ヤンキー聖女の釘バッ道
活動再開します&電車の中で書きました。
「あン? 舐めてっとぶっ飛ばッぞオラ!」
教会裏の日陰にて、あるヤンキーの声が轟いた。
ギラギラとした明るい色の髪を短く整え、生まれ持った真紅の瞳で睨みつけた対象は、一匹の小さな猫だった。
担いだ釘バットで殴られると思ったのか、身構える子猫。恐る恐る瞼を開くと、少女が手を差し伸べていた。
白く柔らかな手の先には、潰されたトマトがあった。
ペロりと舐めてから、がっつく子猫。
「みゃう......」
「メシなら食ったろうが。足りねぇのか?」
ここレスリッド聖神国には、聖女がいる。
曰く、世界で最も素行が悪く、言葉遣いが汚く。
曰く、初めて会う者は皆腰が引ける。
曰く、誰よりも命を愛し、守る力がある。
曰く、自らを「ヤンキー」と名乗る聖女だと。
「じゃあな、みゃー太。ウチはお祈りの時間だから」
「みゃぁ」
「ダメだ。神聖な教会にゃあ動物は入れねぇ」
ワシャワシャと子猫を撫でた聖女は、振り返ることなく教会に戻る。
異形蔓延るこの世界。神への祈りは生きる証だ。
数多くいるシスターの中でも、最高位である聖女しか許されない、祭壇前の祈祷。
目を閉じ、静かに祈りを捧げる姿は信徒の憧れだ。
「クリス、お前洗い物サボったな? お?」
「ひ、ひぃ!」
「それは『はい』か? あぁ?」
祈祷が終わると、シスターの見回りに行く聖女。
昨日炊き出しに使った食器を見ていると、洗い残しを発見した。
担当していたクリスという少女に、聖女は詰める。
「ごご、ごめんなさい......」
「ったく、分からねぇなら聞け! いいか? 皿は洗ったら水気を切る。じゃなきゃ病気の元になる。お前がしっかりしないと、沢山の人が死ぬんだぞ!」
「はい......ぐすっ」
「ちゃんと紙に書いてやるから、これで忘れないだろ? もう泣くな」
涙を流して謝るクリスを、聖女は強く抱き締めた。
多くの人の命に関わる食品に関わる仕事には、一切の手を抜かない。洗い場から離れると、高位のシスターに徹底するよう指導した。
そうして命を守り、繋げていくことも聖女の仕事。
「おい、仕事はあるか?」
「本日の依頼は全て受注済みです」
「はぁ? 嘘だろ? 魔物討伐も終わったのか?」
「そちらは現在受注中ですので、完了報告を待っています」
街の外には魔物と呼ばれる異形で溢れており、木を伐採するのも大掛かりな仕事になる。
聖女は教会で唯一『魔物狩り』の許可を得た者であり、狩人協会からの信頼も高く、頼りにされている。
彼女の依頼達成率は、驚異の110パーセント。
自身が受けた依頼の最中に他の狩人の依頼を手伝うため、上限を超えての達成率を叩き出した。
「しゃあねぇ、ボランティアで行くか」
「き、危険です! 今は魔物が活性化していることもあって、一人での外出は推奨できません!」
「知るか。こうしてる今も、その活性化した魔物に殺されそうなヤツがいるかもしれねぇ。ウチ、そういうの後悔するから嫌なんだよ」
引き止める受付嬢を黙らせ、一人で街を出た。
大自然と呼ぶに相応しい森や草原が広がるレスリッド聖神国は、人の手が入っていない地域も多く、比例して魔物も増える。
狩人が多く集まる国だけに、戦死者も世界で随一。
その昔、神々の戦いで流れた血から生まれたと言われる魔物は、野生動物の数倍は凶暴な生物だ。
大型の魔物であれば、単体で生態系を破壊する。
生態系を守るためにも、狩人が魔物を狩るのだ。
「ん? なンか飛んで来てねぇか?」
釘バットを担いで草原を歩いていると、遠くの空を飛ぶ何かが見えた。じっと観察していて分かったのは、それが猛スピードで聖女に向かっていること。
ニヤリと口角を上げ、片手で釘バットを構える。
それが何か分かっても尚、構えは崩さない。
「ウチの街はウチが守る......来な、ワイバーン」
『ギャアアアアッ!!!』
滑空するように現れた、赤い鱗に覆われた飛竜。
聖女の前で地面を抉りながら着地すると、特徴的な口を開け、ブレスの準備を始めた。
飛竜とは、最低でも10人の狩人が連携しながら戦う凶暴な魔物であり、単独で撃破しようものなら英雄になる。
群れで小国を滅ぼした歴史もあるほど、機動力と殲滅力に長けた魔物だ。
それでも、聖女は一人で戦う道を選ぶ。
「はっ、おっそ。そんなんでウチとヤルって?」
凄まじい速度で駆けた聖女は、ブレスが届く前に懐へ潜り込んだ。先端を下に向け、暴力的な釘バットを握り締めると、釘が一本白く輝く。
眩い光を放ちながら、釘バットを振り上げた。
刹那、白い釘が爆発し、ワイバーンを絶命させた。
「ウチのバットが神サマの武器だって、知らないワケ? 出直して来やがれっての」
聖女のみ持つことが許される、聖なる釘バット。
救った命の数だけ釘が増え、その釘を使うことで魔を祓う、神から賜った武器。
人を救い、魔を祓うことが聖女の神髄。
どんな魔物にも臆せず立ち向かう、強靭な心を持つ者しか聖女にはなれない。
故に、彼女の歩んだ道はこう言い伝われた。
ヤンキー聖女の釘バッ道、と。