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キラキラのエフェクトとたくさんの花にかこまれて、全裸の少女が華麗に舞う。
全裸といっても肌の色は見えない。
全身が虹色に輝いているからだ。
バレリーナのように指先までをピンと伸ばしてクルクルとまわった少女は、目まぐるしく着衣していく。
白い手袋、花のモチーフのついたピンクのブーツ、レースがふんだんに使われたふわふわの短いスカートが、小ぶりなおしりを包み込む。
キランという音と共に、乙女心をくすぐる髪飾りが非日常的な髪型をさらに架空のものへと変えていく。私と同い年という"設定"の少女がいつもの台詞とポーズを決めた瞬間、テレビの電源が切られた。
「姉さん、こぼしてる。服に着くよ。」
華やかなBGMが消え静かな食卓になる。
呆れた声で弟が溜め息をついた。
向かいの席に座る弟の視線の先を辿ると、私の手に持ったトーストからポタポタといちごジャムがたれていた。白い皿に赤い点で血痕のようだなと考えながら、「あ・・・ごめん」と返すと朝食を再開した。
寝不足気味でぼんやりとしたままトーストをサクサクかじっていると、ふと弟の視線を感じた。顔をあげると、眉間にシワを寄せる美少年と目が合った。我が弟ながらイケメンだなーと考えてじっと見ていると、フイと横を向かれてしまった。耳が赤い。
「もう高校生なのに、姉さんはいつまでも子供っぽい。アニメ見てこぼすし、いつもぽけっとしてるし」
突然のディスりだがいつものことだ。特に傷つかない。むしろ弟が私の反応を気にしてチラッとこっちを見る様子に、つい笑ってしまう。可愛いなあ。
へらっと笑った私が気にさわったのか、頬まで赤くなった弟は「全然怒らないし」と言って完全にそっぽを向いた。怒らせたかったのかなあと考えながら「ごめんね」と言うと、さらに不機嫌そうにリモコンでテレビを付けチャンネルをまわした。
いつの間に食べ終えていた弟はカフェオレのカップを手にムスッとしてテレビを見ている。
まだ新しい制服は私と同じ学校のもので、入学式から2ヶ月半経って先日衣替えを迎え、今日も少し暑いのにもかかわらずカッチリとネクタイをしめてベストを着用している様はまさに優等生然としている。
というか、実際優等生である。
入学試験で首席合格を果たした弟は入学式で堂々と新入生挨拶を読み上げ、姉の私はいたく感動し尊敬の眼差しを向けたのだった。
私は絶対にあんな堂々とできない。絶対噛むし、なんなら緊張で足を踏み外し壇上から転げ落ちて入学早々話題の人物になるに決まってる。そして4月中旬には恥ずかしさといたたまれなさのあまり不登校になり、やっぱりこうやって弟に呆れた溜め息をつかれるんだ。
そう考えると弟すごい。知らない人しかいない大勢の前でなんてことなく式辞読むとか神かな?私と違って友人もたくさんいるようだし、女の子からも大人気だ。少し長めの前髪から見える睫毛が長い。文武両道イケメンを陰キャが不快にさせてすみませんと思ってチラチラ見ていたら、弟の眉間のシワが緩んだのが見えた。
じっと食い入るように見ているのはニュース番組だ。
弟の不機嫌を取り除いてくれた内容が気になり、ついまたテレビ画面を見てしまった私は、いよいよトーストを落っことした。
画面には大きな文字で、「魔族幹部・仲間割れ?」とテロップが出ていて、真面目そうなニュースキャスターからちょうど画面が切り替わり、スマートフォンで撮影されたような映像が映し出された。少し遠くて画質も良くないが、なにがどうなっているのかくらいは分かる。
その映像の中では1人の女が高笑いをしながら、鞭を振るって魔族の大男をぶっ飛ばしていた。
ガシャァァァァン!!!!という大きな音に撮影者は驚いたのか、画面が一瞬ビクリとぶれる。
すげえ、やべぇ、と周りの声も聞こえてくるなか、自分よりも遥かに身体の大きな男を軽々とぶっ飛ばした女は、長い豊かな髪を妖艶にかきあげる。
ゆっくりと歩み寄り、地面に倒れ伏した大男を一瞥すると、一切の躊躇いもなく真っ赤なピンヒールで思いっきり腹部を踏みつけた。距離と画質でハッキリとは見えないけれど、黒のボンテージスーツに全身を包んだその女は、ものすごい高さのピンヒールだけが血のように真っ赤で、彼女の異様さを一層際立たせている。まさにSMの女王様としか言い様のないその女は、魔族大男の角を掴んで引っ張りあげるとその表情を覗き込むように身を屈めた。遠くて女の表情は全く見えなかったけど、私はその女が笑っていることを知っている。
そこで終わった動画はまた最初から始まり、繰り返し同じ映像を流しながらニュースキャスターの声が聞こえてくる。
「魔法庁は現在調査中で」「大型の魔族はツノ持ちに見えることから幹部クラスの上位種であると専門家は」「女型の魔族が確認されたのは世界初のことで・・・」
真っ白になった頭をニュースの声が右から左に流れていく。思わず弟に目をやると、呆けたように口をポカリと開けて画面を食い入るように見つめていた。いつものクールな姿からは程遠い。
「・・・ユキヤくん?」
初めて見る弟の表情に思わず呼び掛けると、我に返ったように私に目を向け、ギョッとした表情をした。
「姉さん、顔真っ青!」
珍しくも焦った様子で席を立ち私の傍まで急いで来た弟は、私の額や首筋に手を当てたり、トーストを落としたまま固まってる私の手を取ったりした。
「どうしたの?どこか痛い?」
自分で気づかなかったが相当血の気が引いていたようで、心配する様子を隠すことなくハラハラとしている弟に申し訳ない気持ちになってしまう。
「ご、ごめんね。ちょっとびっくりしただけ。」
本当はちょっとどころではないのだけれど。
「ああ、大丈夫だよ。魔族は怖いけど、魔法少女たちがなんとかしてくれるし。」
弟は私が体調不良ではないとわかるとサッと手を離して自分の席の食器を片付けだした。まだ姉さんには刺激が強いからというナゾの理由でテレビも消され、追いうちとばかりに手の届かないところにリモコンを置かれてしまった。
別に魔族が怖かったから固まったわけではないのだが、本当の理由を言えるはずもないので、黙って今度こそ食事の続きに手をつけた。