いという意見から、小夏や美弥のように少しかっこいいという意見。当然だが、タイプによって見方は違うようだ。
「このあと、授業だよねー」
「うん。世界史と英語と数学ね」
「まったく、夏休み明け初日から詰め込みすぎじゃない?高校生ってこんなにつらいものなの?」
美弥がぶつぶつと文句を言った。本当にそうだ。中学校のときはホームルームぐらいだったのに……。
「でも、数学ってことは雨宮先生の初授業ってことでしょう?楽しみにしておこう?」
「そうだね……。」