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side遊星

ゴォォ~~ッ

切れかけた電灯がチカチカとゆれ、制服の薄いズボンのきれ1枚を隔てた足に、冷たい風が当たった。ブレザーの下に着たパーカーのチャックを上までしめ、軽く足踏みをする。

終電まではあと15分くらいで、周りには酔っぱらったおじさんが1人──と、あと、赤いランドセルを前に抱えた、少女のみ。

小学生……?ブレザーを着た高校生の自分が、補導されるのではと警戒しているのに、よくこんな時間に1人でいれるものだ。親は何を考えているのだろう。

パーカーの袖を指先まで伸ばし、息を吹きかける。秋口の今、地下鉄構内で待つ時間は、かなりの苦行だ。

──終電まで後10分。

ケータイの充電も切れ、退屈しのぎにとりあえず少女を見た。彼女もやはり気にしてるのか、前に抱えたランドセルに上着をかけていた。ただ、そのせいで薄手のロンTだけになり、小刻みに震えている。

「……っちくしょ」

寒いが、少女の細い背中が震えているのは、見るにたえない。ブレザーを脱ぐと、少女に近づいた。

その時。

少女が膝からガクリと倒れ込んだ。

「お……おいっ!大丈夫か!?」

少女に駆け寄る。

少女の体は冷たくて、反応がない。

「駅員さん……駅員さんっ」

ブレザーで少女の凍えた体を包み、抱き上げた。想像以上に、軽い。


しばらく気を失っていた少女は、駅員室の簡易ベッドの上で目を覚ました。

「……大丈夫?」

現状を理解するのに、数秒かかった。

「………大丈夫、です……」

蚊の鳴くような小さな声。少女はうつむいた。

「ホームでいきなり倒れたんだ。覚えてる?」

「はい。あの……あなたが運んでくださったのですか?」

「そ、そうだけど……」

頼りない少女の口から発せられた敬語に、少したじろぐ。

「ありがとうございます。これも、あなたのですよね」

ブレザーを軽く畳み、頭を下げながら返してくれた。簡易ベッドに腰掛けた少女に、こちらも背をただしてしまう。

「お母さんは?」

「母は仕事中で……連絡がとれないんです」

仕事中、ということはもしや。

「……お父さんは?」

「いません」

──やめておけばよかった。ちょっと後悔した。

「あ……でも、たぶん母は来てくれるんじゃないかって……」

そういえばさっき、駅員さんが保護者らしき人物と電話していたような。

「じゃあ……どれぐらいで来るか、駅員さんに聞いてみるね」

立ち上がった。しかしその手を、ぎゅっとつかまれた。小さいが温かい手が、手首をにぎっている。……痛くはない。

「ごめんなさい……あの……一緒に、いてもらえませんか……?」

覗き込むように見てきた目。しっかりとした光が、瞳をとらえた。

おとなっぽい子とはいえ、寂しいのだろう。

「わかった。お母さん、一緒に待とうか」

少女は、こくっとうなずいてみせた。やっぱり幼いのだ。

「あの、お名前……うかがってもよろしいですか?」

「ああ。あまみやゆうせい、君は?」

少女が口を開いたとき、駅員室のドアが開かれ、女のひとが飛び込んできた。

「なっちゃん!?なっちゃん!?大丈夫なの──っ?」

簡易ベッドに腰かけたまま、ぽかんと見上げる。

母親じゃない。母親より、ずっと若い。

「あ、あの……あなたは?」

駅員さんの遠慮がちな声。

「この子の副担任の、美並です。この子、貧血持ちで……お母さんは今お仕事中みたいで連絡つかなくて……」

「あ、先生。そうですか、わかりました。」

お気をつけて、と、せかす駅員さん。終電はもう行っていて、駅構内は静かで寂しかった。

「あまみやさん……っ」

美並先生に支えられ、伏し目がちに言う。

「ありがとうございました……っあの……」

「ん?」

「電車……」

「歩いて帰るよ。大丈夫」

「……あのっ、本当にありがとうございました。また──」

「また?」

ごくっ、とつばを飲む。

「また──会いたいです」




…………パ。

パパ。

「パパぁ?」

───!?、はっ

「やばっ、陽葵っ、ちこくーっ!!」


「──というわけで、遅刻しました。すみません……」

頭を下げる遊星に、「遅刻を叱る側の人間が遅刻だなんて、勘弁してくださいよぉ」と、戸田教頭が嫌みっぽく言った。

「はい……」

そうとしか言えない。この雨宮遊星、今日が憧れの教師第1日目なのだ。

「落ち込まないで、雨宮先生。教頭はちょっと口が悪いの。でも、そんな悪い人じゃないから」

優しく笑いながら、鈴木先生が肩を叩いてくれた。鈴木美沙子先生──遊星が今日から副担任になる2年2組の、担任の先生。40歳ぐらいの彼女はおっとりしていて、見るからに生徒たちから好かれそうだ。

「ちっちゃいお子さんがいて大変なのよね。」

「はい、まぁ……」

確かにそうだが、それを理由に甘えていいわけではない。

「緊張してるでしょう?でも、うちの学校の子たちは本当にいい子だから、心配することないわよ」

鈴木先生の笑顔を見ているだけで、落ち着く気がする。

「確かに……真面目でしたね」

始業式の挨拶だ。校長の話が長いにも関わらず、生徒たちはきちんと整列して、静かに聞いていた。

パラパラと話している子もいたが、注意されるほどでもない。

「真面目だけど、明るくて活発で……楽しいクラスよ」

教室のドアに手をかけて、鈴木先生がまるで我が子の自慢をするかのような顔で、にこっと笑った。

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