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「じゃ、気をつけて。」


そう言った弟はパタンと玄関の扉を閉めた。ご丁寧に鍵までガチャガチャと掛けていく。

いつも思うんだけど、セリフが逆だよね。私が先に出る弟に気をつけてと言うべきなのに、くつ下を履いてる私を横目に見てパッと行ってしまうので、あっうんと返したときにはドアしか見えない。

我ながらどんくさい。

明日こそ先にあいさつをしよう。


くつ下を履いてメガネをかけて靴を履く。

たったこれだけなのに玄関を開けると弟の姿は見えない。

早い。

支度も早いし歩くのも速い。

生徒会が忙しいのかもしれないし、友達と待ち合わせしてるのかもしれないなあ。

弟は家族思いで真面目だから、なんだかんだ朝食はいつも一緒に食べてくれるし、私の支度がおわるまで家にいる。ここまで一緒なら学校も一緒に行きたいなと少し思うけれど、人気者の弟の隣に陰キャの姉がいたら目立つだろうし、ユキヤくんも嫌だろう。

ごめんね、暗い姉で。


そんな風に考えながら俯いて歩く。

肩から下げたカバンにつけられた、大きめサイズの黒いウサギのぬいぐるみと"目が合う"。

ふかふかで可愛い。癒される見た目にニコリとすると、黒ウサギもニコッと微笑んだ。


「おはようございます、カスミ様。今朝もお美しいです···」


キョロキョロとあたりを見まわして誰もいないことを確認すると、こっそりとウサギに返事をした。


「おはよ、ファウスト。でも外ではあんまり話しちゃだめだよ」


「申し訳ございません。カスミ様に仕えられたことが今でも夢のようで···どうぞお気に障りましたら私めを地面に叩きつけて踏んでください」


「えっ!?」


私が突然怒りだし、ウサギのぬいぐるみを地面に叩きつける姿を思い浮かべる。そして学生靴で思い切り踏みつける···

黒いからちょっと汚れてもわからなさそうだなんて酷いことを一瞬考えるものの、汚れは目立たなくても私は目立つし、そもそもそんな酷いことしない。


「そ、そんなことしないよ」


ずれた大きめなメガネを押さえて答えると、ぬいぐるみに擬態して着いていくと言ってきかない精霊ファウストは、楽しそうに小さく笑った。


「ふふ、残念です。カスミ様になら何をされても悦びでございます。どうぞ欲望の捌け口をお探しの際は、この愚かな男のことを思いだしてください」


あ、やっぱりオスなんだ。一人称わたくしだけどメスっぽくはないなあとは思っていた。

まあそもそもぬいぐるみだったらオスもメスもないけど。


「先日の"仕置き"はお見事でした。あの魔族は幸せ者ですね。カスミ様に踏んでいただけて」


「···ニュースになっちゃってたよ」


色々と突っ込みたいのを置いておき、一番気になったことを伝えるにとどめた。付き合いはまだ1週間と浅いものの、ぬいぐるみに擬態したこのヘンテコな自称精霊は、私の倫理観と大きくずれていることはもうよく分かっていた。


「はい、私もソファから拝見しておりましたが、あの撮影者はポンコツですね。カスミ様の素晴らしさを毛の先ほどもうつせていない。」


「いや···そこじゃなくて」


私はさっき見たニュースを思い出して、肩を落とした。


「私、魔族だとおもわれちゃってるじゃん···」



撮られていたこともニュースになっていたこともショックと言えばショックだ。恥ずかしいから。

ただ、魔法少女の活躍はニュースになることが多いため、いつか自分も撮られることがあるかもしれないと覚悟はしていた。

だが、こんなに早くとは思っていなかった。しかも魔法少女のニュースではなく魔族として扱われていたことにショックを受けたのだった。


「『魔族幹部・仲間割れ?』って書いてあったよ···」


別に幹部でもなければ魔族でもない。れっきとした魔法少女だ。そう、私は1週間前、この黒ウサギのファウストに導かれて、魔法少女になったのだ。


「失礼ですね人間界のマスメディアは。こんなに高貴なお姿の魔族なんていないでしょうに」


プンスカと怒ってくれているのが分かる。でもそれを言ったら私も悪いのかもしれない。魔族と間違えられる風貌をしていることは···否めない。

街中で高笑いしながら魔族の男を踏みつける自分の姿を思い出す。


···うん。あれはない。私が悪い。



「そもそもなんで私だけ、あんな女王様みたいな格好なの?他の魔法少女たちと明らかに違うよね」



この世界には魔法少女が存在する。

みんな10代くらいの可愛らしい少女たちだ。

まさしく、私が今朝アニメで見ていたような、可憐で清楚な乙女たち。彼女らはある条件を満たして精霊から声をかけられた子たちだ。条件は分かっていないが、皆年若い女の子たちである。

彼女たちはカラフルなドレスに身を包み、美しく健気に悪を討つ。

間違っても高笑いしながら鞭を振り下ろしたりなんてしないし、ボンテージスーツなんてものも着ていない。


「魔法少女とは、その美しく高貴な魂に導かれた精霊との契約です。魔力回路が繋がる私たち精霊とその選ばれし乙女は一体の存在とも言え、その心の内に沿った魔法少女の姿を顕現させるのです。」


「···難しくてよくわからないけど、あの姿は私の心の内が現れてるってこと?」


「カスミ様と私、両者の心と魂を混ぜ合わせたということでございます。」


「······」



いやいや、どう考えてもファウストの趣味じゃない?全振りしてない?


私が初めて魔法少女の姿になったとき、このウサギは鼻血を吹き出して大泣きした。

ありがとうございます!!なんて言ってて、ウサギって鼻血出るの?って思ったしすごい引いた。

なんかよくわからないまま魔族を倒して道路の端を見たら、胸元で手を合わせて微動だにせず、すごいこっちを見てた。目が真ん丸でウサギの置物みたいで可愛かった。

でも本物のウサギってよりぬいぐるみっぽいから、ぬいぐるみが捨ててあるみたいって思って、そう伝えたら土下座された。一生あなた様の奴隷ですって言ってたし、私のボンテージ姿は絶対ファウストのせいだと思う。



「女型の魔族とかイヤすぎる···私誰かをいじめたいなんて思ったことないし、やっぱりファウストのせいじゃない?」


ハッおそれ多きお言葉、じゃないよ···ウサギの見た目とヘンテコな中身が合ってないし言ってること何もかもがおかしい。


声を落として話しながら歩いていると、ポツポツと人が増えてきた。角を曲がれば大通りだし、駅前でもあるので一気に人が増える。

その角の10m手前くらいで、ヤンキーの人たちが一斉に誰かに向かって頭を下げてるのが見えた。


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